個性いろいろ若手妖怪

 途中から萩尾丸のワンマンプレーの様相を見せていた幹部会議であるが、ともあれ雪羽の処遇は決まったようだった。


「……雷園寺君の面倒を見る事は止めないわ。だけど本業に障りが無いように気を付けてね」


 気遣うような言葉をかけたのは紅藤だった。彼女が萩尾丸を心配するのもまぁ当然の事だ。萩尾丸は紅藤にとって心強い味方である事がこの度判明したし、何より萩尾丸も案外多忙そうだし。

 大丈夫です。師範の気遣わしげな声掛けに対して、萩尾丸は澱みない調子で返答した。


「紅藤様。元より若手の研修回りは今年度予定していたじゃあないですか。妖員じんいんとカリキュラムには若干の違いはありますが、それはまぁ誤差の範囲内みたいなものですよ」


 萩尾丸は話しながら一瞬源吾郎の方をちらと見た。何故見られたのかと源吾郎はきょとんとしていたが、元々自分が研修として他の部署を回る予定だったのを思い出した。源吾郎は源吾郎で、ぱらいその一件があるという事で研修は先延ばしになっていたのだ。

 よくよく考えれば、自分も雪羽を糾弾したり嗤ったりできる身分でもないのだ。ここでおのれの不祥事が露呈されては大事だ。一人そのような考えに陥っていた源吾郎であったが、萩尾丸の視線は既に源吾郎から外れ、雪羽に向けられていた。


「とりあえず雷園寺君は僕の傍で仕事の補佐を行ってもらうつもりだからね。僕にぺったりとくっついて、僕が仕事を円滑に行えるようにしてくれるわけだから、まぁ秘書みたいなものかな」

「秘書みたいなもの、ですか……」


 萩尾丸が言い放った今後の業務内容に鋭く反応したのは雪羽本人ではなかった。不安げな視線を萩尾丸に、そして疑わしげな視線を雪羽に向けるのは第三幹部の緑樹だった。


「その……雷園寺君の前で言うのもあれなんですが、秘書の仕事って結構大変だと思うんですよ。ええと、僕みたいにお飾りならばいざ知らず、萩尾丸さんは実際に第六幹部として下位組織の長として働いてらっしゃる訳ですし」

「確かに緑樹様の仰る通りかもしれないねぇ。僕もさ、雷園寺君が働いているってイメージが湧かないんだよ。子供だからなのかもしれないけれど」


 緑樹はおずおずとした様子でおのれの考えを述べ、第七幹部の双睛鳥は割合遠慮なく自分の思っている事を口にする。そりゃあまぁ妥当な流れだろうと源吾郎も思った。秘書と言えば結構重要な任務を任される訳である。雷園寺家の当主候補という肩書があろうとも、遊び呆けているような子供には荷が重すぎる。そんな事は新入社員の源吾郎にも解り切った話だった。


「皆様言いたい放題言ってくれますね」


 唇を舐め舐め言ったのはやはり三國だった。うっすらとその面には渋い表情が浮かんでいる。


「言っておきますが今でも雪羽は第八幹部の、要はこの俺の側近という身分ですからね。仕事もきちんとさせてます。書類に審査印を押させたり、うちの妖事じんじをちょっと任せたりさせてるんです」


 やけにはっきりと一言一句発音しながら三國は言い切った。八頭衆の面々はそれで納得などしない。むしろ幹部同士で目配せし、ついで思った事を口に出す始末である。


「書類作成ならまだしも、まさか審査まであの子にさせてたなんて……」

「ああでもあれでも雪羽君真面目にやってるのかもしれませんね。定期審査も一応通ってたと聞きますし」

「定期審査が通っているって言うのがむしろきな臭いと思うんですが。それこそ賄賂とかをあれしてパスしてもらったとかって勘繰っちゃいますよ」

「み、皆さん安心して下さい!」


 疑念を募らせああだこうだと話し合う幹部たちに対して声を張り上げたのは、三國の重臣である月華だった。


「雪羽君、いえ雷園寺君が審査した書類につきましては、私の方で再確認を行っております。不備とか不審な点があればきちんと修正しておりますので、心配なさるような点は無いかと思います」


 雪羽の仕事を後で月華がサポートしている。このカミングアウトを前に誰もすぐには何も言えなかった。大妖怪たちを前に緊張している雪羽は言うに及ばず、一応は幹部である三國も苦笑いするだけである。


「成程。きちんとした書類だと思ったらダブルチェックなさっていたんですね。月華さんは信頼できるし、それなら大丈夫かも」

「いやちょっと待って下さいよ紫苑様。そもそも審査印ごときでダブルチェックが必要って所からして変だと思いませんか」

「三國君が仕事を甥っ子に振り分けたいのは解るけど、いくら何でもそれはねぇ……」

「本当に大丈夫ですか萩尾丸さん」


 またしても各々意見を述べだした八頭衆のうち、灰高が萩尾丸に声をかけた。第八幹部の傘下での動きに呆れたり驚く同僚たちを横目で眺めつつも、灰高自身はさも愉快だと言わんばかりの表情を見せている。

