お茶のあとに… 第六話

 ダーシーは馬車が停まる音を聞き、慌てて玄関へ向かう。

 夕食が済み、部屋で本を読んでいた。

 今日は両親とも戻っていない。夜遅くなることはよくあることだ。

 兄のアイザックも王城で寝泊まりをすることが多い。

 遅くまでエルフィーに付き合って調べものや接待など対応しているからだ。


 誰かが戻って来たのかもしれないと覗いてみれば、真っ青な顔をした兄が執事と話し込んでいる最中だった。

「お兄様?何があったんですか?」


 ただならぬ気配にダーシーは兄に駆け寄る。

 その顔は血の気がない。しかも、ダーシーを避けようとする。


「お嬢様」

 不審な様子に眉を寄せると、後ろから執事が肩を抱いた。

「今日はもうお休みください。ミリーを誰か」

 背後を向いて、ダーシー専属の侍女を呼ぶように指示を出す。


 疑いは確信に変わる。

 王城で何かがあった。

 そのせいで家には誰も戻って来ない。

 兄は何かを伝えるために帰ってきたにすぎない。


「お兄様!お父様とお母様はご無事なんですか?」

「ああ、二人は大丈夫だ。ただ、今夜は戻れない」

 ほっとしたのもつかの間、告げられたことにダーシーの胸が跳ねる。


「戻れない?やはり、王城で何かあったのですね?もしくは、ロイドクレイブが」

「それは違う」

 即座に否定され、口を閉じる。

 アイザックも必死に答えを探しているかのように辺りに視線をさ迷わせる。


「いいか、落ち着いて聞け。まだ、公にされていないのだ」

 慎重な口調に、ダーシーの喉が鳴る。

「エルフィー殿下が亡くなられた」


「は?」

 漏れた声にダーシー自身も驚く。

 アイザックのセリフが理解できず、何度も口の中で転がすが、意味が分からないと首を振る。


「死因はまだ、分からない。ただ、亡くなっているのが発見されたのだ」

 執事が押さえるのを振り払い、アイザックの胸倉に掴みかかる。

「そんなはずはないわ!私が王城から出るまで、殿下はお元気だったわ。死ぬなんてありえない!」

 ぶんぶんとかなり乱暴に揺さぶられるが、アイザックはされるがままだった。

 妹の激情が何よりも分かるからだ。

 それは少し前の自分の姿でもあった。


「何かの間違いよ。影武者?誰かと入れ替わって」

「そんなことをあると思うか?」

 この非常事態に真っ先に確認されるだろう、と続けられ、ダーシーの拳の力が緩む。


 その隙にアイザックは上着を整える。

「悪いが至急、父上と母上の荷物を用意してくれ。私が直接、届ける。いいか、ダーシー。この件はまだ、極秘扱いだ。誰にも言うな。何もするな。動くな」

 矢継ぎ早に言われ、ダーシーの手が震える。

 次第に、この事態の意味が実感をともなって襲い掛かってくる。


 ゆっくりと兄の顔を見ると乱暴に抱きしめられた。

「今は何も考えるな。何故、極秘扱いをお前に言ったのか、分かるな?」

 呼吸が苦しいほどきつい腕の中でダーシーは頷く。

 そこでようやく自分が泣いていることに気が付いた。

 事実なのだ。

 兄も動揺している中、何をしなければいけないか考え、両親の荷物を取りに来たついでにダーシーに報せに来たのだ。


「今晩はどうにも動けん。明日、時間をみて戻る。それまでは動くなと父上からの伝言だ」

 王城で王太子が不審死。

 この事実にヴィルフォークナー家が黙っているわけはない。

 当主である父が動くなというならば、ダーシーも静かに従うしかない。


「今日、お前はエルフィー殿下に会ったな?」

「会ったわ。フィンリー殿下のところから下がるときに、馬車まで送ってくださったわ」

「後で詳細を聞きに来る者がいる。おかしなところがなかったか思い出しておけ」

 それほどまでにエルフィーが死に至る情報がないのだ。

 ダーシーは唇を噛みしめると深く頷いた。



 ◇



「今度は温室か?」

 フィンリーの頓狂な声にももうダーシーは驚かない。

「はい。王城には珍しい花々が育ててあると伺いました。ぜひ、見せていただきたいですわ」

 にこにこにこ。

 両手を組み、潤ませた瞳でフィンリーに詰めよれば、彼は視線をさ迷わせた。

「わ、分かった。今、確認して来てやるから、ここで待っていろ」


 護衛の者を引き連れ、フィンリーは足早に奥に下がった。

 その姿が消えたと同時にダーシーの顔から表情がなくなる。

