タロット〜道を示すモノ達〜

鴨トンボ

第1話 キリフダノオト

「はぁ…いつからこうなったんだろ」


 俺は朝からどうしようも無い疑問を口にしていた。


 名前は「三門みかど 正道まさみち」、年齢は26歳、一般企業に勤めるごく普通の会社員だ。収入は少し余裕のある程度で、たまにマンガやゲームに手を出したりアニメも見たりする。趣味は少しオタクだが世間的には一般独身男性だ。そして最近悩みが出来た。


 我ながら「つまらない人生」を過ごしていると。


 子供時代は親に恵まれ、家族への不満は特に無かった。小・中・高・大と学生時代を荒れる事無く過ごし、何事も無く就職して今に至る。良くもなく悪くもない、平々凡々な人生である。

 そんな現状を「悪いことは起こってないからいっか」と正当化しながら、俺は今日も凡庸に通勤するのであった。


 職場に着いて早々、朝から元気な声が響き渡る。


「ミカ先輩!おはようございます!」


 と、くだけた敬礼をしながら挨拶するこの女性社員は「五十嵐いがらし 可奈かな」、23歳。俺の後輩でこの会社の新入社員、そして俺は五十嵐の教育係である。


「はい、おはようさん。相変わらず元気だね君は。」

「それが私の取り柄ですからね〜」

「元気なのは良い事だ。だか人の名前はちゃんと言いなさい。俺はミカじゃないだ。」

「え〜、でも"ミカド先輩"より"ミカ先輩"の方が可愛くないですか?」

「俺を可愛くするな…」


 この通り、彼女はとてもマイペースである。


「まあいい。先週頼んだ資料、明日までだが進捗はどうだ?」

「あーあれですね!もう出来てますよ〜。はいどーぞっ。」

「いつも仕事が早いな君は。どれどれ…うん、いつも通りの100点満点だ。」

「へへへ、やったぜ」


 マイペース過ぎて仕事が早い。それがこの後輩である。


 暫くして、平凡な自分ですら嫌悪する存在が現れる。


「三門っ〜!この前言った資料まだ出来てねぇのかぁ!!!」


 朝っぱらから俺に対して声を荒らげるおっさんは「千田せんだ」、多分50代。デブ・ハゲ・加齢臭の三拍子がそろった部署の嫌われ者で部長である。別名・怪人ハラスメント男。


「その資料なら3日前に提出したはずですけど…?確認しました?」

「ふざけんな!俺が確認してねぇってことはまだ出てねぇってことじゃねぇか!さっさと出せ!」


 職場に怒号が響き、暫くしてまばらに小声が聞こえてくる。


「また三門いびりか…可哀想に」


「あの部長も懲りねぇな」


「なんであの人部長になれたんだろ」


 そんな中、五十嵐が声を上げる。


「このファイルじゃないですか?部長の机に置いてありましたよ〜」

「ああ、カナちゃん。そうだったのねぇ、ありがとうね。今日も可愛いねぇ〜」

「あ、どうも…」


 いつもの部長のセクハラムーブを苦笑いで受ける五十嵐。そして部長から俺へのパワハラムーブは続く。


「でも俺が記憶に無かったってことは、それほど三門の資料が酷かったってことだろ。やり直しだ!やり直し!」


 どうやら部長は字が読めないらしい。義務教育の敗北である。そしてまた五十嵐のターン。


「そうですか?三門先輩の資料見てみましたが、部長の無茶な指示通りに纏められている上に、要所要所でわかりやすくしてくれてるので、新人の私でも見やすいですよ?バカでもわかる資料ですね!」