 僕は大丈夫ですよ。萩尾丸は朗々とした口調できっぱりと返事した。


「雪羽君が雷園寺家の当主候補って事もあってね、僕も少ぅし気を遣って秘書って言っただけに過ぎませんよ。秘書って言えば聞こえはいいけれど、実際の所は僕にくっついて僕が行うまでもない雑用の肩代わりってところですね。皆様、心配する事は何一つありませんよ」


 成程。マイペースに安堵の息を漏らす幹部たちを眺めながら、源吾郎は萩尾丸が雪羽をどのように扱おうとしているのかおおよその察しがついた。

 秘書あるいは雑用係の名目で、仕事中は雪羽をおのれの傍に留めるつもりなのだろう。雪羽の行動を監視し、彼がおイタを重ねないようにする意味合いがあるのかもしれない。雪羽をおのれの保護下に置いて、萩尾丸が抱える他の部下たちに攻撃されないようにするという意味合いもあるのかもしれない。

 いずれにせよ妥当な事だと源吾郎は思っていた。実年齢としては雪羽の方が年上のようだが、彼の事は自分よりうんと幼い子供であるように源吾郎には思えてならなかった。仕事に慣れていない子供であるからこそ、わざわざ萩尾丸も手許に置いて雑用をさせると言い出したに違いない。


「仕事とか、他の若手妖怪とのやり取りに慣れたと思えば別の仕事もさせますがね。ですが今は、仕事そのものに慣れて貰うのが先決かと思うのです。もちろん、仕事以外の事も僕の方で色々と面倒を見ますよ」


 仕事の時はもちろんの事、オフの時も面倒を見る予定だと、萩尾丸は暗に伝えているようなものだった。

 三國は思うところがあるらしく、発言しようと口を開こうとした。その三國の発言を遮るように喋りだしたのは、処遇の件で話題として取り上げられている雪羽その人だった。


「大丈夫だよ叔父さん。秘書だか雑用だか解らないけれど、それが俺の仕事だって言うのなら引き受けるよ」

「雪羽……」


 大妖怪たちに囲まれた中で発した雪羽の言葉は、存外威勢の良い物だった。雪羽はふてぶてしそうな笑みを作り、その視線を今度は萩尾丸に向ける。


「萩尾丸さん。俺を単に血筋が良いだけの子供だと思って見くびっているんじゃあないですかね。まぁ、おっさんが何をどう思っているのか、俺も実はそれほど興味はありません。

 だけど、俺を従わせて働かせている間に、ああ、やはりこいつは雷園寺家の当主候補で才能に溢れる奴なんだなって驚く事請け合いですよ」


 雪羽は源吾郎を一瞥し、今一度言葉を続ける。


「そう言えば萩尾丸さんは自分の手下をそこの島崎源吾郎とかいう狐と闘わせてるって話だけど、俺もこいつとタイマン勝負させてくれるんですよね? こいつとは本気で闘りあってみたいんだ」


 源吾郎と闘いたい。そんなことまで言ってのけた雪羽は、ここで口を閉じた。その頬に子供らしい笑みを浮かべたまま。

 まごう事なきビックマウスである。源吾郎はしかし、雪羽の言動に違和感を覚えたり不快感を抱く事は無かった。彼の心中は大体推察できていた。本当に力のある大妖怪たちの前で敢えて虚勢を張っていたのだろう、と。

 ある程度成長した子供が保護者の愛情を突っぱねたり、大人に対して力があるように誇示する感情は源吾郎もよく知っている。自分もそういうものに頼っており、今もなお頼っている訳であるから。

 ともあれ雪羽は、萩尾丸やほかの幹部たちが驚く所を見たいだけなのだろう。

 ところが萩尾丸は驚かなかった。彼も笑っていたが、その面には郷愁の色が見え隠れもしていた。


「あはは、何ともやり取りを聞かせてくれてありがとう。君の叔父上である三國君とも似たようなやり取りができたのを思い出したよ。あの時は、三國君が勝負したがったのは僕や第七幹部だったけどね……

 あ、でもやっぱり君はお坊ちゃまだなって思うよ。三國君みたく、主張の最中に暴れだしたりしないもの」


 萩尾丸のこの発言に、雪羽は完全に鼻っ柱を折られたらしい。驚きと戸惑いを見せたものの、恥じ入ったように俯いてしまった。頬だけではなく耳朶まで紅く染まっている所からも、彼の心中は明らかである。ついでに言えば話題にちらと上った三國も気まずそうだ。

 そりゃあまぁ萩尾丸の発言はクリティカルヒットしたんだろうな。源吾郎は他人事のように思っていた。ああして威勢よく虚勢を張る子供は、その姿が年長の身内にそっくりであるという指摘を受けるとあっさりと出鼻をくじかれるのだ。そもそも虚勢を張る事自体が「俺は他の誰とも違う。俺は俺なのだ」という主張を行う事に他ならない。だというのに父や叔父、或いは兄たちに似ていると指摘されると、一気に情けないような恥ずかしいような気持ちに陥るという寸法だ。

