12 どうして私たちは税金を払わないといけないのか?



 王家の仮面。

 少女小説家、押井おしいもちるのデビュー作であり、代表作であり、三十年以上連載していた人気シリーズでもある。異世界の王家に転生した十四歳の少女が、元の世界に帰るという悲願を叶えるため孤軍奮闘しつつも、王子や王に徐々に認められていき、やがては異世界の王家を巡る、壮大な幻想叙事詩に巻き込まれていく……という、ある意味異世界転生ものの始祖のような作品。だがその連載もとうとう、昨月出版された第百二十七巻、最後の王にて完結を迎えた。

「…………ぶっちゃけ……どこまで、掴んでるの……?」

 ミリーラ、改め、吉沢萌花が不安そうな顔をして尋ねる。

「あのね、吉沢さん」

「質問に答えなさいよ! どこまで掴んでるの!」

「全部、と言ってもいいと思いますよ。内調と公安に異世界関連の部署がありまして、こういう身上調査は、お手の物ですから」

「なっ……! あ、あんたら……罪なき一般市民の個人情報を勝手に収集して、あまつさえ買収やら脅迫めいたことを国がやるなんて、許されるわけ!?」

 吉沢が叫ぶと、公平はすっとぼけて辺りを見回す。

「……誰が、許さないんです?」

 絶句する吉沢。心で呟く公平。

 ……ジャーナリズムって大切なんだなぁ。

「大体ね、脱税しておいて罪なき一般市民は通りませんよ」

「……あーもー! なんだってのよアンタたち! せっかく職団長ギルド・マスターになって、これからこの大陸全部の流通を支配してがっぽがっぽしようと思ってたのに!」

「まあ、それはお好きにやっていただいてかまわないんですが……納税は、きちんとやってもらわなければ困りますよ、皆様、きちんと納めてらっしゃるんですから」

「みんながやってるからってなんでアタシもやんなきゃいけないのさ! 私はこっちに来て、こっちで生活してるんだから、国道も図書館も使ってませんしウチにはテレビもありませんー! 税金なんて払う理由がないですー! お医者さんだって全部自費診療だし年金だって自分で積み立ててますー!」

 先ほどまでの森人族エルフらしい振る舞いが嘘だったかのように、子どものように駄々をこねる。公平は呆れてため息。ミーカは少し面白そうな顔。

「税金は公共サービスの代金じゃないってことぐらい、十分ご存じでしょう……それからNHKは税金と関係ないですよ、吉沢さん」

「そっちの名前で呼ばないで! 私はミリーラ、森人族エルフの希望、ミリーラ・ヴァース!」

「失礼しました……ミリーラさん」

「はい私はミリーラなので吉沢萌花の分の税金は払いませんー! べろべろばー!」

「……こちらも、強硬手段はとりたくないんですよ、協力してもらえませんか」

「へー! レベル百二十の職団長ギルド・マスターに強硬手段!? おっもしろーい! ふん、オーメンの続きだって私は電書派だもん、続きがスマホで読めないならいらないもんねー!」

「……かしこまりました。では、請求先を変えさせていただきます」

「はい? なーに、商人職団ギルドに代わりに請求するっての? できるならやってみればいいじゃーん! アンタが身元を明かせない以上、こっちの世界の衛兵に捕まって終わ」

「ええ、ですからご両親、吉沢よしざわ明里あかり様と、吉沢よしざわ幸夫さちお様に、萌花様が滞納してらした税金の七年分、追徴金も含めてきっちり、請求させていただきます」

 吉沢は口を開けっぱなしにして、公平を見つめた。

「そ、そんな、こと……」

「できますよ。異世界の存在を秘密裏にできる政府が、それぐらいのことできなくてどうします? 口実はいくらでも作れます。幸い、ご両親はまだまだご健在で働いてらっしゃる。萌花様に払う意思なし、ということであれば致し方ありません。そうですね、たぶん……大学時代の確定申告が所得隠し目的の悪質なものだったので罰金と延滞金諸々、追徴金が課される、という口実になるでしょうか。証拠として吉沢様の御著作をご両親にもご覧いただいて」

 吉沢萌花の顔が、徐々に青ざめていく。

「滞納分に延滞金利と罰則金で……まあ五億はいかないでしょう。ご実家と、ご両親の年金も差し押さえさせていただきまして……吉沢様のご実家のコレクションも競売にかければ……ご両親が天寿を全うされるまでには、支払い終えられる計算でしょうか」

 もちろん、通常は追徴課税が親族の類に及ぶようなことはない。その本人が日本では、死亡していると見なされる場合は特に、もちろん……通常は。

「……あ、あんたら……人間の心ってやつがないでしょう……」

「吉沢さん……国とは、システムなんです。システムに心があるわけないでしょう。あってはいけない。総理大臣が相手でも、年収百二十六万円の市民が相手でも、私は同じ対応をしますよ。あらゆる国民に対して、同じ対応を。勤労、教育、納税は、義務なんです」

 無感情に公平は言う。だがその顔を見て、吉沢はまたミリーラの表情を取り戻す。

「ふーん……」

 冷たい、感情のない顔をするミリーラ。反射的に公平は、自分がやり過ぎたことを悟り、慌てて口を開き、なにかを言い繕おうとするけれど……。

 遅かった。

「……心ないシステム相手なら、アタシも快くないがしろにできるわ。ご自慢の公安と内調に、異世界まで助けに来てもらえばぁ? 出張費は私が持ってあげてもいいよぉ?」

 吉沢の零次スキルは、深真実視ディープ・トゥルース。相手の言葉が嘘かどうか、サーモグラフィーじみてわかる。嘘なら真っ赤、真実なら青。彼女はこの力を使い、商人職団ギルドの長にまで上り詰めた。

 今、ミリーラがスキルを起動させて視る公平の体は、真っ青だった。彼はすべて、真実を言っている。真実……あるいは、心の底から、真実だと信じ込んでいる。

 なら会話の余地は、ない。

 ミリーラが右手をあげると応接室の扉が開く。武装した十数人が、部屋の中になだれ込んでくる。まったく無駄のない動きで公平とミーカを取り囲み、にやにやと笑っている。その中の一人、妙に小柄で、兜を目深に被った者が小走りでミリーラに寄る。

「ミ、ミリーラ様ぁ……平和に、平和に済ませましょうよ……」

 完全武装の外見には、まるで合わないか細い、少女のような声。だがミリーラは、ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らし、冷たく言い放つ。

「もちろん、平和に済ませるに決まってるじゃない。ねえ?」

 部隊からは、まったく、違えねえ、などと、下卑た笑い声と共に返ってくる。

「そういうわけで、こいつら追い出しといて、平和的にね」

「了解。消しときます? ……あー、平和的に」

「あー、好きにしていいよ、平和的にね」

「ミリーラ様ぁ……」

「大丈夫よ、ニコ。私が見込んだあなただもの。すぐに慣れるわ」

 なにやら事情があるらしい二人はさておくとして、公平は心の中でため息をついた。ついてから、公務災害の申請書類について思いを馳せた。


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