―04― 霊体と実体

「ちょっとお兄ちゃん! いつまで寝ているつもり!」


 悪魔フルカスとのおしゃべりに夢中になっていたら、突然妹が部屋に入ってきた。

 そのネネの隣には、使用人が困った様子で立っている。

 恐らく使用人が僕を起こそうと扉の外から呼びかけていたのだろう。

 だけど、いつまでも経っても部屋から出てこない僕。使用人の立場では、許可なく部屋に入るわけにいかない。

 そこで、イライラしたネネが扉を盛大に開けたといったところか。


 ネネが扉を開けて僕は真っ先に、しまったと思う。

 今、部屋にはフルカスさんがいる。

 下手したら悪魔召喚したことがバレるかもしれない。

 仮に、フルカスさんを見て悪魔だと気がつかなくても、僕の部屋に見知らぬ爺さんがいるのだ。

 どういう状況よ! と妹に詰められるのは必須。


「って、起きているじゃないの! だったら部屋の外から呼びかけたら返事ぐらいしてよ!」

「ご、ごめん。気がつかなくて」

「気がつかないってなにそれ! 私けっこう大きい声出してたよ」


 そうなんだ。

 フルカスさんと悪魔召喚の話で熱中していたので、そんなこと全く気がつかなかったわけだが。


 って、そんなことよりも妹が全くフルカスさんのことを言及しない。

 こんなにも部屋の真ん中に目立つようにフルカスさんとその馬がいるのに。


「ねぇ、なんか言うことないわけ」


 ネネは詰め寄るようにそう言う。

 フルカスさんには全く目もくれない。

 もしかして、フルカスさんのこと見えてないのか?


「わ、悪かったって。今すぐ、着替えるから出てってくれよ」


 そう言うと「ふん」と鼻を鳴らしてネネは部屋から出て行った。


「もしかして、フルカスさんのこと見えていない?」

「ああ、そうじゃな。実体化しない限り、儂のことは普通の人間には見えぬよ」

「実体化?」

「ふむ、そうじゃな。実体化についてお主にまだ説明していなかったな」


 聞きながら、僕は着替えを始める。

 朝ご飯の時間に遅れると怒られるからだ。


「今の儂は肉体を持っていない霊だけの状態じゃ」

「だから、さっきフルカスさんに飛び込んだとき体が透けたのか」

「ああ、そういうことじゃ」


 朝、フルカスさんを不審者だと思って飛び込んだことを思い出す。

 そのとき、雲を掴むかのようにフルカスさんの体を触ることができなかった。


「あの、フルカスさん。話の途中で申し訳ないけど、早く行かなくちゃいけないみたいで……」

「ほっほっほっ」


 と、フルカスさん独特な笑い声をあげてこう言った。


「構わん構わん。儂のことなど気にせず行っておくれ」

「ありがとう。その……」


 僕はなにかを言いかけて口をとめる。


「なんじゃ?」


 けれど、フルカスさんはそう言って続きを言うように促してきた。


「その、フルカスさん悪魔なのに本当に優しいなぁと思って」


 一度、言うのをためらったのは、悪魔をこんな風に褒めるのは聞きようによっては失礼かもしれないと思ったからだ。


「なぁに。儂は好奇心旺盛な子供が好きなのじゃよ」


 そうなのか、と思いつつ部屋を出ようとする。

 すると、フルカスさんもついて行くつもりなのか、ずっと部屋で寝そべっていた小馬を起こす。

 そして、フルカスさんはその子馬に跨がった。

 なんというか、小馬はフルカスさんが乗った瞬間、重さのせいか四本足をブルブルと震わせる。


「大丈夫?」


 僕は思わずそう聞いていた。


「ふむ、昔は優秀な馬だったのにのう」


 ゆっくりとだったがフルカスさんを乗せた馬は歩き出した。

 どうやら霊の状態のフルカスさんは体が透けるので、扉を無視して歩くことができるらしく、僕が扉を開けたままにしておく必要はなかった。

 その様子を見て、便利な体だなぁ、なんてことを思ってみたり。


 あれ? でもその状態だと、物もさわれないよな。

 ふと見ると、フルカスさんの手には錆びた槍があった。

 あの槍もフルカスさんの一部なんだろう。だから関係なくさわれるのかな。


 って、待てよ。

 今日の朝。フルカスさんに槍で体を突かれたよな。

 霊の状態では物をさわれないはず。

 だったら槍が僕の体を突くのはおかしくないか?


