第4話

「や、やばい。落ちたかもしれない」

「まぁ、落ちていてもいいんじゃない? 別に。なんかブラック企業っぽくて怪しい気もするし」

「で、でも私が面接行けるのはあそこぐらいしか」

「あなたって意外にヤンデレかもしれないね」

 と泣きそうになっている彼女の顔を机で肘をつけながら見ていた。

 あの後、どういう流れか私と彼女2人で夕食を食べることになる。彼女と私は今日初めてあった仲である。ましてやどちらか一方が面接に落ちていたらもうこれで藤白と会うのが最後になるかもしれない。あの面接の様子を見ているとその可能性が1番大きい。

 ということで、夕飯の場所もこれと言った特別な場所ではなく面接会場のすぐそこにあったファミレスで食べることにした。

 藤白はずっと俯いた表情をしている。顔を上げて涙を流していることを嘲笑してやろうと思ったがそもそも視線が合わない。

「別にあんな企業、一つや二つ落ちたところでどうでもいいでしょ」

「よ、よくないよ。だって私の人生がかかっているんだよ」

「かけるな、かけるな。あんな企業に自分の人生を」

 それからしばらくして藤白が頼んだハンバーグ定食が来た。それを目をキラキラさせながら彼女は見ている。

「あんた、お子ちゃまだな」

「お子ちゃまってどういうところが?」

「こうやってハンバーグ定食に目をキラキラさせてしまうあたりが。お前って多分子供の頃から趣味とか、思考とか、好きな食事とか変わっていないだろ」

「そ、そうですけど」

「ほら、子供だ」

「そ、そういうあなたは一体何を」

「私? ナポリタンだけど?」

「そのナポリタンを食べることが大人なんですか?」

「まぁそれを言われたら確かに微妙なところだな」

「そ、それであなた……池田さんは子供の頃何になりたかったのですか?」

「子供の頃? 小説家だけど?」

「今はどうなんですか?」

「そりゃ、なりたいよ」

「ほら、池田さんだってまだ子供のままじゃないですか」

 としたりやったりという笑みを浮かべる。

 それから小さな顔に似合わない大きな口でハンバーグをガブリつく。そこには大人の女性としての上品さの欠片など微塵もない。どこからどう見ても、まだ高校生に入りたての小娘であった。ただ違うのは制服を着ていないだけ。そのような気がする。

 面接を見る限り、まだ彼女は就職をして働くほどの精神力など持ち合わせていないはずである。それなのに歳が来た、大学を卒業した、ただそれだけの理由で就職活動をしないといけないとは、お金を稼がらないと生きていけないとは何となく不憫な気がしてままならない。

「そういえば、池田さんって地元はここら辺ですか……?」

「そうだよ。生まれてからずっとここら辺に住んでいる」

「へ、へぇ。地元から出てみたいと考えたことは?」

「ない。そんなこと一度もない」

「それじゃ、どうしてエンペストなんかを面接に……?」

「確かに……言われてみればどうしてだろうね。これぐらいの企業なら別に地元に星の数ほどあるだろうにね。それでアンタは? どうしてこんな会社に面接しようと思ったの? 実家もお金持ちっぽいし」

「えっ、私の実家はお金持ちなんかありません」

 と手を振って否定をする。その小さな手首からは、ハンバーグを大きな口で喜んで頬張る彼女には相応しくない、パテックフリップ社の高級腕時計がキラキラと輝いていた。ちなみに私のは、近所のホームセンターで買った1000円ぐらいの腕時計である。

 ただ、彼女は決して嫌味で否定をしているわけではないということは分かる。彼女の住んでいる地域は高級住宅街で、その世界からすると恐らく彼女の感覚というのは当たり前なんだろう。

「そ、そうですね。私はどうしてうけたかというと、新しい世界を見たかったというか」

「新しい世界?」

「そ、そうです。自分の知らないキラキラした世界に飛び込みたいと思って」

「そんな世界あるわけないでしょ。あるのは地獄よ」

「その世界が地獄だったとしても、そこが自分の知らない世界なら少し見てみたいというか」

「アホか。自分の知らない世界を見る前に過労死でこの世からバイバイしてしまうわ。そんなにキラキラした別の世界見たいならトラックにでも轢かれて異世界転生した方がいいわ」

 と冗談っぽく嘲笑を交えながら言った。

 彼女の食べているハンバーグが、最初その上に国旗が立っていそうなちゃっちい物だったはずなのに、今では周囲のブロッコリーやポテトが芸術の如く上品に並べられている一級品のように見える。

 それに対して、私の元に来たナポリタンは小学生が遠足に持っていくお弁当の隅っこにポツリと居座っている冷凍食品のそれにしか見えなかった。

 私は面接で見せなかった、藤白のそれが苦手である。

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