第3話 カーバンクル
「……カー、バンクル?」
聞いたことも見たこともない生物の名称。リスのようだが、どうやら違うらしい。
だが、モフモフで可愛いのは分かる。できればあまり喋らないでほしい。ぬいぐるみとして愛でていたい。
そう思ったことが顔に出てしまったのか、目の前で浮かんでいるカーバンクルは小さな手で私の顔をぺちぺちと叩いた。
あっ……ふわふわぁ……。
「ボクの愛らしさに魅了されるのは分かるけれど、せっかくだからお話ししようよ。ボクは名乗ったんだ。今度は君の番だよ。さあ、君のことを聞かせておくれ」
「私は、アリス・ウォルナット。十六歳のしがない探索者よ。……まあ、もうやめるつもりなんだけど、ね」
私が自嘲気味に笑ってそう言うと、カーバンクルは首を傾げた。
「おや、どうしてかな?」
とても綺麗で純粋な瞳で訊ねられ、私はこれまでの経緯を話すことにした。
◇◇◇
十三の頃、私は単身王都へと上京した。
目的は、王国最高峰とされる教育機関「アカデミー」に入学するためだ。
「アカデミー」に在籍する生徒の大半は、高度な教育を受けた貴族子女、商家の跡取り、他国の王族もしくはそれに類する者。
その中の二割ほど、優秀な平民も国内各地から集ってくる。私もそのうちの一人だった。
「アカデミー」は六年制で、成人する十八の時まで、手厚い教育を受けることができる。
学ぶのは、マナーや歴史、武術や魔法など多岐に渡り、私は魔法を学ぶために「アカデミーに」入ったのだった。
最初の頃はまだよかった。
どれほど成績が悪くとも、周囲の生徒や先生たちは、これからだと励ましてくれていた。
だが、それが何度も続くと、激励は悪態に変わっていく。
「出来損ない」「無能」「役立たず」……数多の罵倒を受け続ける毎日。
私が平民、それも田舎の村娘だったということもあり、私の味方をしてくれる人なんていなかった。
いつまで経っても魔法の成績は伸びず、初級魔法しか使えない私は、魔法講義の単位を得ることはできなかった。
魔法を学ぶために入学したのだが、逆に私には魔法の才能はないと気づかされたのだ。
落第を続けること二年、私はついに退学させられた。
あちらとしては、無能の平民がいたなんて醜聞を晒すわけにはいかない。おそらく何らかの理由を付け、自主退学したと記録されているのだろう。
私の転落人生はそこから始まった。
「アカデミー」を去った私は、王都に居心地の悪さを感じ、生徒たちから離れるように、遠い辺境の街に移った。
そのまま村へ帰るのもどうかと思うと、私は辺境の街で探索者になることを決意。
魔法使いということで、色々なパーティーから勧誘された。
――それも、最初だけだった。
私を加えたパーティーは、初級魔法しか使えない私を役立たずと罵った。
探索者の噂をすぐに広まる。辺境を拠点にしていた探索者たちは私と関わらないように距離を取り始めた。
私のことを知らないパーティーに加入するも、そこでも私は罵倒され追い出された。
それを何度も繰り返すうちに、自分は何をしているのだろうかと思い始めるようにもなった。
精神的に壊れ始めていたんだろう。今なら分かる。
あらゆるパーティーで無能証明書を突き付けられてきた。それでも心が折れることはなかった。
何故かは自分でもよくわからない。何が私の心を支えてくれていたのか。
数少ない友人と呼べるケイトやエド、他数名。彼らが私を気にかけてくれていたから、私はこれまで探索者を続けてこれたのだろう。
それももうおしまいだ。
エドのパーティーを解雇されたことで、踏ん切りがついた。
私は探索者を辞めるべき人間だ。これ以上足掻いてもどうにもならない。
……だから、これが最初で最後の大冒険。
いろいろあったけれど、こういう終わりも悪くないかもね――。
◇◇◇
「……ふーん。なるほどね。なら、ボクは今日この日に最大の感謝をしなければならないみたいだね」
「感謝? 一体何に感謝するというの?」
「決まっているじゃないか。――君と巡り会えたという運命にさ」
……何を言っているんだ、この毛玉は。
いきなり気障なことを言うナンパ男のような、頭のおかしな言葉を口にした。
私が怪訝な表情を浮かべていることに気づいたカーバンクルは、呆れたように溜息をついた。
「そんな顔をしないでおくれよ。ボクと君がこうして出会ったのは本当に運命のようなものなんだ。
アリス・ウォルナット。君は素晴らしい。その栗色のふわふわな髪、幼さを残したあどけない顔立ち。クリンクリンの大きな碧い瞳。それだけ傷つけられても誰も恨んでいないその心根。低身長、貧乳、美脚。何もかも理想通りだ」
「おい、こら。今なんて言った? ぶっ飛ばすわよ?」
途中聞き逃せない単語を耳にした私は、腰に下げていた短杖を、目の前の毛玉目掛け振り回す。
……いくら魔法使いが近接戦闘苦手だからって、軽々回避されるのも、それはそれでムカつくわね。
「まあまあ、落ち着きなよ。悪いことじゃないんだから。君は気にしているのかもしれないが、それは君の魅力なんだ。むしろ誇るべきさ」
「……うるさい。黙って一度叩かれなさい」
「それは後にしよう。それより、ボクが言ったことを覚えているかな?」
カーバンクルが言ったこと?
自分の見た目が愛らしいとか、女の子を魅了してしまうとか、主?がいない使い魔だとか。
特に情報らしいことは聞いていないような……。
「ボクは未だ主がいない。それはつまり、ボクのお眼鏡にかなう少女と巡り会えなかったということさ。それが、今日ここで念願かなってやっと出会うことができた。ボクは嬉しいよ。ようやく使い魔として本領発揮できるのだから」
よくわからないけれど、カーバンクルはぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねている。
尻尾も耳もピンと立てて、本当、喋らなければ最高に可愛いのに……。
少し残念そうにしていると、カーバンクルはコホンと咳ばらいをして真面目そうな表情で私と向かい合った。
「今日この日、君と巡り会えたことに感謝して、ボクは君と一緒に在ると誓おう。――さあ、ボクと契約して魔法少女に…………いや、これはダメだな。丸パクリじゃないか。うーん、そうだなぁ……。まあ、何でもいいか。
ボクの魔法少女になってはくれないだろうか? 心配することはないよ。君の転落人生……それを一変させる力がボクにはあるからね」
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