少年兵 四(ナンバーフォー)

福山 晃

第1話 狙撃兵を狩る子供達

 あたしは瓦礫の陰に潜んで身支度を整えていた。


 これからスナイパーに狙われている瓦礫だらけの大通りを走って渡る。だから途中で何か落としたり、靴の紐が緩んだりするとまずい。弾薬の入った袋を袈裟にかけ肩ひもの長さを短めに調節する、そして『カラシニコフ』と呼ぶ突撃銃をしっかりと胸に抱えた。

 スナイパーはどこから狙っているか分からない。でもあたしの勘だと右側のずっとむこうに見えてる高い建物、の屋上あたりに隠れていると思う。


 その建物は内戦の始まる前、この街がまだ栄えていた頃にはボーリング場として営業しており、その屋上にはボーリングのピンを模した巨大な看板が残り、ひと際目立つ建物だった。


 あたしは何度か膝を曲げて伸ばして息を整えた。

「せーのぉ」

 一気に通りへ飛び出した。真っ直ぐ走るとすぐに撃たれてしまう。そうやって死んでいく仲間を何度も目の前で見てきた。

 ジグザグに走る。速く走ったりゆっくり走ったり狙われにくくなるように走る。

 いったん速度を緩めた時に目の前の地面から火花が散った。弾けた瓦礫の破片が足に当たる。撃ってきたんだ。

 次に耳のすぐ後ろをぶたれたような衝撃が奔る。弾が掠めていったんだ。

 これだけ撃たれたらもう分かった。やっぱりあの建物の屋上から撃ってきてる。

 また速度を上げて、全速力で一気に駆ける。

「スーノ! こっち! こっちだよ!」

 あたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 同じ部隊のジュサンノがひっくり返ったトラックの下から手を振っていた。うん、あそこならスナイパーからは見えていないはず。

 あたしはジュサンノ目掛けて走った。でも、そろそろ次の弾がくる、勘で分かるんだ。

 タイミングを計って思い切り地面を蹴飛ばすようにして止まる。一瞬後に目の前を衝撃波が奔る。

 あたしは弾の飛んできた方を見当つけて睨んでやった。やっぱりあの建物だ。

 またすぐに駆け出すと、立っていた所に火花が弾けた。

 へへん、下手なやつ。そんなんじゃあたしには当たらないよ。

 ジュサンノのいるトラックの陰に飛び込んだ。すぐにジュサンノが傍に来てくれる。

「どうだった?」

「やっぱり大通りはスナイパーに狙われてる」

「ええ、やばいじゃん。どうするの?」

 そんなの決まってる。

「前の建物の裏から西の通りを渡ればパディーノ達と合流できるから、すぐに渡って合流しちゃおう」

「でもスナイパーがいるんじゃ」

「大丈夫だって、ジュサンノも走るの上手になったよ。あたしに着いてくれば撃たれたりしないって」

 ジュサンノは不安そうにうなずいた。

 あたし達は廃墟になった建物の中を通り抜けて裏の通りに出た。

 スナイパーのいる建物は高くて、屋上からはこの通りもよく見えているはず。

 大きな瓦礫の陰から通りの様子を窺ってみる。倒れた建物の木造部分が燃えて黒い煙をあげている。あとは死体がいくつかごろごろ、それも多分みんな味方の死体。

 振り返るとジュサンノが後方を警戒してくれていた。

 こっちの通りもあのスナイパーからは見えているはずだ。

 あたしが様子を窺おうと建物のほうをのぞき込もうとすると服が引っかかったように動けなくなった。振り返るとジュサンノがやっぱり後ろを警戒してるだけで服はどこも何ともなかった。

