第5話 ゴブリン

 昨日は記念すべき日だった。


 初の魔物討伐!!


 この一言に尽きるだろう。


 結局川まで辿り着くことはできなかったが、道中もう1体の角ウサギホーンラビットが現れたので、同じ上着で包囲戦術を使って倒してやった。


 既に空いてしまった穴に、再度角を突っ込ませることができるのか。


 逆的当てゲームのような感覚で討伐できた気がする。


 また、2体目の討伐で気付いた点として、上着に包んだ後に頭を地面に向けると、角ウサギは一心不乱に角を地面に刺そうとする。


 目隠ししていたから、そこに敵がいるとでも思い込んでいるのだろう。


 勝手に角を埋めて身動きが取れなくなっていくので、今後倒す労力が大幅に軽減しそうな新しい発見だ。



 ちなみに食べられるかと思って、一応一匹は肩に担いでいたわけだが……


 そもそもナイフなどの切れる物を所持していないため、悩んだ末に途中で捨てることにした。


 食べられなければタダの荷物だからね。


 それに最終的に捨てる判断をした大きな理由は、一か所に5つくらいまとまって実っている緑色の果実を複数発見できたからだ。


 試しに食べてみると、味はキウイに近く酸味と甘みが絶妙。


 比較的背の低い木だったし水分補給にもなるので、バシバシ枝を落として貪り食ってやった。


 この味で毒が混ざっていたらもう諦めるしかない。


 それくらい1日水分を取れなかったのはキツ過ぎた。


 近づいた時に、その実を食事中だったであろう複数の鳥が飛び立っていったし、一夜明けた今日も腹は壊していないからたぶん大丈夫だと思いたい。


 あとは逃げる鳥の発見から、普通の動物もちゃんといそうだなということが分かったのも一つの発見である。



 そして日の出を迎えた3日目の朝。


 木の上で多めに採取しておいた果実を齧りながら、今日の行動と昨日の結果について考えていた。


 あまりの疲れで寝床選定をした後に燃え尽きてしまい、早々に寝てしまったのだからしょうがない。


 木の上でも寝る男。人間慣れとは怖いものである。そのうち油断して落っこちそうだ。



 まずは時間経過について。


 昨日周囲が暗がりに包まれたのは腕時計で18時頃。


 そして今日、日の光が照らしだしたのは5時頃ということが分かった。


 つまり一日は約24時間で、地球と差があるようには感じないという嬉しい結果だ。


 俺の腕時計は太陽光で動いていて電池いらずなので、大きな破損や故障が無ければ相当長く使えるはず。


 だいぶ文明が遅れているなら、壊れた時に修理という選択は無いだろうが、国産だし電池いらずで使える製品はかなり貴重だろうから大事に使っていこうと思う。


 そういう意味では、今のところまったく使う機会も無い電卓も、光さえあれば使えるという点で同じことが言えるな。


 逆に携帯電話。


 オマエはダメだ。


 この世界に電気があったとしても、充電ケーブルは家と車の中にしかない。


 役に立ちそうなハイスペック製品なのに、早くもお陀仏確定である。



 それと環境の変化。


 昨日は丸一日移動や戦闘でしんど過ぎたが、2体の角ウサギを発見、そして念願の果実も発見である。


 これは川、というか水辺に近くなったことが原因だろうか?


 動物は水が必要なのだから、魔物だって水が必要というのも納得のいく話。


 ということは川へ近づくにつれ、魔物に遭遇する頻度が高くなる可能性もある。


 角ウサギであれば安定的に倒す術は確立できた気がするので、積極的に討伐、経験値を稼いでいこうと思う。


 ちなみに。


 今日の朝にステータス画面をチェックしたら、【採取】のスキルが3%まで上がっていた。


 果実はもちろん、花の蜜でも吸えればと、道中の花もちょくちょくと摘んでいたりしてたからな。


 つまりこれで確定。


 スキルポイントによる上昇の他、そのスキルに関連する行動を取ることによってもスキル経験値は上昇するということになる。


 角ウサギを押さえ込んでいたからか、【体術】も1%だけ上がっていたので、コツコツ関連する行動を取っていれば何かしらのスキルを取得できることだろう。



 それとレベルの経験値バーは40%になっているので、ウサギ一体の経験値量は20%ということになるな。


 今の段階では美味しい情報だ。


 しっかり手帳にメモしておこう。



 それでは行くか……


 今日はなんとしてでも川への到達だ。


 まずは安定的な水の確保。


 これをなんとかして目指していこう。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽



 この世界をどんぐりはファンタジーと言っていた。


 だからいつかは目にすることもあるだろうと、そう思っていたし覚悟もしていた。


 そして、とうとうソイツを発見した。


 緑色の肌をした小汚い風体――


「あれがゴブリンか……」


 思わず呟いてしまうほどには有名であり、そしてスライム級の定番である。


 全長は120~130cm程度だろうか。


 後ろ姿ではっきりとは見えないが、しゃがみこんで何かを食べているように見える。


 そして……まず間違いなく全裸だ。


 小さいだけで、人間に近い身体構造をした生き物。


 それを討伐、もとい殺そうとしていることに若干心拍数が上がり始めてしまう。


 あれも間違いなく魔物なのだろう。


 ゲームでなら少なく見積もっても1000匹以上は殺しているし、過去にゴブリン種が敵じゃないRPGなんて見たことが無い。


 ならばさすがに、亜人扱いなので殺したら罪です、なんて話は無いはずだ。


(ううっ……無いとは思うけど……断言できん、よね……)


