03 国から甘い汁を啜ろうとしてもそうはいかないのは、国がその道のプロだから



「それで……書類、あります?」

 公平がそう言うと、少女は目をぱちくりとさせた。

「……書類、と、言うと……」

「……えーと、ここに色々な相談者さんたちがやってきて、僕がその援助をしたり、たしなめたりする……っていう理解で合ってますよね、それで、そのマニュアルのようなものは……」

 霞ヶ関のオフィスとは、似ても似つかない部屋の中、公平はぱらぱらと小冊子をめくり、それから机の上の〝東京都とうきょうと行政ぎょうせいサービス いせかい出張所しゅっちょうじょ てんせい支援課しえんか〟、という立て札を見て言った。

「え、ええまあ、そうですけど……えーと、あ、これですね。運用マニュアル。どうぞ」

 少女、ミーカはうろたえながらも、机の上からマニュアルをとって公平に差し出す。

「ふむ…………」

 見慣れない紙の材質に少し驚きながらも、公平は真剣にマニュアルを読み込んでいく。

 …………一体全体、この人は、なんなんだろう……?

 ミーカはいつか来るであろう引き継ぎのために、色々してきていた準備がかなりの量、無駄だったことを悟りつつ、虹色のパンダでも見るような目つきで公平を見ていた。いや、実際に虹色のパンダが目の前にあらわれて、ロシア訛りの英語で話しかけてきても、ここまで奇異の目では見なかったかもしれない。

 なにせ公平ときたら、魔方陣から異世界、この建物の三階に来て、部屋を二階に移してミーカから色々説明された後、最初に言った一言が「ここの監督省庁は?」だったのだ。ちなみに答は実質上、法律上、建前上、三種類の答があり、一概には決まらない。

「えーと……あ、そうだ、ジュースどうぞ、ここの名産品なんです」

 ことり、と彼が真剣にマニュアルを読み込んでいる横、ジュースを出す。初めて異世界に来た人は驚ききっているだろうから、落ち着かせるために、と用意していたのだけれど……。

「ん、あ……え……ちょ、ちょっと待ってください、ひょっとするとここは、あなたがお茶くみの担当をさせられてるんですか……? だとしたら問題だから、変えたいんですが」

「も……問題、というと……?」

「問題もなにも……女性だからお茶くみを担当させられる、というのは、まず現代に沿った考え方ではないし、そもそもワイスさんが雇われているのは、お茶くみのためではないでしょう……と、ここの嘱託職員さんについては、この理解で合ってますか?」

 いかにも理性的に、こんなことさえ言ってみせる。

「えー……異世界公務員嘱託職員というのは、まあ、その異世界公務員の方々の、サポートのためにいるものでして……お茶くみも仕事の一つ……なのかな?」

「……そういうもの、なんですか?」

「まあ、そんなものだとは思いますけれど……」

「ふむ……」

 少し納得できない顔をしていた公平だけれど、呟くとまた、マニュアルに顔を落とし、ぺらぺらめくりつつ、慎重に見比べていく。ジュースに少しは口をつけるものの、味の感想はない。

 ……異世界では綺麗な飲める水が貴重なので、飲み物はお酒かこの、シランヤっていう異世界独特の果物を搾ったジュースになるんです、的な、異世界豆知識を、披露しようと思ってたのに……と、少し唇を尖らせてしまうミーカ。そしてこの建物、一階が酒場、二階が表向き異世界民に向けた何でも屋、三階は宿屋の、このタバーン・カンポの紹介なんかもして……。

「ワイスさん、この冒険者っていうのは、結局のところ、どういう職業なんでしょう? 自営業の一種だと考えていて大丈夫ですか?」

 公平の問いにミーカは頭を抱えたくなってしまう。

「ええと……魔物を狩って、それを職団ギルドに買い取ってもらって、それで生計を立ててる人、ですね。自営業……かな?」

職団ギルドというのは、会社組織? それとも営利の職能団体? 国による区分はどうなっているんでしょう」

「ふぇ? えーと……あ、冒険者職団ギルドは、だいたい国営です。生活には欠かせませんから」

「……すると冒険者さんは、公務員のようなものじゃないですか!」

 なぜかきらきらした顔にさえなる公平。なにが嬉しいのか、ミーカにはさっぱりわからない。

「そ、そんなにちゃんとした人たちではないですよ、ごろつきとかチンピラとか呼ばれることもありますし……」

「……うん? 魔物、っていうのは……言うなれば……熊のような害獣でしょう? それを退治してくれる人というのは、一定の社会的地位を得ていてしかるべきなのでは?」

「……えーとですね、生活が不安定なんですよ、冒険者さんは……その……魔物素材でお金は稼げますけど、それが安定して得られるわけではないですし……怪我とか、死んじゃったりとか、すごい多いですから……」

「そうか……冒険者さんは、ギグワーカーなのか……」

 単語の意味がわからなかったミーカだけれど、うむむ、とばかりに腕を組んで考え込んでいる公平のペースに巻き込まれていたら、この異世界にどうして月が三つあるのか、誰の土地なのか、税はどこに納めるのか、などまで聞かれそうで、ミーカは言う。

「ま、まあそうです。それに異世界には、医療保険も国民年金もありません。生活保護も失業保険も。だから異世界公務員がいるんです」

 公平はそう聞くとマニュアル内の、旅団離脱給付金について、を読み少し満足そうに息をついた。これは旅団パーティを追放されてしまった転生者に向けた福祉サービスの一つだ。四週間に一度、旅団パーティへの就団を打診したという、就団活動実績、縮めて就活実績があれば、生きて行くには困らない程度の給付金を、それまで旅団パーティで活躍していた期間に応じて受け取れる。

 頭の回る冒険者なら、窓口に行って色々求団情報見たけど無理でした、って言い続ければ金がもらえるのか、などと思うだろうが……そう甘くはない。就団活動実績に応じて、なぜ就団が駄目だったのかを異世界公務員が詳しくヒアリングし、提携している高レベルの冒険者を交え、転生冒険者と面談し、必要に応じては特訓やレベル上げを斡旋し、新規就団に向けて手厚いバックアップをしていく体制をしっかり、整えている。要するに、国から甘い汁を啜ろうとしてもなかなかうまくはいかない、ということだ。

「ふむ……これなら、僕にも……できるか」

 マニュアルを見終えたらしい公平が呟いたのは、そんな言葉。

 まず二三日は私がメインで応対して、公平はその補助をしてもらう形になるだろうな、と思っていたミーカは少し、目をむいてしまう。


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