 ちなみに源吾郎がそこまで解るのは、身に覚えのある話だからだ。源吾郎の容貌は兄姉たちとは明らかに異なっていた。しかし源吾郎たちを深く知る者からは、源吾郎は兄――特に長兄の宗一郎――に似ていると言われる事は珍しくなかった。

 さらに言えば、反抗期に入り始めたお坊ちゃまは無闇に育ちの良さやお坊ちゃまである事を年長者に指摘されると凹む性質もある。

 まぁ要するに、萩尾丸はそれらのポイントをしっかりと押さえた上で発言したという事だ。

 さてと。微妙な態度のままの雷獣たちをそのままに、萩尾丸は進行役である灰高に目配せした。


「ひとまず雷園寺雪羽君の処遇は決定しました。他に何か……」


 幹部らに質問や意見を求めようとしていた萩尾丸だったが、何かを思い出したらしく途中で言葉を止めた。その視線は二匹の妖怪に注がれている。雪羽の取り巻きだったカマイタチとアライグマである。こいつらは事情聴取の際、手のひらを返して雪羽に非を押し付けようとした薄情者どもだ。今この瞬間まで半ば空気と化していたのだが、「処遇」という単語に身を震わせたために、こうして注目される羽目になったらしい。


「今思い出しましたが、ここに来てくれている雷園寺君のの事をすっかり失念しておりました」


 ご友人という単語を萩尾丸は強調していた。先のやり取りを聞いていた萩尾丸だ。素直に彼らを雪羽の友達だと言っているのではなく、やはり皮肉がこもっているのだろう。


「そんなっ、僕たちは雷園寺の友人なんかじゃありませんよ」

「そうっす、いえそうでございます大天狗様」


 大天狗たる萩尾丸に注視され、既に二匹の妖怪たちは震えあがっていた。権勢の良い時は大妖怪の子息の取り巻きとして太鼓持ちに励み、その勢いが衰えた時には手のひらを返して離脱する。生命のやり取りさえある妖怪社会の中では、それがある意味弱者の生きる道でありやり方なのかもしれない。そう思っても、源吾郎の心中には冷え冷えしたものが広がっていた。

 結局この二匹の妖怪に対しては、定職があるのかどうかだけを尋ねただけで深く追及される事は無かった。彼らは雪羽に脅されて渋々手下になっていたのだと、その事をしつこい位萩尾丸たちに主張していた。その真偽も追及されなかったが、保身のための嘘なのだろうと源吾郎は思った。宮坂京子に扮して働いていた時に見た彼らは、それはもう楽しそうに雪羽に付き従っていたのだから。

 おのれのすぐ後ろで根も葉もない事を言ってのける取り巻きたちに対して、雪羽は特に何も言わなかった。取り巻きたちの言動にショックを受けたのか、それとも仕方が無いと受け入れたのか、或いは初めから全て解っていたのか。そこは源吾郎にも解らなかった。



 幹部会議第一部が終了したと灰高が言うと、関係者ではない妖怪は退出するようにと促された。退出を促されたのはスタッフとして働いていた米田さんたちと、雪羽の取り巻きだった妖怪たちの合わせて四名である。

 退出するときの様子からも、彼らの個性だとか八頭衆との関わりなどがうっすらと浮き上がっていた。取り巻きたちはそそくさと去っていったのだが、スタッフとして働いていた鳥妖怪の青年や米田さんは、きちんと挨拶をしてから去ろうとしたのだ。


「米田さん、だったっけ」


 最後に残った米田さんを、萩尾丸は何を思ったのか呼び止めた。何でしょうか。金髪をなびかせて問いかける米田さんの姿は、大天狗と相対しているのだと思うと相当に落ち着いていた。


「もしよければうちで働いてみないかな? 君がずっとこの時期に来てくれて働いているのを見てるから思うんだけど、中々見所があると思っているんだよね、それこそ本物の玉藻御前の末裔よりもさ。

 がいるから気が引ける、なんて思わないで大丈夫だよ。僕の部下には玉藻御前の末裔を名乗っている狐も十何匹かいるからさ」


 唐突なヘッドハンティングに源吾郎は目を丸くしていた。バイトリーダーとして頑張っていた米田さんであるが、まさか萩尾丸までもこうして妖材として欲しいと思うとは。

 米田さんは萩尾丸の言葉を聞いていたが、控えめに微笑むと首を振った。


「私の事を高く評価していただいて誠に感謝いたします。ですが申し訳ありません。私は組織の中で働くよりも、自由に働く方が性に合っておりますので……」

「そっか。それなら仕方ないね。無理強いするのも大妖怪のする事じゃあないし」


 萩尾丸の言葉が終わるのを見届けると、米田さんは一礼し、颯爽と退室していったのだった。

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