浮いた女と重たい女

下之森茂

隣の女

今日の気分は晴れ。


「じゃあクラス委員長は、天沢あまさわ真円まどかぁ。」


クラスの生徒たちからの推薦で、

担任教師に呼ばれて教壇に立たされたアタシ。


1年のときも前期後期とクラス委員長だったので、

クラスが変わった2年でも「またか。」と

ため息をついた程度で拒否感もなかった。


「それと副委員は重松しげまつ美子よしこに決まり。」


副委員として立候補した奇異な女生徒が

アタシの隣にならんで立つ。


「よ、よろしくね。マ、真円まどかちゃん。」


重松さんから求められる握手に応じる。

しっとりとしてやわらかく、肉付きがいい。


小さく、ぽっちゃりとした体型。

悪く言えば小柄なデブ。


放ったらかしで伸びた髪はボサボサで、

眉毛は手入れしてない雑草状態。

口の上には薄ひげが見える。


いかにも教室の隅っこが定位置のタイプ。


ジメジメした石の裏にでも好んで生息してそうな

この女子が、なぜか好意の目を向けてくる。


クラス委員は教壇に立って生徒たちから

注目を集めるにしても、彼女の容姿から

別の方向で「ヤバい。」と思う。


嘲笑の対象になるに違いない。


また下の名前で呼ばれフレンドリーにされても、

ほぼ初対面なのでまったくいい気はしない。


前期の半年間も一緒にやるには先行き不安だ。


今日の気分は晴れ、のち曇り。


――――――――――――――――――――


「放課後さぁ、新しいクラスのみんなで

 親睦会? 兼ねてカラオケ行くから、

 天沢あまさわさん誘おうってなったんだけど来るー?」


「学祭すごかったもんね。」


「えー、嬉しい。ありがとう。」


悪く言えば、いかにも遊んでそうな

グループからのお誘い。名前はまだ覚えてない。


クラス委員長に選ばれたといっても

ルールを尊重そんちょうするあまりに融通ゆうずうが効かず、

真面目で常に生徒の見本となって自分をりっして

ときには他者を啓蒙けいもう清廉潔白せいれんけっぱくであり、

眼鏡をかけてお堅い性格でなければならない…

などの古風な義務や道理もない。


多少のことには目をつむり、

社交的だった方がよほど有意義だって

アタシは考える。


「あー無理無理、『ママ』はバイトあるから

 どうせ断るんでしょ。」


去年まで同じクラスだった子に、

嫌味混じりに横から口出しを受けた。


『ママ』というのは

アタシの中学時代からのあだ名。


この子の言う通り、アタシは

あとで断るつもりだった。


「それマジー?」


「ガッカリだわ。」


「そうなの。ごめんね。

 機会あるときにまた誘ってね。」


残念がられる内はまだいい。

呆れられるまでなら別に問題はない。


「ママ…。」


「ヒッ!」


声に振り向くと間近に人が立っていた。

背後に突然現れたら、誰だってびっくりする。


「なに、重松…さん。」


自ら副委員長になった重松が

かすれた声で、アタシのあだ名を呼んだ。


「先生が、クラス委員は進路調査集めてって。」


手を握られて引っ張られる。

お菓子をねだる子供のような行動で、

それにこの子はちょっと距離感がおかしい。


彼女の挙動に他の生徒たちから笑われる。


「えー。あんたもクラス委員じゃん。

 クラスの全員分を代筆するわけじゃないんだし、

 集めるくらいやってよ。」


「あ…うん…。」


「役割分担。その方が絶対に早いって。」


歯切れの悪い言質げんちを取って、

アタシは彼女に仕事を任せた。


アタシはアタシで生徒総会への顔出しや、

後輩委員への指導などの雑事があったからだ。


「ママってば仕事押し付けてんの。ひっどー。」


「は? 押し付けてないし。」


天沢あまさわさんっているかな?」


言いがかりを受ける最中、

突如クラスに現れたのは、

3年生の生徒会長だった。


「あ、はい。アタシですけど。」


天沢あまさわ真円まどかさん? あ、ボクのこと覚えてる?」


彫りの深い顔に関わらず、

ひと懐っこさのある童顔。


長いまつ毛と長い手足で

それに見合った長身の男子生徒。


下手な勧誘をする彼だが、学内で

知らない人はいないぐらいの有名人。


「えと、門蔵かどくら…生徒会長ですよね。」


生徒会長なんだから

知らない人がいないのは当然か…。


名前はたしか、門蔵かどくら史雄ふみおだったかな…。

いつか並んだ選挙ポスターで見たのを思い出す。


自慢じゃないけどアタシは、

名前と顔を覚えるのが不得意だ。


クラス委員長になったものの、

去年とは違う生徒はまだ名前と顔が一致しない。


こればかりはなにぶん興味のない科目なので、

全員を覚えるのに1ヶ月くらい掛かる。


「そう。ところで天沢あまさわさんって

 いま誰か特定の相手と

 お付き合いしてたりする?」


「え? なんですそれ。」


「君はちょっとした有名人だからね。

 空いてるのなら、次は僕と

 お付き合いして欲しいんだけど。」


「え? えぇ…?」


照れくさそうにする生徒会長の

押しかけの告白に、教室内は騒然となった。

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