 もう分かった、いつものことだからね。あたしはもう一度のぞき込んだ。

 するとまた服が引っかかったように動けなくなる。

 あたしは振り向かず素早く腕を回し、上着の裾をつまんでいた手を掴んだ。

「うわっ!」

 ジュサンノが驚いて声をあげた。

「もうっ、分かってるんだからね!」

 ジュサンノはけらけらと笑った。

「ごめんごめん、もうしないから」

 こういういたずらはジュサンノの得意技だった。

「この前ももうしないって言ったじゃん」

「あははは、今度は本当」

 ほんとかなあ。

「もういいやジュサンノ、あそこの大きな瓶みたいなのがのってる建物あるでしょ?」

 あたしはもうあきらめてジュサンノと一緒に建物をのぞき込んだ。

「うんうん」

「あそこの、たぶん屋上にスナイパーがいてここらへん狙ってるから」

「うんうん」

「一気に通りを渡ってパディーノ達と合流するよ」

「うんうん」

 急にジュサンノの顔が変わった。

「大丈夫だって、あたしが教えた通りやったらこの前も上手く出来たじゃん」

「うん、分かった」

 ジュサンノはぎこちない笑顔を作って見せた。

 通りの向こう側には崩れかかって斜めに立ってる建物が見えている。あそこがパディーノ達と合流する目印だ。

 あたしはカラシニコフをしっかりと抱えた。

「いい? 行くよ」


 スーノは思い切り地面を蹴って瓦礫から飛び出した。


 数歩駆け出したところで近くを弾が掠めていった。

 こっちに抜けてくると予想してたんだな。

 あたしは思いっきり速く走った。

 すぐに近くを衝撃波が奔る。

 ちらと振り返るとジュサンノが走ってくるのが見えた。うんうん、その調子。

 通りの半分を過ぎると倒壊した建物の残骸が増えて走りにくくなる、その間を縫うようにスーノは駆け抜けていった。

 次の射撃のタイミングでスーノは向きを変えた。

「あれ? 撃ってこない」

 振り返ってもジュサンノの姿はない。

 ちょっと遅れちゃったかな。

 正面に見える建物の陰から手を振る人影が見えた。

 パディだ。

「パーディー!」

 あたしはパディの名を呼びながら建物の中へと飛び込んだ。

「よう、スーノ一人か?」

「んーん、ジュサンノがいるよ。すぐ来ると思うけど」

 パディはもう一度外を見た。

「お、あれか?」

 カラシニコフを抱えて走るジュサンノがいた。苦し気な表情だが必死に走っている。

「ジュサンノーッ! こっち! こっち!」

 あたしはジュサンノ目掛けて思い切り叫んだ。

 スーノの顔が見えた安心感からか、苦し気なジュサンノだったが僅かに笑っているようにも見えた。

 ジュサンノはスーノのように速さや向きを変えながら必死に走って近付いてきた。

「こっちだよ! ジュサンノ」

 あたしが手を振るとジュサンノは答えるようにうなずいた。そして全速力だろうなってくらいの勢いで走ってあたしたちの前までやってきた。

 スーノたちの待つ建物の前でジュサンノは立ち止まると両ひざに手を当てて肩で息をしながらスーノを見て笑った。

 あたしは何か嫌な予感がしてスナイパーのいる方向を見た。

「ジュサンノッ! そこ危ないっ!」

 あたしが手を伸ばしてジュサンノを掴もうとしたその瞬間、ジュサンノの体は突き飛ばされるように倒れた。


 仰向けに倒れたジュサンノは瓦礫の上のスロープをずるずるとスーノの足元まで滑り落ちてきた。

 ジュサンノは目を見開いたまま動かない。

 物凄い量の血が流れている。あたしはすぐにもう助からないことが分かった。

 まただ、また目の前で仲良しが死んでいく。

 こんな時、あたしはすうっと心が静かになっていく。けっして泣いたり喚いたりもしない。

「あーあ、もうちょっとだったのに」

「安全なところに入る前に気を抜いたのが悪いのさ」

