急がず待つ

 待たされる側にはたまったものではないかもしれないが、それでも僕は待たせるだろう。いや、誰も待ってはいないのかもしれない。それでも書こう。そう決めている。僕の動機は、僕が書くという事にあるのであって、それ以外のなにものでもないのだから。


 しかし承認される事は喜ばしい事だ。自信を担保たんぽしてくれる存在がむこうからやってくるのだから、これほどまでに自分を鼓舞こぶするものは他にない。その上で、それは自分ではない。どこまで行ってもそれはなのだ。僕という人間は、を頼りに生き始めた時、初めてを失うのだろう。それまでには無かったものを求めた時、それがもたらされない事を、「失った」と呼称するのだろう。初めのうちは、そんなものなど考えもしていなかったというのに。


 僕は石だ。その硬さ故に、生じる流れによって絶えず削られていくものだ。その流れとは承認しょうにんだ。罵倒ばとうだ。つまりは自分を対象にした反応の事だ。それを受けて、僕はどうしようもなく変化してしまうだろう。良かれ悪しかれ、必ずその影響を受けるのだ。欠けている自分を埋めてくれるものを人は求めるのであり、僕もその例に漏れないからだ。だが、その埋めてくれるものこそが、僕を欠けさせているものの正体なのだ。僕は何も求めるべきではないのかもしれない。どうしようもなく拒絶して、なかった事にしなければならないのかもしれない。


 だが、他者の存在を消し去る事はできない。いずれ、それはあらわれる。承認も罵倒も一つの大きな流れとなって、自分の身に降りかかってくるのだ。僕はその流れを見て、その時に何を思うかなど知らない。一つ、たった一つ確かな事は、急がず待つ事だけだ。何が来ようと構いはしない。どうせ止められないのだ。僕の筆の動きは、誰にも止められないのだ。それを止められるのは死だけだ。それもまた、いずれ現れるのだろう。急がず待つ。ただそれだけだ。

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