「ねぇ、フルカスさん。朝、僕のことを槍で突いたよね。霊の状態では僕のことさわれないはずだよね。どうして?」

「ほっほっほっ、そこに気がつくとは。お主、中々素晴らしい洞察力を持っておるのう」


 また褒められてしまった。

 そんな大したことではない思うのだが。


「理由は単純。儂が一瞬だけ実体化したのじゃ」

「え?」


 そんなことできるのか、と思って驚く。


「実体化すれば、儂は普通の人間のように動けるし、他の人間にも姿が見えるようになるのじゃ」


 そう言って説明をした。


「じゃが、本来は召喚者の許可なく実体化してはいけないのじゃ。だからお主を起こすためとはいえ、すまぬことをしたのう」

「別に怒ってはいけないけど」

「ほっほっほっ、お主は器が大きいのう。しかしな、1つ真面目に聞いて欲しいのじゃが」


 そう言ってフルカスさんはこっちを見る。

 なんだろう、と思い僕もフルカスさんの方をみる。


「今回は儂じゃったからよかったが、もし悪意のある悪魔が同じことをした場合、どうなるか考えておくれ」


 もし、悪意のある悪魔が僕の許可なく勝手に実体化したら……。

 実体化したらどんな悪さだってできてしまうだろう。


「いいか、悪魔を使役するということは、いかに悪魔を自由にさせないかの一点に尽きる。もし、悪魔がお主の意思にそぐわずに、なにかをしようとしたとき、召喚師の力でそれを止めねばならぬのだ」


 そういえば魔導書には拘束の呪文や退去の呪文があった。

 それらを使って悪魔を使役しろってことなのか。


「わかりました」


 僕はフルカスさんの言葉に心から頷いた。


「と、そうだ。よければ召喚しないほうがいい悪魔を教えてくれませんか?」

「ほっほっほっ、知識に貪欲な少年はやはりよいのう。よかろう。では、二人の名前を今から教えようじゃないか」


 愉快そうにフルカスさんは笑うと、こう口にした。


「序列第13位ベレス。そして第32位アスモダイ。この2体の悪魔は特に注意したほうがよい。どちらも非常に強力だが、非常に反抗的だ」


 ベレスとアスモダイ。

 2体の名前を胸に刻む。


 と、ひとつ別の疑問が浮かんだ。


「非常に強力って、つまり他の悪魔より強いってこと?」

「ああ、そういうことじゃ」

「てっきり序列第1位のバエルが一番強いんだと思っていた」

「ほっほっほっ、確かにバエルも最強の悪魔の一人ではあるが、しかし序列の順番と強さの順番は全く関係がない」

「じゃあ、この序列ってのはどういう意味が?」

「ほっほっほっ、それは儂にもわからん」


 そう言って、フルカスさんはニコッと笑う。

 なんだそりゃ、と思ったが、もしかしたら序列には大した深い意味がないのかもしれない。


「お兄ちゃんっ! お父さんが呼んでいるから早く来て!」


 と、遠くからネネの声が聞こえる。

 思わずフルカスさんと立ち話に熱中してしまっていた。

 これ、端から見たら僕がずっと独り言をしている感じに見えるよな。気をつけないと。


「じゃあ、フルカスさん。行ってくる」


 こう言って、一先ずフルカスさんとの会話は打ち切りとなった。


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