 組んでいた手もすっとおろし、息を吐く。

 こんな雑な芝居にも付き合ってくれるフィンリーに感謝しなければいけないかしらと、肩を落とす。


 エルフィーの死因は不明なままだ。

 公式には病死と処理されたが、アイザックの話によると苦しんだ様子はなく、また外傷も見当たらないとのことだった。


 衝撃を受けているのはフィンリーも同じで、そっとエルフィーの様子はどうだったかと聞いてみれば、兄の話とそう変わらなかった。

 身分の低いダーシーではエルフィーの遺体に近付くことも許されない。葬儀も大々的に行われたが母とともに遠くから見送ることしか出来なかった。


 いつも近くにいたような気でいたのに、二人の間にはとてつもない距離があった。

 勘違いしていたとダーシーは深く反省する。

 こうなることが分かっていたのなら、他愛もない会話ももっと意味のあるものにしていたのに、と後悔ばかりが浮かぶ。

 いや、そもそも死なせなど決してしなかった。


 エルフィーの死因を王城でも調べられていたが、お手上げ状態だという。

 一族の者も怪しい人物がいないか調査していたが目新しい情報はない。

 そもそも王太子を守るために精鋭たちがいるのだ。簡単に仕留められるわけがない。

 かつて王城内で多発していたという毒殺。

 対策は色々と講じられているというが、万が一、ということもある。

 それを調べてみようとダーシーは決意していた。


 王城内の温室はかなりの広さで、見上げるほど天井は高く、幹の太い木々が枝葉を広げても十分に余裕があった。

 足元には可憐な花々が咲き、見たこともない葉に囲まれている。


「さすがフィンリー殿下ですわ。ありがとうございます。このような場所に入ることが出来るなんて、とても嬉しいです」

 にこにこにこ。

 笑みを向けると、フィンリーもまんざらでもない顔で頷いた。

「貴重な植物もあるそうだからな、管理の者以外中々入ることは許されないのだ」

「まぁ、そんな厳しい所なのに、わたくしのわがままを通して下さるなんてフィンリー殿下の温情に感激いたします」

「ダーシーが喜んでくれるのなら、私も嬉しい」

 にこにこにこ。


 傍から見れば白々しいだろうと思うやり取りもフィンリーの機嫌を取るためには必要である。

 ダーシーの力では温室に近付くことさえ出来なかった。

 王子であるフィンリーによって入室が許可されたが、少し離れたところに温室の世話を任務としている官吏たちが睨みつけるようにこちらを見ている。


 その意味をダーシーは正確に理解している。

 しかし、構ってはいられなかった。

 書庫から持ち出した書物を広げ、植物の名前を確認する。

 見つけられない時は官吏を呼び、教えてもらう。


 ダーシーは初めて見る植物に感動しているという姿を印象付ける。

 鮮やかな色の花々、不思議な形をしている葉や根っこ、それらを見るたびにまぁ素敵、まぁ綺麗と手を叩いて興奮している様子を彼らに見せた。


 けれども、その視線は違うものを探していた。

 植物の中には自ら毒を持つものがいる。

 花の中や葉、根っこなど、種類によってさまざまだ。

 伯爵令嬢相手では官吏たちはその話はしない。

 ダーシーも聞くことまではしなかった。

 書物の中からだけでなく、実物を見る、一先ず、そこを目指したのである。




「本当に、フィンリー殿下のお陰でとても勉強になりましたわ」

 温室を後にしながら、最後までフィンリーを持ち上げることを忘れない。

「ダーシーが元気になったのならそれでよい」

 やや頬を赤らめ、彼は頬を掻きつつ答えた。


「殿下、わたくしを心配してくださっていたのですね」

「兄上が亡くなって、私も塞いでいたが、こうやって外に出て花を見たりしていると心が晴れるものなのだな」

 フィンリーも慕っていた兄を失い、落ち込んでいたのだ。

 その当たり前のことにダーシーもはっとして言葉を失う。


 心が晴れるどころか、絶対に原因を突き止めてやると必死になっていた気持ちがふと緩む。

「また、温室を案内してくださいましね」

 フィンリーの気持ちを利用していることに罪悪感はある。

 けれど今は、それに向き合うことは出来なかった。

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