恋する男子に水泳を教えて(6)


 バーベキュー。

 略してBBQ。


 いつごろからか知らないが海外から異国の文化が伝わり、いまや日本人にとってもすっかりお馴染みとなった夏の風物詩だが、その作り方や味つけは、本場アメリカにおいても各家庭によって様々だと言われている。


 たとえば、具材。

 野外の不衛生な環境のもとで調理を行うからには、たとえ牛であれ豚であれ鳥であれ、じゅうぶんに火を通さずしてお肉を食べてはならない。


 包丁を使った野菜の切り方ひとつ取ってみても、形や大きさがまるで違う。火の強さや焼き加減によっても、全然食感や風味が変わってくる。

 お肉と野菜を交互に串に刺すとして、その順番はどうするべきか? 網の上での並べ方と、ひっくり返すタイミングは? ソーセージとベーコンは一体どれくらい焼けばいい?


 こと周りを海に囲まれた日本列島において、とくに種類が豊富なのはシーフードだ。

 所詮は冷凍といえどもあなどるなかれ。うまみのエキスをぎゅっと濃縮したエビやイカ、カキやホタテなどの海鮮食材は、緑に囲まれた山の中にも潮の香りを運んでくれる。


 ちょっと遠慮がちにお隣の家族の様子を窺ってみると、アルミホイルでお握りを包んでいるところもあれば、鉄板で焼きそばを始めているところもある。

 とりわけ子供たちに人気なのは、網の上で転がして焦げ目をつけた丸焼きのとうもろこしだ。お手々やお口の周りが汚れるのも構わず、無我夢中でかじりつく。


 本場のアメリカ人に言わせれば、こんなものは本物のバーベキューじゃない?

 いや、これこそ日本が世界に誇るべきバーベキューなのだ。


 しかし、ここはあえて民族や宗教の違いなど関係なく、俺自身の個人的な意見を言わせてもらいたい。

 結局何だかんだ言って、一番うまいのはタレである。


 極端な話、自分好みに調合された絶妙なタレさえあれば、それ以外には何もいらない。

 たっぷりと味が染み込んだ割り箸でさえも、嚙めば噛むほどにおいしく感じられる。


「……あんたって結局、食べられるものなら何でもいいんじゃないの? 時々食べられないものまで食べてるし」


 俺たちは、バーベキュー会場を巡ってそれぞれの家族や知り合いに挨拶をしつつ、空っぽの皿を持っていって分け前をもらう。

 お酒を飲んで日常を忘れた大人たちは馬鹿みたいに気前が良く、何でもかんでも食え食えと山盛りで寄越してくれる。


「あちこち会場を探してみましたけど、やっぱり越智さんの姿は見当たりませんでした」


 千嵐は、両手では運びきれない缶ジュースを服の中に抱えて、ご馳走が並んだテーブルに戻ってくる。

 使い捨ての皿と箸だけ持ち寄って、大胆にもスカートをまくりつつ椅子をまたいで腰かける。


「そんなに気になるなら電話をかけてみればいいだろう? ここで待っていればそのうち来るさ。うちの母さんもそう言ってるし」


 俺は、落としてへこんだ缶から炭酸を噴かし、じゅるじゅると飲み口をすする。

 そして、箸を置くなり急いでケータイにかかってきた電話を取る。


「青木さんのお母さんが、ですか? 越智さんのお母さんじゃなくて?」

「こいつのおばさん、町外れの老人ホームで働いている介護士さんなのよ」


「それは初耳です。……でも、それがどうして?」

「おばさんから聞いた話によると、その施設に越智君のおばあちゃんが入所しててね、お孫さんがよく遊びに来るんですって」


 野々坂は、なぜか自分にばっかり寄ってくる小蝿に悪態をつきながら、焼きすぎて焦げてしまった肉をお持ち帰り用のパックに詰めている。

 熱いうちに骨付き肉の骨だけ噛みちぎって、別の皿に取り分けておいたのだ。きっとおうちで留守番している兄弟(ブラザー)――もとい飼い犬にでも食わせるつもりなのだろう。


「私も是非会ってみたいです。今日はこの会場にいらっしゃらないんですか?」

「だから老人ホームで暮らしてるんだって。そんなに会いたければ、自分から行ってみればどうだ?」


「いいえ、越智さんのおばあさんにじゃなくて、青木さんのお母さんにです」

「えっ? なんで?」


「青木さんにとっては、初恋の人なんですよね? きっと素敵な女性なんだろうなと思って」

「お前って時々、そうやって不思議なことを言い出すよな」


「小学校や中学校時代の思い出話とか、現在はお互いのことについてどう思っているのかとか、色々とお話を伺ってみたいじゃないですか」

「たぶんお前、何度か会ったことあるぞ? うちの母さんがそう言ってたし。珍しい名前だったから覚えてるって」


「それは本当ですか? だとしたら、一体いつどこで?」

「いや、俺もそこまでは聞いてない」


 千嵐は、一旦箸を休めて悩ましげに首をかしげつつも、さっきからしきりに足をかきむしっていた。

 別に誰かがくすぐっているわけじゃないが、足元に草が生えていて何となくこそばゆい。


「とはいえ、いざ面と向かってご挨拶をするとなると、何だか緊張しちゃいますね。青木さんのお母さんが、私のことをどう思っていらっしゃるのか」


「これから家族ぐるみのお付き合いをするわけでもないんだし、わざわざご挨拶に行かなくてもいいんじゃない? それこそ結婚を前提にお付き合いしてるとかなら話は別だけど」


「いえいえ、そういう意味じゃなくて。私の家は兼業農家なので、お米や野菜が腐るほどあまってるんですよ。ご近所の方々からも、もう食べきれないから持ってこないでって言われてて」


「千嵐のおうちって、もしかしてお庭にビニールハウスがあるの? ねえねえ、だったら今度遊びに行ってもいい? 天気がいい日に水着でサウナごっこしようよ」


 ビニールハウスでサウナごっこ……?

 一体何なんだ、その楽しそうな夏休みの過ごし方は。


 水着姿の彼女たちが農作物に囲まれながらきゃっきゃうふふとはしゃぐ光景を想像して、思わず頭の中を振り払ってしまう俺。

 ふとした拍子にシャツの汚れに気づいた野々坂が、ポケットからティッシュを取り出して叩くようにシミを拭き取る。


「ちなみに、青木さんのお母さんはどんなことを仰っていました?」

「えっ?」


「おうちの中で、私のことについてお母さんとお話したんですよね? 何か気になることを仰っていませんでしたか?」

「いや、それはその、思春期の悩みに関する大切な話というか、何というか……」


「もしかして、お母さん以外に好きな人ができたとか?」

「幼稚園児じゃあるまいし、いちいちそんなことを母親に打ち明けたりせん」


「だったら、どうして隠そうとするんです? そんなに恥ずかしがることないじゃないですか」

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