 ここに来てビビっている自分に情けなくなる。


 油断して、自分が殺されたらタダの馬鹿。


 馬鹿にならないためには、敵意を向けてくる相手に容赦をしてはならない。


 営業でも商売でも、そして対人関係でも同じこと。


 そんな馬鹿を見た人も、見せてきた人も散々この目で見てきたはずなのに。


 確定的な敵意が見えないからと、それだけで甘っちょろい行動を取ろうしている俺はなんなのだろうか。


 ふぅ……一度深呼吸だ。


 相手は素手で、体格もガッチリしているようには見えない。


 となると、前の世界で言えば、小学生とガチ喧嘩をするようなものだろう。


 そう考えれば、さすがに負けないような気はする。


 それなら……


 保険として鞄からプラスドライバーとマイナスドライバーを取り出す。


 20cmほどのやや大型のタイプだから凶器にもなるだろうし、グリップを握ったまま殴りつけることもできるはずだ。


 本来であれば先手必勝。


 相手が気付いて無ければチャンスだし、わざわざ後手を選べる余裕があるのは強者だけである。


 そして俺はレベル1のスキル無し、武芸の心得も無いただの一般人。


 情けをかけるべきではない。


 だが、一度だけ……念のために……弱気な心が自分の現状認識を甘くする。


 自分が今は140cm相当の、ゴブリンと大して変わらない体格になってしまっていることを忘れさせる。






 見る人が見れば、なんてマヌケで、滑稽な姿なんだろう。



 ゴブリンを人の括りで見てしまったアホ。



 明らかに敵と判断される可能性が高いのに、それでも甘えた考えを抱いた軟弱者。



 それでも……



 その敵意の存在を確かめようと、握り締めた2本のドライバーごと拳を背に回し、ゴブリンに自分を視認させるようゆっくり歩み寄る。



 そして前方20メートルほど。


 ゴブリンは気付いて、こちらに顔を向けた。


 食事の最中だったと思われる、人間の腕と思しきモノを持ったまま。






 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽



 ゴブリンがその腕を投げ捨て走り出す。


 その間、悠人は人間の一部を食べている光景が受け止めきれず、目を見開いたまま呆けたような顔をして佇んでいた。


 しかしゴブリンにそんなことは関係無い。


 逆にチャンスとばかりに、走りながら拳を振り上げ悠人の顔に向かって殴りつける。


 そして鮮血が舞う。


 殴られたのは当然悠人である。


 だが、その舞った血はドス黒い赤。


 つまり悠人のものだけではない。


 悠人が手にしていたマイナスドライバーが刺さったままの、ゴブリンの口から飛び散る血だ。


 本来はこめかみを狙った一撃であったが、殴りつけてくるゴブリンの攻撃が先に当たってしまい、手元がブレた結果、頬を貫通させた状態になっていた。


 幸い悠人も振りかぶっていたため、ゴブリンの攻撃が深く入り込む前には攻撃が入り、悠人は吹き飛ばされるまでには至っていない。


 蹲るゴブリンに対し、悠人は痛みに震えるでも無く、怯えるでも無く、かといって怒りに溢れるでもなく、左手に持ったプラスドライバーを右手に持ち替え、冷徹にゴブリンの顔へ振るう。


 対するゴブリンは必死な形相で手を振りかぶり、迫りくる右手を掴み上げようとするも。


 その抵抗は空しく、最後の悪足掻きとばかりに、その右腕に爪を食い込ませるのみであった。






 悠人は死んで地に這い蹲るゴブリンを前に、座り込みながら考えていた。


 そりゃそうだよね、と。


 敵である可能性が高いのに、僅かな可能性を考え甘えた行動を取ったのは自分だ。


 自身の力と敵の力を見誤り、ゴブリンの振りかぶる速度に僅かに追いつけなかった。


 ゴブリンの方が若干自分よりステータスが高いのだろう。


 その結果、自分が先に殴られた。


 口内は未だに鉄の味がし、頬はズキズキと鈍く痛む。


 おまけにとどめを刺す時も、速度が足りずにゴブリンに腕を掴まれ、食い込んだ爪によってワイシャツには血が滲んでいる。


 さほど大きな傷ではないが……


 見るからに不衛生なゴブリンだ。


 その傷が悪化する可能性も懸念された。



 全ては自分が蒔いたタネ。


 仮に先制攻撃をしかけたら、じゃあ無傷だったのか?と言われれば答えようも無いが、それでももう少しスムーズに倒せたような気もする。



 甘ったれた考え、対応は自分にしっかりと跳ね返ってくる。


 前の世界で散々分かっていたことじゃないか。


 この世界であれば、それが死の可能性に繋がる。


 何も持っていない自分ならそうなると分かっていたじゃないか。




 ……もう決して甘えたことはしない。絶対に。


 敵と判断出来れば、敵意があると分かれば容赦はしない。


 そして悪意に、敵に対処出来る力を身につけろ。



 傷と痛みを戒めに、そう心に誓う悠人であった。

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