第4話 恋人は突然に

 日は変わり、ある平日の夜。俺と五十嵐は、定時過ぎにも関わらず目の前の仕事を相手にしていた。


「なんなんですかあの部長!定時目前にこんな大量の仕事押し付けてぇ!!」

「あの人は俺への嫌がらせしか特技が無いからな〜。あと、この仕事は俺だけに押し付けられたんだから、五十嵐は帰っても良かったんだぞ?」

「それは嫌です!ミカ先輩が1人で苦しんでるのを見捨てる訳には行きません!」

「ヒーローか君は」

「それにさっきまで帰りの晩御飯どこで食べるか話し合ってたじゃ無いですか!」

「飯は1人でも他のやつらと一緒にでも良かっただろ…」


 俺が発言した瞬間、五十嵐の手が止まる。


「ミカ先輩と一緒に食べに行きたいんですけど…」


 少し恥ずかしそうに言う五十嵐は、その恥じらいを上書きするようにまた発言した。


「せ、先輩と一緒ならご飯奢ってくれるし?あ、私焼肉食べたいです!」


 うん、恥じらい台無しだね。でもこれは俺が迷惑かけたみたいなもんだし、後輩の願いを叶えますか。


「しょうがねぇな、じゃあこれ片付けたら行くぞ焼肉。だから早く終わらせるぞ!」

「は、はい!ミカ先輩!焼肉焼肉ヤキニクぅぅぅぅーーーー!!!!!」


 焼肉コールと共に五十嵐の手も動き出した。しかも速い。自分も少し対抗心を燃やし、五十嵐のスピードに追いつくように仕事を進めた。


 そして時は進み…


「「終わったー!!!」」


 2人の口から同時に仕事完了ミッションコンプリートの合図が放たれる。


「ハァ…ハァ…お疲れ様です、ミカ先輩…。」

「あぁ…お疲れさん…ハァ…。」


 俺も五十嵐も心身共に満身創痍である。大量の仕事をアクセル全開でこなしたのだ、身体への負担はとんでも無いだろう、夏でも無いのに汗が凄い。


 だがまた凄いのがここに1人。俺はともかく、五十嵐は新入社員とはいえ俺とほぼ同じ仕事量を同時にこなしたのだ、とんでもねぇ新人が入ってきたもんだと感心しつつ、俺は俺で新人に追いつかれて情けないと自己嫌悪に陥りかけた。瞬間、有能新人の疲れ切った声が俺の耳に届く。


「ミカせんぱ〜い…、今何時ですかねぇ…?」

「あぁ、そういえば時計見てなかったな…どれどれ……ウソ…だろ…!?」


 社内にある掛け時計は午後10時を指していた。


「今10時かよ…!マジでどんだけ量あったんだよ!」

「えぇっ!?めっちゃ時間かかっちゃいましたね…おかげで汗だくですよ…。」

「お前もか…大丈夫か?………!」


 ふと後輩の方を見ると、汗で透けたワイシャツが目に飛び込む。そしてワイシャツが透けているということは必然的に女性用下着がということだ。当然それも目に飛び込んで来る。そんな男の子のさがにハマっていると、新人がこちらに体を向けた。


「どうしたんですか…ミカ先輩…?」

「えっ?いやちょっとボーッとしてて……!?」


 目線の先にはボタンの外れた胸元から、谷間…もといが見え隠れしていた。それと同時に、後輩のが案外大きいことも確認してしまった。これは勿論不可抗力、女の子が好きな人なら誰だって見ちゃうもんだ。男の子だって大変なんです。そんな俺はスケベモードを一旦解除して、我に帰り、後輩を気にかける。


「五十嵐…喉乾いただろ?スポドリ買ってくるわ。」

「あ、ありがとうございます…。」


 俺は逃げるように社内自販機に向かった。あの空間に服のはだけた2人が汗だくでハァハァ言ってたら流石にヤバいし。よし、ここまで来たら聞こえないな。


「デカァァァァァァイ!説明不要!!」


 ある意味ずっと我慢してたから言えてよかった。まあ他にも我慢してることはあるが、この物語の対象年齢が上がりかねないので言わないでおく。


『確かにあの、大きかったわね〜。それに中々の可愛かわちゃんだったし。』


 突然、誰も居ないはずの廊下に女性の声が響く。俺は声がする方へ振り向いた。そこには露出多めのシースルーのドレスを纏った女性が立っていた。うーん、このお方も中々のものをお持ちでってそうじゃなくて、


「もしかして、タロット関連の方でしょうか?」

正解せいかーい。ワタシは恋人ラバーズ、貴方を幸せな恋へ導く者よ。』


 ワーオ、で立ちも喋り方もセクシーで居らっしゃる。あれ、でも俺カードは家に置いてきてるはずだよなぁ…と思い、俺はポケットをまさぐった。


「やっぱり入ってた…『No.6 THE LOVERS恋人』…でもいつの間に…」

『なーんか予感がしちゃってね〜?勝手に入っちゃった♡』


 なんかさっきからエロくないこの人?せっかく我慢してるのに出るもの出ちゃうよ!?いや出さないけどさ!!


「…それで、ラバーズ姉さんは一体何しに会社まで?」

『さっき言ったでしょ?ワタシは「幸せな恋」に導く者だって。だから貴方の周りで良い娘を探しておこーっと思ってポッケに忍ばせて頂いたのだけど…探す暇は省けたわ。』

「えっ、まさか…五十嵐!?いやいやいや流石に手は出ないって!俺年下は守備範囲に入ってないし!ましてや自分の直属の後輩に手を出すのはちょっと…」

『何言ってるの貴方、部屋のDVDの棚に会社の後輩に手を出すやつあるじゃない。』

「あー!!!それ以上言うとマジで話の対象年齢上がるから!!!それに、そのやつは好きな女優さんの作品だっただけで…」

『その女優も貴方より年下よ。ちゃんと守備範囲じゃないの。』

「うぐっ…確かにそうでした…。」

『それに貴方、胸が大きい娘も好みでしょ?尚更あの子がピッタリじゃない!』

「はい…返す言葉もございません…。」


 ラバーズさん強い。ただのエッチなお姉さんキャラだと思ったらめちゃめちゃ正論で逃げ場無くすじゃん…。いや、確かに五十嵐は可愛い部類だと思うよ?でも恋愛対象とかじゃ無いんだよなぁ…それにしてもデカかったなぁじゃないよ俺のバカチン!後輩の胸を脳内フラッシュバックするなああああ!!!


『あ、もしかしてにしたいとか?』

「なるほどその手がって違ーう!!!五十嵐は!俺の!会社の!大事な後輩だあ!!!ハァ…ハァ…。」


 こんなに心を掻き乱されたのは久々…いや、多分初めてかもしれない。


「とにかく!五十嵐は俺の大事な後輩で恋愛的な性的な関係は求めてない!それでいいな、ラバーズ。」

『わかったわ、今のところはそういう事にしといてあげるわ。でも貴方には、幸せになってもらわないといけないの。だからまたそのうち…ね?』


 ラバーズは真面目な態度で話しながら、姿を消した。言っていたことに少し引っかかる内容もあったが、それより大事なことを今思い出す。


「あ、スポドリ買わなきゃ。」


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