第31話

 レジナルドは気分転換にダーシーとカードゲームを楽しむことにした。

 外出は衆目があるので難しいだろうという判断だ。城内でもアリスが出没するため、何をするにも慎重になる。


 カードゲームであれば、室内であるしご機嫌伺いを兼ねて誘うことが出来た。

 ダーシーは不思議そうな顔をしたが、拒否をすることはなかった。


 手札を配り、相手の様子を窺う。

 残った山から幾枚か取り、手札を揃えていき、最後お互いに見せ合って競うという簡単なものだ。


 ダーシーの表情は大きく変化しない。

 そこはさすがと言うべきだろう。

 対するレジナルドも良い手札が来ても都合が悪い手札が来ても眉一つ動かさなかった。


 カードが並ぶ机の脇に、ダーシーの侍女ミリーがお茶を用意する。

 真剣に勝負する二人を邪魔しない様に、甲斐甲斐しく世話を焼く。


「そういえば、婚約の件は陛下から待ったがかかりました」

 レジナルドは素直に伝える。

 ダーシーが心配しているだろうと思ったからだ。


 レジナルドはロイドクレイブ王国の王子である。ダーシーが異国の令嬢である以上、陛下も簡単には許可が出せないらしい。

 実際、大叔父は大反対している。


「ダーシー嬢の御父上にはお手紙を書きましたが、あちらも保留にして欲しいとのことでした」

「あら、父に手紙を書きましたの?」

 だったら、一緒に手紙を送りたかったと言外に告げる。


 ダーシーから強く外と手紙をやり取りしたいと要望は受けてはないが、家族の事は心配しているらしい。

 しかし、人質として外との連絡はできないと思っているのだ。


「急いでいたものでお知らせせず申し訳ございません。御父上にお手紙なら書いても大丈夫ですよ」

 そうやって寛大なところを見せてみる。

「中身を見られるのでしょう?嫌ですわ」

 ダーシーは苦笑して返す。

 潔く、手札を切り替えつつも冷静にレジナルドの話を聞いている。


「長く、御父上に会っていないのでしょう?」

 すでに季節は春が過ぎつつある。

 幼い子どもではないが、家族が恋しいのではないかと思われた。

「ご心配、ありがとうございます。大丈夫ですよ。元々隠居するつもりでいたのですから」


 隠居も人質も変わらない。

 そう言われ、レジナルドは何とも表現できない気持ちになる。


 中々、胸の内を見せてはくれない。

 初めにあのような仕打ちをしてしまったからかダーシーは警戒している。


 やれやれ、とため息を隠す。

 手を伸ばして、ダーシーが裏返しに捨てた手札を見る。

「手加減は要りませんよ」

 それは手札の中でもかなり有効なものだった。

 今度は手を伸ばしてダーシーの手札を広げさせる。


 抵抗する気はないのか、軽い力で彼女はあっさりと手札を見せた。

「ほら、これを捨てなければ、貴女の勝ちでした」

 自分のをその場に晒すと、あら、とダーシーは呟いた。


「どうやらぼんやりしていたようですわ。殿下の仰る通りですね」

 にこにこ。

 無邪気な笑顔を浮かべとぼけるダーシーにレジナルドは首を振る。


 すっかり興が削がれた。

 自分を勝たせようとしたのは王子という立場だからか、勝たせて他の要求を飲ませようとしているのか。


「私はフィンリー殿下ではありませんよ」

 レジナルドは立ち上がる。

「少し、長居をしすぎたようです。これで失礼します」


「ええ、ごきげんよう」

 社交辞令の見本のようなダーシーの態度に落ち込む。

 廊下に出れば、付き従っていたライリーがレジナルドの袖口を引っ張る。


「こんなことをしているからですよ」

 はらりはらりと足元に転がるのは先ほどの手札の一部である。

 恨めし気にライリーを睨むと、彼は素知らぬ顔をする。

「素直になれば宜しいのに」

 ライリーはさっさと主人を置いて廊下を進む。


 レジナルドは仕方なくそれらを拾い集め、ライリーのあとを追うのだった。



 レジナルドが立ち去った部屋ではミリーがダーシーを無理やり立たせていた。

「ほら、もう」

 はらりはらりと足元に転がるのは先ほどの手札である。

「なぜ、正直に勝負しないのですか?」


「えっと、思わず?」

 初めは単純にカードを楽しんでいたが、よく考えれば相手はこの国の王子だったと思い出した。

 しかも弱みを握られている。


 これは程よくゲームをコントロールしなければいけない。

 そう思って、多少の不正を働いた。

 結果、レジナルドに気付かれ機嫌を損ねさせてしまった。


「私も精進が足りないわね」

 反省している様子のダーシーに冷たい視線を送り、やれやれとミリーは肩を落とすのだった。

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