 無垢な笑顔で論破し、遠回しに部長を「バカ以下」呼ばわりする仕事の出来る新入社員。


「そ、そうか…カナちゃんが言うならしょうがないなぁ…三門、ちゃんと今日も仕事しろよ。」


 お気に入りの新入女性社員に論破され、ダメージを負いながらも俺に捨て台詞を吐き、職場を後にする仕事の出来ない部長。あんたが一番仕事しろ。


 そして俺は、共に戦ってくれた新人に感謝と謝罪の言葉をかける。


「ありがとな。いつも巻き込んですまんな…」

「大丈夫ですよ〜、ミカ先輩には色々教えて貰ってますし。なんなら、部長の撃退方法はミカ先輩直伝じゃないですか。師匠〜」

「良い弟子を持ったものじゃ、ってやかましいわ」

「やっぱミカ先輩ノリいいわぁ〜推せる」

「勝手に推すなよ。まあ迷惑かけたことにゃ変わりない。昼、好きなもん奢るよ。」

「マジっすか!?やったー!じゃあマ〇ドで!!」

「安っす。奢りがい無ぇな…まあいいか」


 そんな会話の中で、とある同僚が「奢る」というワードを耳に入れてやって来た。


「マッサンがマ〇ド奢ってくれるってマジ!?」


 早々厚かましいことを言ってきたこの女性社員は「二階堂にかいどう りん」、俺と同級で26歳。同じ部署の同期で、高校・大学時代からの友人である。俺の事を「マッサン」と呼ぶ。俺はコイツを「リー」と呼んでる。実は既婚者で、旧姓は「三谷みつや」。


「来やがったな女豹め…いやハイエナか」

「誰が美しい女豹だコラ」

「余計なもんつけんな、あとハイエナな?」

「ハイエナってどんなんだっけ」

「うっそだろお前」


 こんな感じで、ノリは良いが少し抜けている。学生時代は一軍ぽい見た目だったが、威張ること無く誰にでも接し、助けを乞う者には手を差し伸べ、筋の通らない人間には誰であろうとつっかかる、みんなの姉貴的存在である。そのスタンスは今も変わらない。


「そういや、マッサンまたあのハゲデブにいびられてたな。アタシなら1発殴ってるわ、なんなら今から殴りに行くか」

「やめとけ死ぬぞ、部長が。それにお前はあの『忌まわしき事件』を繰り返す気か?」


『忌まわしき事件』とは、かつて部長のセクハラの被害者の1人だったリーが痺れを切らしブチ切れ、挙句の果てに元ボクサーで現インストラクターの強面な旦那様・「二階堂 ゆう」がこの部署に現れ、部長にガンを飛ばし失神させた『千田部長・お漏らし事件』のことである。ちなみに旦那さん自体はシンプルに優しい、というか聖人。


「あーそんなことあったねぇ、あの時はすまんすまん」

「軽いな…、それにその後勇くんが、「迷惑かけたから」って有名店のプリンを部署全員分買ってきてくれただろ?もう聖人どころじゃねぇよ…」

「あったあった、あのプリンうまかったな〜」

「あのな…あんまり勇くんに迷惑かけんなよ…」

「へーい」


 空返事をする同僚はすぐさま話題を戻す。


「そんなことよりマ〇ドだマ〇ド!アタシはビッグマ〇クで!!あとコーラ!!!」

「高校球児かよ…って、リーは一緒に来ないのか?」

「今抱えてる案件が片付かなくてねぇ、優雅にランチとは行かねぇのよ…そ・れ・に、若い子と2人で行った方が雰囲気良いじゃん?」


 変なノリを作る友人、そしてそのノリに後輩がノってしまう。


「凛先輩…!お気遣いありがとうございます!それでは遠慮なく…2人で行きましょうか、ミカ先輩♡」


 俺に近づき上目遣いする後輩。可愛いとは思うが、守備範囲に反応はしない。


「キミらは何がしたいんだ…まあ冗談はさておき、大変なら案件手伝うよ。その代わり、昼飯代はちゃんと払いなさい。」

「私も出来ることがあれば手伝います!また凛先輩と飲みに行きたいですし」

「お前ら…!あたしゃ良い友人と良い後輩ちゃんを持ったよ…よっしゃ!ギア入ってきた!凛様本気出しちゃうぜぇ!!!昼飯よろしくっ!」


 と親指を立てサムズアップする熱血友人。


「じゃあ、リーの気合いが入ったところで、俺らも昼飯買いに行くか。」

「はい!ミカ先輩!」


 やる気に満ち溢れた同僚の為に支援する後輩と俺。


 これが、平凡だが悪くは無い俺の日常である。






『今回もダメだったか』


『次の主はどうする』


『アレはどうだ』

『駄目だアイツじゃない』


『あ…あの雰囲気』

『あのコ良いんじゃない?』

『良いツラしてんなぁ』


『じゃあ決まりだな』



『今回も楽しみだな』




『次なる主よ』


『我らが仕えよう』





『我らに願いを、主に幸福を』

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