第5話 人生を変える第一歩
ミルフィと契約したからと言って、私の中で何かが変わったわけではなかった。
ち、力が溢れてくるっ!……なんてことはないのだ。
多少、胸の奥で燻っていた何かが消え、心が軽くなった程度。
とにかく、先に目の前の問題を解決しようと思う。
「……これからどうしようかしら」
「そうだね。とりあえず、この陰気臭いところから出ようじゃないか」
「どこから出ようって言うのよ? 一面岩壁に囲まれて道なんてないのに」
私は周囲を見渡す。真っ暗で明かりもない小部屋は、どこに目を向けても頑強な岩壁ばかり。ネズミ一匹通る隙間すらない。
あるとすれば、私が落下した地点に続く短い通路のみ。しかし、その通路の先も行き止まりだ。通り抜けることはできない。
こんなダンジョン内の隔離された空間で、一体どこから出るというのだろうか。
伝説の転移魔法でも使えれば、話は簡単なのだけれど。
「残念ながら、転移魔法なんて高度なものは使えないよ」
どうして私の考えていることがわかるのか。
もしかして、顔に出てたかな?
「使い魔は主の記憶、感情を共有する。君の思考も想いもボクには筒抜けというわけさ」
「……そういう大事なことは、最初に言うべきじゃないかしら? これじゃ秘密もできないじゃない」
「安心してくれたまえよ。こう見えて、ボクは雌だから。ただ、可愛い女の子が大好きなだけの優秀な使い魔だよ」
この子、雌だったんだ……。
というか、カーバンクルなんて生き物が、ミルフィ以外に存在するかも疑問だ。
雄と雌の括りすら必要なのか分からない。
「ボク以外にカーバンクルがいるのかという疑問は、一旦置いておくとして、話を戻そうか。ここからどうやって出るか、だったね? 簡単な話さ。道が無ければ作ればいいだけだよ」
「? どういうこと?」
「まあ、ついておいでよ」
ミルフィは、たった一つの通路へとふわふわと飛んでいった。
額のルビーが光を放ち、道を照らしている。
なんて便利な……。
疑問はいろいろとあるけれど、私は言われるがまま、ミルフィの後ろをついていく。
案の定、通路の先は行き止まりだ。足元は狼たちの死体を埋めた影響で凸凹している。
ミルフィは、道を塞いでいる壁にペタペタと触れ、うんうんと頷いていた。
「ボクの見立て通り、この壁は大した強度じゃない。厚みもそんなにないみたいだ。一定以上の力なら破壊することも可能だよ。そして――その先には道が続いている」
「ほんと!? それならミルフィ――やっておしまいなさい!」
「非力なカーバンクルに何を期待しているか知らないけど、この壁を壊すのは僕じゃないよ。君の力で壊すんだ」
「む、無理無理! 無理に決まってるでしょ!? 私みたいなか弱い女の子の力でどうこんな岩壁を破壊するのよ!?」
「言ったろう? 君には力がある。君も自分の力を知るいい機会だ。大丈夫。一度でいいから、自分を信じてみるのも悪くないよ」
そう言ってミルフィは私の頭に乗った。
言われてみると、確かに私は自分を信じたことなんて一度もなかった。
どうせなら、一回くらいは自分を信じてあげたい。
ミルフィとの繋がりが、私の中の何かを変えた。
「集中して……自分の魔力の流れを意識するんだ。焦らなくていい」
集中……私の体に流れる魔力に意識を向ける。
魔法は苦手だったけど、魔力量だけは他人より優れていると、私に魔法を教えてくれた先生は言っていた。
あれ……なんだか、いつもより魔力をはっきりと感じられるような。不思議な感覚。
「……上手だ。魔力を感じられたら、それを右手に集めよう。ゆっくりでいいよ。落ち着いてね」
言われるがままに、魔力を右手に集中させる。
魔力が私の右手に流れていくのをはっきりと感じる。
規則的な流れを、私の望むままに操ることができた。
ち、力が溢れてくるみたい……っ。
「うんうん。完璧だね。こんな簡単にできるなんて、やっぱりアリスは才能あるよ! ――さあ、後は頭に浮かんだ言葉を告げるだけだ。君の力で目の前の壁をぶっ壊してしまえ!」
「〈
気合を込めて、私は右手を思い切り突き出した。
腰の入っていないひょろひょろのパンチとは思えないほどの結果に、呆然とする。
拳を突き立てた衝撃で轟音が鳴り響き、ガラガラと音を立て道を塞いでいた壁が崩れ落ちた。
壁の向こうには、魔鉱石で照らされた通路が続き、音に驚いたウサギ型の”
「やはり、物理攻撃こそ真理だね! アリス、君はその真理へと今一歩踏み出したんだ。感想はどうかな?」
「……ふふ。聞くまでもないでしょ? ――なんだか、スッキリしたわ。ストレス解消にもピッタリね。それに……私はもっと強くなれるみたい。すごく――ドキドキしてるの。ミルフィ、あなたのおかげね」
私はミルフィに感謝を伝え、瓦礫を超えて通路を進んでいく。
どれほどの時間が経っているか分からないけど、早くしないとケイトに怒られてしまうわ。
急がないと、と思うが、私は余韻に浸りゆっくりと、私の人生を変える第一歩を、しっかりと踏みしめながら、一歩一歩歩いていくのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます