集まる仲間たち ―それぞれの事情と旅立ち―

「お待たせ」


 テーブル席について食事を待っていれば、他にはお客さんも少なかったこともあり料理はすぐに出てきた。

 メイラがふとつぶやく。


「こちらのお店って朝はそんなに混んでらっしゃらないんですね」

「ええ、そうよ。どちらかと言うと夜の居酒屋の方が本番だからね。自分たちが朝のご飯をお店でとるようになってから、わりかし近所の人達とかが来るようになったのよ。朝はそういう理由での〝ついで〟かな」

「へぇ」


 私たちがそんな言葉をやり取りしている時だった。


「よぉ、隊長達もいたのか?」

「二人揃ってどっか行くのかい?」


 私たちにかけられる声がある。ドルスとダルムさんだった。

 声のする方に振り向けば。そこには見慣れた仲間の顔があった。


「みんな!」

「よぉ!」


 私のチームは私自身を含めて8人いる。

 隊長である私、以下、ドルス、プロア、パック、カーク、ゴアズ、バロン、そしてダルムさんと続く。

 はずだった――


「あら? ゴアズさんとプロアは?」


 二人ほど居ない。その理由をカークさんが答えてくれた。


「ゴアズは仕事だ。単発で一人仕事を入れたらしい」

「え? 長期休暇なのに?」


 私は思わず驚きの声を上げる。年配のダルムさんが意味ありげに言った。


「あいつには帰る実家がないんだよ」

「えっ?」


 思わな事実に私は驚いた。バロンさんが言う。


「彼は孤児院の出身なんですが、そこにあまり良い記憶がないらしく幼少の頃のことは何も語りません。彼にとって正規軍での思い出が一番価値ある記憶なのだと思います」


 つまりはそういうことだ。休暇をもらっても帰り着いて心と体を休める場所がないのだ。彼が信頼を置いたかつての仲間はすでに全滅して誰も残っていないのだから。

 私は彼のことについてはそれ以上掘り下げないことにした。


「ではプロアは?」


 ドルスがぼやけながら言う。


「あいつか? なんだか血相変えてあちこち走り回ってたぜ? 何かあったんじゃねえか?」

「何かって?」

「さぁ?」


 なんとも頼りない答え、とその時だ。天使の小羽根亭のスイングドアが音を立てて開いた。


「ルスト!」


 噂をすれば影が差す。飛び込んできたのはプロアだったのだ。


「プロア!」

「ここにいたのか。やっと見つけたぜ」


 彼は私を探していたのだ。それが走り回っていた理由だった。

 ドルスが尋ねる。


「おいどうした? そんなに血相変えて」

「すまねえ、今から大急ぎでモントワープに飛ばなきゃならねえ。そのあとオルレアだ」


 ただならぬ様相にダルムさんが心配げに問いかける。


「何かあったのか?」

「俺の実家筋でゴタゴタが起きてる。モントワープのお袋と妹が脅されている」

「えっ?」

「確か、ご実家の家宝を取り戻して母上様にそれを知らせたばかりですよね?」


 パックさんの問いかけにプロアが言う。


「それが裏目に出たんだ。昔のバーゼラルの分家筋のクズ共が嗅ぎつけて色々と嫌がらせをしている。犯人を突き止めてつるし上げる」


 その時の彼の形相はただならぬものだった。内心にかなりの怒りを抱いているのは間違いなかった。私は彼に言った。


「プロアさん。決して間違いは犯さないでくださいね」


 つまりは〝殺すな〟ということだ。どんなに戦うことを生業としている傭兵だと言っても、戦闘の外で殺人を犯せば罪に問われることになるからだ。


「分かってる。そこまで馬鹿じゃねえ」


 そう言いながら彼は一通の書状を私へと手放してきた。


「これをルスト隊長の爺さんに渡してくれ。中身を見てもらえば話が通じる」


 私のお爺さん、つまりはモーデンハイムのユーダイム候の事だ。


「分かったわ。必ず渡すから」

「頼むぜ」


 そう言いながら彼は歩きだそうとする。


「悪いな。慌ただしくて」


 彼が残す言葉にドルスが言った。


「気にすんな。それより大変な状況の時こそ落ち着けよ」

「あぁ。分かってる。じゃあな!」


 プロアは返す返事もそこそこに表通りに出ると天高く舞い上がっていく。彼が愛用する精術武具〝アキレスの羽根〟だった。

 彼のその様相を心配げに眺めていたが私は呟いた。


「どうして世の中にはろくでもない人間が必ず居るのかしら」


 ダルムさんが言う。


「しゃーねえさ。世の中人間がいれば一番良いやつもいれば一番悪い奴もいる。その都度、乗り越えていくしかねえ」


 パックさんが頷いた。


「おっしゃる通りです。人生は縄の如し。撚り合わせた縄のように幸と不幸が絡み合うものですから」

「ええ、そうね」


 彼の言葉に私たちは頷いた。

 雰囲気を変えるように私は尋ねた。


「皆さんも旅支度のようですがどちらかに行かれるのですか?」


 私のその問いに最初に答えたのはドルスだ。


「オルレアに行く。オルレアの軍本部で働いてる妹の顔を見に行ってくる」

「ああ、いつぞやここに来た歳の離れた妹さんですね?」


 エルネド・ノートン、彼の妹でドルスとは似ても似つかない明るく利発な人当たりの良い女性だ。


「ああ、最近また軍の射撃大会で賜杯をとったんだってよ。見に来いって言うから行ってくるわ」

「妹さんによろしくお伝えください」

「おう!」


 歳が離れていても兄妹は兄妹、その仲の良さが私には少し羨ましかった。

 その次に声を出したのはパックさんだ。


「私は北部都市に向かいます」

「イベルタルですか?」

「はい。かつての恩師が私の身分解放を知って祝ってくださるというので」

「そうですか。道中お気をつけて」

「かたじけない」


 元奴隷身分と言う過酷な過去を持つパックさん。だがその彼もワルアイユ動乱をめぐる武功によって評価され、フェンデリオルへの帰化と言う形でやっと身分解放を果たした。

 彼を知る人がそれを祝ってくれるというのだ。さぞや嬉しいに違いない。

 その次がダルムさん。


「俺は西方辺境に行く」

「ワルアイユですか?」

「いや、旧マイザック領、デルカッツの謀略で潰された候族領の後継者のところに行く」


 彼は一呼吸おいてこう語った。


「ダブリオ・ローレム・マイザック――、それが俺のかつての主君だ。ここんところ忙しかったからな。やっと時間が取れたんでデルカッツの顛末について報告をしに行く」


 今を去ること20年前、彼は自分が仕えていた若領主をデルカッツ一派の謀略で自死に追い込まれた過去がある。それが今回のワルアイユ動乱を経て積年の思いをやっと晴らしたのだ。


「ご領主によろしくお伝えください」

「ああ」


 彼は静かに頷いた。

 そして次がカークさん。


「北部の山岳地帯に行ってくる。俺のかつての親友の未亡人がそこで暮らしているんだ。仕送りをずっとしていたんだが久しぶりに顔を見に行こうと思ってな」

「そうですか」

「ああ、娘さんも居るんだが今ではかなり大きくなってな。いつ来るのかって手紙も来ているんだ」

「道中お気をつけて」

「ああ」


 今は亡き彼の親友。その忘れ形見と未亡人を陰ながらずっと支える。律儀で義理がたい彼らしい振る舞いだった。

 そして最後に残ったのがバロンさんだ。


「私はオルレアに行きます」


 その理由を私はすぐに理解した。


「お墓参りですか?」

「ええ」


 それ以上は掘り下げなかった。彼自身が殺めてしまったかつての奥さん。ワルアイユ動乱の一件を経て、彼は自分自身の過去に向き合う勇気を持った。

 以前より表情が明るくなったのもその現れだ。


「それに軍の士官学校に入ったラジアとポールの様子を見に行こうと思いまして」


 ワルアイユ領で知り合ったラジア少年、彼とは弓を通じた師弟関係にある。さらにこのブレンデッドの街で私がずっと勉強の面倒を見ていたポール少年、二人とも正規軍の士官学校をめざし勉強を続けてきたが今年の春見事に合格。首都オルレアで体の鍛錬と勉学に励んでいるはずだった。


「そうですか。きっと喜ぶと思いますよ」

「はい」


 そんなふうに会話を交わしていた時だ。

 天使の小羽根亭の入り口の扉が開いた。


「失礼いたします。エルスト・ターナー様はこちらにおられますか?」


 姿を現したのは馬車の馭者だった。


「ハイネスト馬車商会の者です。お迎えに参りました」


 私が頼んでいた辻馬車が来たのだ。


「ありがとうございます! さ、行くわよメイラ」

「はい。お嬢様」


 食事を食べ終えテーブルに代金を置くと荷物を手にして私たちは立ち上がる。そして歩き出しながら皆に言った。


「それじゃあ行ってきます! みんなも気をつけてね!」

「それでは失礼いたします」


 私が声を発し、メイラが少し遅れて丁寧に頭を下げる。

 みんなからも見送りの声が飛んできた。

 それを背に歩き出す。

 それからの一か月間、私たちはそれぞれの道で思わぬドラマを繰り広げることになったのだ。



 †     †     †



 そしてこれからしばらくの間、この一か月間の間に、私たちそれぞれの身に起こった出来事を話そうと思う。

 すなわち〝それぞれの旅路〟として。

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