第35話

 翌日の昼、レジナルドの体調が安定したと連絡が入った。

 まだ、回復まで時間がかかるようだが、ダーシーと話がしたいと寝室まで呼びつけられた。


 安定したといっても横たわるレジナルドの顔色は青く、唇も色がくすんでいるようだった。

 毒が完全に抜けるまで時間がかかるようだが、処置が早かったため一命を取り留めることができた。


「暫く安静を言いつけられました」

「お忙しかったことでしょうし、ここは休暇と思ってゆっくりとお過ごしください」

「貴女が看病してくださるなら、いつまでもこうしていたいものです」

 すっとダーシーの手を取り、穏やかな表情を見せる。


「陛下より、ダーシー嬢を国へ戻すよう指示がありました」

 その声は沈んでいるようだった。

 伝えるために東屋を訪れた際、アリスの仕込んだ毒を飲む羽目になった。


「良かったですね。これで殿下の元へ帰ることができますね」

「その件はもうよいのです」

「貴女が毒を飲むことにならず本当に良かった」


 ぐっとダーシーは唇を噛む。

「そんな顔はしないでください。貴女を守ることが出来て良かったと思っています」

 レジナルドはダーシーの手に力が入ったことに気が付いたが、指摘はしなかった。

「私が回復するまで傍にいて欲しいと願うのは我がままでしょうか?」


 そっとダーシーの顔を見るが、表情は硬いままだった。

「分かっています。貴女が受け入れてくれないことは」

「申し訳ございません。一族の取り決めがありますから」


 ダーシーはレジナルドに視線を合わせる。

「ヴィルフォークナー家はグラントブレア王家に忠誠を誓っています。この身に流れる血はグラントブレアのため。レジナルド殿下がロイドクレイブ王国の王子である以上、私はお受けできません」

「古い盟約を今も守るのですね」

 揺れるダーシーの瞳を切なげにレジナルドは見つめる。


「体調が戻りましたら、グラントブレアへいらして下さい。お待ちしております」

 それ以上、今のダーシーに言えることはなかった。

 レジナルドも強要はしない。

 また、会える。

 そのためにも体調を回復させる必要がある。

 そっと手を放す。


「お元気で。お見送りが出来ず、申し訳ありません」

「いいえ。お世話になりました」


 深く、ダーシーは首を垂れる。

 いつもよりその時間は長かった。




 部屋に戻るとミリーは旅支度を始めていた。

「さっさと戻りますよ。ロチェスターではルイ様がお待ちです」

「分かっているわ。その後、父上が許してくれれば王都に戻るわ」


 ミリーは作業をしていた手を止めてダーシーを振り返る。

「お嬢様…」

 ダーシーの顔は今までミリーが見たこともないほど、涙で濡れていた。


 そっと立ち上がり、ダーシーを抱き寄せる。

「大丈夫です。レジナルド殿下はご無事でした。だから、大丈夫です」

 外には見張りがいる。

 やり取りは聞こえているだろう。

 嗚咽を噛みしめダーシーはミリーにしがみ付く。


「許さない。絶対に」

 はいはい、そういってミリーは何度もダーシーの背中を優しく撫でるのだった。

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