第5話 こっくりさんはヤバかった
「こっくりさんなんかやってんの君、あれはマジでヤバいよ」
夜。たった一人でこっくりさんを行おうとしていた少年に対してそれは囁いた。声の主も同じく若い男……いや少年と呼んで遜色のない声を出している。
こっくりさんの遊戯にふけろうとしていた少年は、目を丸くして声の主を見つめていた。その眼には驚きの色がありありと浮かんでいる。声の主は不法侵入者、それも人とは似ても似つかぬ異形だ。しかし――少年自身が呼び出したモノである事もまた事実だった。
怪訝そうにこちらを見つめるそれは、白銀の毛皮と二本の尻尾を持つ狐だったのだ。何処からどう見ても狐である。尻尾の数が多い事と、尖った鼻面から出てくるのが人間の言語である事を除けば。
「ああ初めまして人間。俺は見ての通り狐……専門的な事を言えば妖狐になるね。無論本名もあるにはあるけれど、別に構わないだろ」
「こちらこそ初めまして」
妖狐のペースに乗せられ、少年もあいさつを返していた。午後十時の子供部屋での出来事である。ちなみに中学生であるこの少年は父母と共に暮らしているが、今宵に限って言えば彼らがこの異様なやり取りに乱入する恐れはない。どちらも実家の用事や仕事の都合で家を空けているからだ。翌朝には戻って来るし食料も用意しているし何より少年が大それた事を行わないであろうと彼らは思っていたのだ。
実際には、こっくりさんの遊びにふけり、妖狐なる存在を召還してしまった訳なのだが。もっともこれは少年自身にも予想外の案件である。
「妖怪って……本当にいるんだね」
少年の視線は妖狐の尻尾に向けられていた。二本とも独立した生物のようにピクピクと蠢いている。それに何より妖狐はごく普通にしゃべっている訳だし。
「いるも何も、俺たちは俺たちで生きているんだ。まぁ俺は狐丸出しで暮らしているけれど、人間に交じって生活する連中だっている。もちろん変化術くらいなら、俺だってできるよ」
いうなり、妖狐の姿がぼやけ、乳白色の靄に包まれた。一瞬後に姿を見せた妖狐は、既に狐の形ではなかった。尻尾だけは腰の付け根から伸びているが、それ以外は銀髪に明るい褐色の瞳の少年の姿になっていた。年のころは少年よりやや年上に見える。裸ではなくきちんとポロシャツとズボン姿である。髪色と瞳の色を除けば、まぁ普通の高校生と呼んでも遜色ないだろう。
「狐さん。あなたは僕のやったこっくりさんに呼ばれてやって来たんだよね? 狐で妖怪なあなたから、まさかこっくりさんがヤバいって言われるなんて予想外だよ」
少年は一度言葉を切ると、おずおずと相手の様子を窺いながら言い添える。
「概ね、不思議な事とか怖い事を行うのは妖怪の側なのかな、って思っていたから」
「むろんその意見も一理あるさ」
妖狐は特に怒りはしなかった。むしろ少年の言を肯定する位だ。
「俺たち妖怪は言っちゃあなんだが君ら人間とは異なる能力に特化した、ある意味優れた存在だからねぇ。万物の霊長様がありがたがっている自然科学の知識とやらでは解明できぬ事ですら、軽々とやっちまう事もできるんだ。そりゃあ、俺らを不思議だとか怖いだとかって思うのも無理からぬ話さ」
妖怪の事を説明する妖狐の瞳は愉悦に輝いていた。どう見ても得意げだった。喋り方も少し勿体ぶって古風な感じになっていた。しかし妖狐は妖怪としてもまだ若いのかもしれない。根拠はないし妖怪に遭遇するのも初めてなのだが、少年は密かにそう思った。
「だけどな、妖怪の存在を知る連中の中には、俺らを悪用する手合いもいるんだよ」
妖狐は少年の眼をしっかと見据えて告げた。先程の陽気さはなりを潜めている。声のトーンも幾分低まり、何か見えないものに怯えているような気配さえあった。
「俺も前までは結構こっくりさんに召喚されて連中とあれこれする遊びに耽っていたんだよ。仲間と一緒にな……だがな、世間には妖怪もいるが妖怪を良く知り、渡り合う術者ってやつもいるんだ。もちろん人間の中にだぜ? まぁ術者と言ってもほとんどは俺たちにとっても無害な存在に違いないんだが……奴らの中には悪い感情に取り付かれたバケモノ、いやケダモノみたいな連中もいるにはいるんだ。
術者って言うのはな、時に悪さを働いた妖怪を殺す事もあるんだ。別にその事自体は俺もどうとも思っていないよ。俺ら妖怪の間でも、やっていい事と悪い事の線引きはあるからな。人間様と同じように罰則もあるし……所謂死刑制度みたいなのもある。それに抵触した奴が殺されるのは、まぁ当然の報いと言う訳だ。
しかしだな、術者の中にはおのれの楽しみだけに妖怪を殺し、後でその理由をでっち上げるような輩もたまにはいるんだよ。たまにだと言っても、遭遇したらそれが文字通り命取りになるんだがな。
前に一緒にこっくりさんに参加した友達は、そいつに捕まって殺されたんだ。それこそ、真面目な術者に協力して、仕事もきっちりやっていた奴がだぜ? 誘った俺も悪かったかもしれんが、ちょっとの気晴らしに参加しただけでその仕打ちは無いと思わんか?
……まぁ、こんなところに参加している俺が言えた義理ではないだろうがな」
妖狐はそう言うと、再び狐の姿に戻って開かれた窓からひらりと身をひるがえして去っていった。
それ以来、少年はこっくりさんを行っていない。一人の夜に出会った妖狐の事が気になった時もあったが、彼が何処で何をしているのか、そもそも生きているのか知る手立てもなかった。
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