 パディはそう言うとジュサンノが持っていた弾薬の入ったかばんを死体からはぎ取った。

「中でみんな待ってる。行こうぜ」

「うん」

 あたしはパディの後を着いて歩いた。

 建物の奥の方には何人か集まっていた。

「パディーノ! 帰ったよ」

「おかえり、スーノ。そっちはどうだった?」

「うん、東の方は誰もいなかったよ。敵は国連軍みたいだった」

「そう、やっぱり大人たちはもうこの街にはいないみたいね」

 そう言ってパディーノは何かを考え始めたようだった。

 あたし達はこの街カシマールを拠点に活動する反政府武装組織サンジュストコーヴの少年兵。

 パディとパディーノは双子であたしよりも先にこの街に配属されていた少年兵。齢もあたしと同じくらい。

 パディはやさしくて頼りになる男の子でパディーノは頭が良くて、やっぱり優しいお姉さんな感じ。

 あたしがここに配属されてからはずっと一緒で、何度も難しい作戦を成功させてきたし何度も全滅もしたけどいつも三人だけは生き残ってきた。

 今日は夜明け前から国連軍の攻撃が始まり、寝ていたあたし達少年兵は大人達に叩き起こされ、対空レーダーのある岩山の基地から街へと出撃が命じられていた。

「あとね、そこの通りのおっきな瓶のある建物にスナイパーがいるよ。ジュサンノ達もそいつにやられたの」

 あたしはスナイパーのことも報告した。

 パディーノはスーノを見た。

「そう、ちょっと厄介ね」

 それからパディーノは少しだけ考えてからスーノに尋ねた。

「スナイパーの人数は分かる?」

 スーノはにんまりと笑いをためてこう言った。

「すっごい腕のいい一組か、そこそこの二組だと思うけど、あたしの勘だとそこそこの二組かな」

 経験から狙撃兵は大部隊と一緒には行動しないことは分かっていた。

 この一帯の偵察かあるいはゲリラの再集結、反撃の足止めが目的だろうと予測できた。

「今ならやれる。この後どうするにしてもスナイパーは倒して置いたほうがいい」

 パディーノは独り言のようにつぶやくとスーノを見た。

 スーノは期待に満ちた目で答える。

「ここにいる全員でスナイパーを排除しよう。屋上への突入はわたし達三人で行く、クーシャンのチームとムージャのチームで陽動をお願い」

 皆それぞれに頷いた。

 パディーノはここの少年兵の中では信頼も厚く、さながら小隊長のような存在だった。

 パディーノの指示にスーノは満足げに頷く。いつもパディーノは頼もしく、作戦開始のこの瞬間が大好きだった。

 あたしはパディーノの号令を聞くと、やってやるゾって気分が高まる。すぐにカラシニコフの弾倉を外して残りの弾を確認、コンコンと軽く叩いて中に残った弾を揃えてから再装填。もちろんコッキングレバーを引いて初弾の装填も確認する。

 パディーノはチームを3つに分けて、陽動チームに概要を説明すると陽動の配置と配置完了の合図を決めた。

「じゃあ行動開始する前にこいつを分けてしまおうぜ」

 そう言ってパディは血まみれになったジュサンノのかばんをひっくり返し、中身を床の上にぶちまけた。

「弾のないやつはいるか?」

 誰も返事をしなかった。

「あたしは全然撃ってないからいっぱいあるよ」

「そうか、じゃあスーノはこれだ」

 そう言ってパディはあたしに手榴弾をひとつ渡してくれた。

「えー、べつにいらないけど・・・重くなるし」

「いいから持っとけよ」

 パディはいつもそうだ、あたしが手榴弾を持っていないことをちゃんと知ってる。カバンが重くなるから持ちたくないってのは本当なんだけど、やっぱり必要な時はある。

 パディがちゃんと見ていてくれたのがちょっと嬉しかったりもしてちょっとだけ顔がにやけそうだったからあたしは手榴弾をむしり取るようにして後ろを向いてからカバンにしまった。

