第4話 現状把握

 甲板に向かうとすでに、千五百名程の乗客が集まっていた。

 もっと大騒ぎになっているかと思ったが、基本リタイア世代の方々が中心であるこのクルーズ船の乗客は比較的落ち着いていた。


 船内放送の効果でもあると思うが、船長は確かに信頼は出来ると思う。

 前方にいる船長が良く見える辺りまで進むと、この船のクルーたちも殆どが集合している事がうかがえた。


 乗客とクルーで向かい合うような形である。

 船長のすぐそばには何故か……M4カービン銃を手に持つ一団が居る。


「おい、ホタル。あの連中はなんだ?」

「先輩、あれはきっと傭兵会社の護衛の人達じゃ無いですか? このクルーズ船のようなエグゼグティブな船は、基本働かなくても一航海十万USドル以上の額を払って、三か月以上の時間を楽しむ余裕のある人たちばかりですから、犯罪に巻き込まれる可能性も少なくないので、乗客に一定数の傭兵会社からの派遣軍人が、混ぜられていると聞いた事があります」


「へー、ホタルよく知ってるなそんなこと」

「そりゃぁ私の夢でしたから、いろいろ調べちゃったりしてるんですよ」


「でも、こんな状況だと逆にやつらが危険だと思うのは、俺だけじゃないはずだ……」

「どうでしょう? 現代の傭兵は信用第一ですから、そこそこ信用できると思いますよ? 乗客も見た感じ若いと言えるのは私と先輩の他は、あそこに見える女性の一団くらいでしょうか。恐らくですが彼女たちは乗客の位置にいますけど、この船と契約している高級コールガールだと思いますが……他はクルーの人達くらいしかいないし、船内では問題なさそうですけどね」


「コールガールって売春婦か……そんな人たちまでいるんだな」

「一番需要の高い商売だと思いますよ? 私には無理ですけど」


「何でそんなことまで知ってるんだよ」

「それはですね……先輩のいない時に老齢の外国人の乗客たちと、いろいろお話をさせていただいてたときに、私もその職業の方たちだと思われて、奥様方から冷たい視線を浴びながら、話を聞いたからです」


「そうなんだ」

「先輩はきっと私とカップルだと思われてるでしょうから、彼女たちが近づいてこなかったんだと思いますよ」

 

 ホタルの話を聞いて俺は、ちょっと失敗したなと思った。

 理由は……若い女性たちは十名程のグループなんだが、国際色豊かでどの女性もファッション雑誌から抜け出してきたような美貌を誇っていたからだ。


 俺がそんなことを思っていると、ホタルが俺を生ゴミを見るような目で見つめていた。

(こいつ、思考が読めるのか?)

 今の状況を俺達なりに確認しながら船長の言葉を待つ。


「それでは定刻になりましたので始めさせていただきます。まず、大前提として一番大事なことは何か? という事です。これは勿論、皆さんの命を守ることです。幸いにもこの船には三か月分の食料が搭載してあります。しかし、燃料は寄港地で給油をしなければ、船内の施設や空調措置、冷蔵庫などを維持することはできません。快適な生活を望むなら活動限界は一か月程でしょう。ですので安全を確保できる保証が出来るまでは、いろいろと皆様にご協力をしていただきたいと思います。まず船内の治安に関しましては、当社の委託警備保障会社から派遣されている『パーフェクトディフェンダーズ』社のメンバーにお願いします」


 船長に紹介された武装した一団六名程が立ち上がった。


「ただいま船長に紹介されました『パーフェクトディフェンダーズ』社のアンドレです。皆さまが秩序ある生活を送れるように最大限の努力をさせていただきます」


 六名が一斉に乗客に対して敬礼をすると、乗客たちから拍手が起こった。

 船長が続いてマイクを持ち話し始める。


「現在この船の進行方向に見えている陸地に向けて、偵察を出したいと思います。沖合一カイリまで接近したのちに、ヘリポートに停めてある遊覧用のヘリコプターを使って偵察をします。ここが地球であった場合はその後寄港地に向かい、今回のクルーズはそこで中止とさせていただきます。その場合、今回の旅行代金は全額返金させていただきます。問題はここが地球でなかった場合です。その場合は全員の生命の危険があります。現時点でその場合どう行動するかは決められませんが、元の世界に戻るために全力を尽くすことになる。とだけ言っておきます」


 船長の言葉が終わると、通訳担当のクルーたちが主要言語をもちいて、繰り返し内容を告げていた。


 何人かの乗客が手を上げる。


「私達の食事は保証されるのでしょうか?」

「若干、節約させてはいただきますが、大丈夫です」


「ここは何処なのでしょう?」

「まだ調査中ですので、答えを持ち合わせておりません」


 などの誰もが思うような常識的な質疑応答に終始していた。

 荒れなくてよかった……と思っていたら、トラブルメーカーが姿を現した。


「すぐにこの船を元の港に戻すんだ!」

「えーと……あなたはどなた様だったでしょうか? 説明しました通りに現状把握も出来ていない情況ですので、お客様の要望にこたえる事はできかねます」


「貴様、この俺を知らないで、よくこの船の船長が務まるな! 俺はこの船の持ち株会社の大株主で、チャン・ウーだ。貴様など港に着けば本社に連絡して首にしてやる」

「それは困りましたね。まぁ、どう言われようとも、できない事を、できますと嘘の発言をすることも、できませんのでチャンさんの要望にはお応えできません。これ以上騒がれるようでしたら、船長権限で拘束させていただきます。今の状況ではチャンさんのような治安を乱す行為が一番他の乗客の皆さまの不安を煽りますので」


「な、なんだと! この俺様を拘束するだと? おい傭兵ども、この船にいくらで雇われている。俺が倍額で雇ってやる。すぐに俺の指揮下に入って、その船長を牢にでも放り込め」


 俺はその状況をホタルに同時通訳されながら、ホタルに思った事を伝える。


「ちょっとヤバいな……武装してるのはあの傭兵たちだけだろ? 寝返られたら、この船にいること自体が危険になるぞ」

「でも、逆に言えばあのチャン・ウーと名乗る、いけ好かない人のお陰で『パーフェクトディフェンダーズ』が信用できるかどうか見極める事が出来ますよ」


「ホタル、何でそんなに冷静でいられるんだよ」

「先輩は心配性すぎますって」


「絶対俺の方が普通だ」


 ホタルとそんなやり取りをしている間に動きがあった。

 『パーフェクトディフェンダーズ』のアンドレ隊長が部下に指示を出すと、あっという間にチャン・ウーと名乗った男を拘束して、船内に連れていった。


「ね、大丈夫でしょ? 先輩」

「あ、ああ……」


 再び船長がマイクを持つ。


「お見苦しい物をお見せしてしまいました。この航海が無事に終わるまでは『ダービーキングダム』の船内において、いかなる権力者であろうとも船長である私の指示よりも上位の権限はございません。先ほども申し上げた通りに皆さまの命を守る事を第一に行動いたしますので、ご理解ご協力を、よろしくお願い申し上げます」


 乗客からもクルーからも船長とアンドレ隊長に対して拍手が巻き起こった。

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