第7話

 ロチェスターはロイドクレイブ王国との国境にある街だ。

 冬には峠から凍結し雪が積もり行き交う人も絶える。

 しかし、街は近くで温泉が湧いているため、それを利用して冬でも温かい。


 温泉を利用した温室に入り込んで、ダーシーは持っていた書物を広げる。

 記された葉の形状や根の張り方を確認して、頷きながら一つ一つ比べていく。

 必死な様子に温室の世話係は邪魔をしないようそっと出ていった。


 代わりにやってきたのはルイである。

 ダーシーより10歳ほど年上だ。遅くに出来た子であり、ダーシーの父と親子ほど離れている。そのため、幼い頃よりダーシーは兄のように慕っている。


「連日、通い詰めだな」

「分かっているなら邪魔しないで」

「せっかく、ロチェスターに来たというのに、構ってくれないのか」

「冬になる前にすることが山ほどあるって聞いたけど?」


 今は特に大事な時期である。

 目の前に迫る冬に備えるため、食料から燃料保管、家や道の修繕が朝から晩まで慌ただしく行われている。

 ダーシーはただ世話になるだけでなく、出来るだけ自分とその周りの者が必要になるだろう食料等を揃えてロチェスターへやってきた。

 それらは勿論、お金がかかるものなので父に協力してもらった。

 自分の小遣いからでは足りなかったからだ。


「エルフィー殿下の死因は毒か?」

 突然の問いに、ダーシーは動きを止める。

 動揺をうまく隠せず唇を噛みしめる。

「やはりな。健康体であった殿下が病死など考えられん」

 エルフィーの死は不審な点が多い。それは死後、様々な憶測が飛び辺境にいるルイの元まで情報が届くのにそう時間はかからなかった。


 王室はその噂を消すのに躍起になっている。

 エルフィーの元までどうやって毒が届いたのか、その経路が不明だからだ。

 王太子である以上、口に入るものは毒見がつく。細心の注意の中、彼はどうやって毒を盛られたのか。

 王都の中でもかなりの噂が飛び交っていた。それは今もフィンリーの王太子即位式が行えないほどだ。


 公式発表は病死。

 それを実際に信じているものはほとんどいない。

 ダーシーも勿論、信じていない。

 最後に会った日も彼はいつもと変わらず笑顔だった。


「それでフィンリー殿下に近付きすぎたのか」

 言葉を失くして俯く。

 ルイは容赦なくダーシーを責める。

 王都から距離もあり情報が遅れるにもかかわらず、ルイは正確に判断している。

 それはダーシーの父が決して政局を見誤らない様に情報をルイと共有しているからだ。


 泣き叫びたい気持ちをグッとこらえる。

 だが、負けを認めることはしたくなかった。

「ロチェスターはこの温室があるわ。王室の温室はもう調べつくしたから、他に手がかりを探しているのよ」

 王室の温室は伯爵令嬢であるダーシーが自由に出入りできる場所ではない。

 そのため、フィンリーに近付き、許可を貰い、観察する振りをしながら調べていた。


 自然界には己の身を守るために毒を持つ植物がある。

 何らかの形で手に入れ、エルフィーの口へ運ぶ。その毒を、経路を、ダーシーは探している。


 ふとした拍子にエルフィーの口に入るなら何であろうか?

 食事は必ず毒見がいる。

 器、カトラリー、手が口が触れるところ。しかも、エルフィーだけ狙いを定めて毒を盛る。


 どんな暗殺者なら可能だろうか?

 守られた存在であるエルフィーにそっと近づけるもの。


 彼が付き合うのは厳選された人物ばかりだ。

 傍にいる護衛も一流の腕利きを揃えている。そして、ダーシーの兄、アイザックも近くにいた。


 誰なら搔い潜られる?

 ダーシーは何度も己に問いかける。


「植物毒、鉱物毒、動物毒、毒の種類が多すぎる」

 ルイは否定せず、毒に対しての知識を披露する。

 ゆっくりと顔を上げ、先を促すように視線を向ける。

「遺体の確認も出来ていないのに、特定できるわけがないだろう?」

「フィンリー殿下によれば、おかしな臭いはしなかったそうよ。爪も指も綺麗」

 言いながら、ダーシーは書物に顔を埋める。

「でも、絶対、病気じゃない。刺し傷もない。なら何故、死ぬ必要があるの?」


 言葉は他にも溢れてきそうになり必死に口元を引き締める。

「エルフィー殿下が死んで得する人物、と言いたいところだが、正直、エルフィー殿下が死んでフィンリー殿下が王太子になることで喜ぶものがいると言ったら、顔を見てみたいものだな」

 人がいないのをいいことにルイは棘のある言い方をした。


 ダーシーは咎める気力を失っていたので苦笑するに止める。

 フィンリー殿下の評判はここでもあんまりであるらしい。

 いや、それ以上にエルフィーが優秀過ぎたのだ。


 この国が失ったものは大きい。

 グラントブレア王国民、誰もが抱える共通の思いであった。

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