「弾倉が二つある、これは陽動のお前たちで分けろ」

 パディはそう言ってそれぞれに手渡した。

「よし、こんなもんだろ、準備はいいか? いつものやついくぞ」

 あたし達は集まって輪になる。

 それからカラシニコフの銃口を真ん中で合わせて、カチンと当てる。カチンと音がしたらそれを合図に一斉に銃口を上に向ける。

 これがあたし達が出撃前にやる『いつものやつ』だ。

 陽動隊を送り出してからあたし達いつもの三人は裏から出ていく。


「パディ、先頭行って、スーノはわたしの前、7番通りまで行ったら下水に入るよ」

 パディーノが指示を出す。

「ほらほらパディ、早く行かないと突っついちゃうぞー」

 あたしはカラシニコフの先っぽでパディの背中を突っつきながら走る。

「やめろってスーノ、痛いって」

 あたしとパディーノは笑いながらパディの後ろを走っていく。

 スーノ達は瓦礫の中を滑るように走り抜け7番通りまでたどり着いた。

 交差点の真ん中に下水孔に入るための鉄蓋がある。ここはうまい具合に瓦礫に隠され三方向からは見えなくなっている。

 パディは鉄筋を曲げて作ったフックをカバンから取り出し、鉄蓋に引っかける。

 蓋を開けて横にずらし、下水孔の中を確認するとスーノとパディーノを先に降ろす。

 二人が降りるのを確認してから自分も下水孔に入り、鉄蓋を中から閉じた。

 蓋を閉じると中は真っ暗だけど、そんなのあたし達には関係ない。どこを曲がればどこに通じているか、ちゃんと頭に入ってる。自分の位置を見失ったりしないように左手をずっと壁に付けて歩きさえすればいい。

 でも下水孔で気をつけないといけないことが一つある。喋っていると、その声は下水孔の中のうんと遠くまで聞こえてしまうということ。だから下水孔の中ではずっと黙って、なるべく音のしないように歩かなきゃいけない。それでも表を歩くよりはずっと安全だった。しかも今回は目的地のすぐ下まで行けるので都合がよかった。


 ボーリング場跡の建物のすぐ裏には二十分ほどで到着した。

 しっかり踏ん張れる地上と違い、体を支えにくい縦坑の中から鉄蓋を開けるのは子供には難しく、三人がかりで押し上げて地上へと出た。

 まずは敵に見られたりしていないか確認をする。ここもうまい具合に瓦礫に隠れていて周囲から丸見えと言うことはなさそうだった。

 パディーノとスーノは日の当たらない物陰へと移動し、パディは鉄蓋を閉めてから続いた。

 あたし達が下水孔から出ると目の前に目的地のおっきな瓶の建物がある。もう喋ったりは出来ない。みんな無言でパディーノに続いて移動した。

 突然に上の方から銃声が聞こえる。

 どうやら陽動の子たちに向けて屋上のスナイパーが銃撃を始めたらしい。

 パディーノがそっと建物の裏手にある勝手口のドアを開けて慎重に中の様子を覗う。

 パディーノの動きが止まった。もう何かを発見したらしい。

 ドアの向こうに頭を突っ込んだままハンドサインで状況を伝えてくる。

 敵兵が一人、確認できるようだ。所在は少し離れているらしい、それをあたしと二人で倒そうと考えているみたい。

 だいたいの状況が理解できたのであたしはカラシニコフをパディに押しつけるように渡してからパディーノの横から頭を突っ込んだ。

 中は厨房のようだった。パディーノは奥のドアを指さした。

 見るとドアの奥に動く人影が見えた。

 誰かと話したりしている様子はなく一人で見張りに立っているようだった。


(あたしがナイフで殺っちゃおうか?)


 ハンドサインでパディーノに合図するとパディーノはこくんと頷いた。

 スーノはにんまりと笑顔で返事をすると、するりと厨房の中へと滑り込んだ。

 あたしは這って中を進み、ドアの前まできた。

 そっと顔を出して敵の動きを確認する。

 エントランスにいくつかある柱の近くに立っている。暇そうに煙草をくゆらせて外を気にしているようだ。

 他に人影はなく一人だけのようだ。

 あたしはカバンも下ろして後ろにいるパディに渡す。それから敵兵の死角から音をたてないように忍び寄る。途中で床に落ちてたコンクリートの欠片を拾う。

 敵兵に近付きすぎない程度のところで柱の陰に隠れた。


 そっと敵兵を観察する。


 ボディアーマーを着ているので服の上からナイフは刺せない。柱に背を付けるように立っているので背後から襲うのも難しい立ち位置だ。

 警戒する様子はなく、ただ暇そうに煙草を吸っている。

 しばらく観察していると吸っていた煙草を投げ捨てた、そしてポケットに手を入れると次の煙草を出す素振りを見せた。

 あたしは外に向かってコンクリートの欠片を放り投げた。コンクリートの欠片は瓦礫の中を乾いた音を立てて転がっていった。

 敵兵はあわてて銃を構え音の正体を探す。

「おい! ヴィニー、ヴィニーなのか?」

 外に向かって何かを叫んでいるが何を言っているのかはあたしには分からない。

「ヴィンセント、冗談はやめて姿を見せろよ、おい」

 まだ何かを言ってる、そして音のした方へと歩き始めた。やつの背中が開いた。

 あたしはナイフを抜き、一気に近付く。


 スーノは猫のように音も立てずに床を駆ける。


 あたしは体ごとぶつかって太ももにナイフを突き刺した。根元まで、ぶっすりと深く刺してから引き抜きながら後ろに飛び退いた。

 敵兵は大声をあげてひざまずく、すかさず背中を蹴っ飛ばすと四つん這いになった。

 チャンスだ。背中に飛び乗り背後から首にナイフを突き立て喉を真一文字に引き裂いてやった。

 吹き出した血は床に飛び散る。

 あたしが背中から飛び降りるのと同時に首を両手で押さえながら仰向けになって床を転げ回る。

 喉を搔き切ったので声を出すことは出来ないが声にならない悲鳴を上げている、ほどなく静かになり何度か痙攣を起こし、目を見開いたまま動かなくなった。

 あたしはつま先で頭を何度か軽く蹴ってみる。どうやら完全に死んだようだ。

 振り返ると物陰からパディーノとパディがこちらを見ていた。

 周囲を見回すが、やはり敵の気配はなく二人に安全なことをハンドサインで報せた。


 パディに預けてたカラシニコフとかばんを受け取って身支度を調える。

「スーノが一人でやっちゃうからわたしは楽だったよ」

 そう言いながらパディーノは上階へと続く階段を指した。

「ちょっと待って」

 あたしは手に付いた血を敵兵の服で拭い、ナイフに付いた血糊も入念に拭き取ってからシースに収める。

 ふと見ると胸ポケットのところに文字が刺繍してあるのに気付いた。ここには名前が書いてあると聞いたことがあるんだけど、あたしに英語など読めるはずもなく、さっきまで生きていたこの兵士の名前は分からないままだった。

「準備はいい?」

「うん、いいよ、行こう」

 パディーノを先頭にして階段を上がり屋上を目指す。

 こういう所にはよくトラップが仕掛けられている。目立たないように爆弾が置かれていたり日用品や玩具に偽装した爆弾が置いてあったりする。当然パディーノはよく知っていて注意しながら一段ずつ上がっていく。

 よく観察すると頻繁に階段を利用したらしく、いくつもの足跡が重なっていた。

 足音をたてないよう、気配を消して屋上を目指す。

 最上階まで来ると屋上から銃声が聞こえてくる。陽動部隊に向けて銃撃が続いているのだろう。

 最上階から屋上へと続く階段まで移動する。

 屋上に続く階段は狭くなっていて踏み板がコンクリートではなく鉄になっている。足音がしないよう慎重に進んだ。

 階段を昇りきったパディーノが屋上へと出るドアのノブに手をかけた時、再び銃声がした。

 銃声のタイミングに合わせてドアを開けてパディーノは屋上の様子を覗う。

 パディーノがハンドサインで(進め)と指示を出す。

 あたしはパディーノに続いて屋上へと上がる。

 パディは右から、あたしは左から進む。

 カラシニコフを構え、看板塔の角まで一気に進む。

 コンクリート基礎の陰から奥をのぞき込む。

 居た!

 敵のスナイパーが銃を構え伏せている。

 あたしはハンドサインで敵兵一人発見を伝える。

 すぐにパディーノがあたしの肩を叩き攻撃開始せよと合図をする。

 あたしは前進して引き金を素早く三回、至近距離から背中に三発撃ち込んでやる。

 動きを止めたことを確認したらすぐにおっきな瓶の上方に敵が居ないか確認してから前進。次の角からさらに奥を確認すると、パディがもう一人の敵にとどめをさしているところだった。

 振り返るとあたしが撃った敵兵の頭にパディーノがとどめの一発を撃った。

 パディはにこりと笑いながら親指を立ててみせる。

 あたしも負けずに親指を立てて応える。

「ここは制圧できたみたいね」

 そう言ってパディーノはスナイパーの銃から照準用のスコープを外した。

 パディーノは外したスコープを持ち、スナイパーが狙っていた方向を覗いて見渡してみる。

「うーん、陽動部隊が見当たらないなあ・・・あ、あそこでムージャが死んでる」

 パディーノは陽動部隊を何人か死体で発見した。

 スコープを投げ捨てると小さくため息をついて

「みんなやられちゃったかな」

 こんなことは今までにも何度もあったし、あたし達は特に驚きもなかった。

「とりあえずここから降りよう」

 パディーノがそう言うからあたしも「そうだね」って答えて階段まで歩いた。


「また三人だけになっちゃったね」

 あたしは階段を二段、三段と飛ばして下りていく。

「そうだな、いつもの三人だな」

 パディがうなずく。

「三人いれば、また戦えるね」

 パディーノもうなずく。

 あたしは最後の階段を五段くらい、一気に飛び降りて一階のエントランスに降り立った。

 ふと前を見ると殺した見張りの傍らに一人の男が立っていた。

 悲しげな表情で力なく立ち尽くしていたそいつは、あたしに気付いてこちらを向いた。

 目が合った。殺したやつと同じ国連軍の兵士だ。

 なのに敵意も恐怖心もなく、力なく悲しみに暮れる視線を向けるだけの兵士。

 そんな相手にどうしていいか分からなくなったあたしは動けなくなった。

 長いような、一瞬のような、そんな時間が過ぎる。

「スーノ! あぶないっ」

 パディの怒号が二人の静寂を壊した。

 敵の兵士は我に返ったように外へ駆けだしていく。

 パディとパディーノは兵士の背中を狙ってカラシニコフを撃ちまくる。

 敵はよろけながらも走って逃げていき、パディたちの撃った弾は当たらなかった。

「おい、スーノ大丈夫か」

 パディが肩を叩く。

「大丈夫だよ」

「どうしたんだよ、ボケッとして」

「うん、なんか、目が合ったらどうしていいか分からなくなっちゃった」

「おいおい、どうしたんだよ」

「あははは、どうしちゃったんだろ」

 ほんと、どうしちゃったんだろ。

「でも、スーノが無事でよかった」

 パディーノも肩を叩いてくれた。

「街が敵だらけなのは分かったし、いったん砦に戻ろっか」

 パディーノの提案にあたしもパディも頷いた。

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