我、ダンジョンマスター。これより配信をはじめる。【 わりとポンコツなダンマスちゃんが、配信者となって視聴者にからかわれたりつっこまれたりしながら、ダンジョンを防衛する話 】

夏冬春日

第一層 ダンジョンの生まれた日

第1話 我、配信をはじめる

息抜きに書いてた現代ダンジョンモノを公開

一週間くらいは毎日更新予定


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その日、世界が変容した。

 それに気づけたのは本当に数少ない、極一部の人間。

 だが、それはある出来事を発端に世界中へと知られることになる。

 始まりは極東、日本で公開された一つの動画だった。


「ふむ、もう始まってるのか? これでいいはずなのじゃが……」


 真っ暗な画面に女の声だけが響く。



《なんだこれ?》

《おすすめから飛ばされてきたのに、真っ暗なんだけど》

《鯖が落ちたんか? どの動画にも飛べん》



 流れるコメントから、どうやら視聴者も現状を把握していないことがうかがえる。


「おっと、これか。……よし、おっけーだ」


 配信者の準備が整ったのだろうか、画面が黒から切り替わる。

 映し出されたのは黒髪の少女だった。白い肌に赤い目がはえる少女が椅子に座っている。

 とはいってもリアルの女性ではない。いわゆる3Dモデルの女性だ。

 それを見てコメント欄も――、



《なんだ、新手のVtuberか……》

《おすすめで飛ばされるんだから有名どころ?》

《初見でーす》

《そもそも名前も書いてないし、自己紹介しよーぜー》

《結構しっかりしたモデルだけど企業系?》

《いや、鯖落ちの件どうなったのよ。動画サイト全部これなんだが……》

《まー、暇だしとりあえず見てれば良いんじゃね》



 ――と流れていく。

 それを見ているのか、画面の少女はうんうんとうなずく。


「そうだな。まずは自己紹介と、これが何のための動画なのかを説明をするとしよう」


 彼女は手を大きく広げ宣言した。


「我、ダンジョンマスター。これよりダンジョン防衛を配信する!」




 ……拍手はおきなかった。


《ほーん、そういう設定ね》

《設定いうなし》

《いや、俺は魂にはちゃんと設定が組み込まれてるのが好きだぞ》

《面白ければいいかなー》

《だから設定いうなし》

《ゲーム実況系なのかね》

《シミュレーション系のゲーム実況かもね》



 コメントは冷ややかなものである。


「ふむ、反応がいまいちだな。だがまあそれも時間の問題だろう。まずはこれを見よ!」


 すかっ。

 彼女が指をはじくと画面が分割された。

 片方には何やら洞窟が映っている。

 もう片方の画面では、彼女が頭を抱えていた。



《指、鳴らなかったな》

《ああ、すかったな》

《わらう》

《我ダンジョンマスター、か~ら~の、指スカッ》

《指を鳴らせないダンジョンマスター》

《音あわせる努力しようず》

《大草原不可避》

《自信満々で失敗するダンジョンマスター》

《頭抱えるダンジョンマスターがちょっとかわいい》

《あ、それわかるわー》



「えーい、うるさいうるさい。それよりちゃんと動画を見ろ」


 頭をぶんぶんと振る彼女が指さしたその先、洞窟を映していた画面で状況が変わろうとしていた。

 映し出されたのは迷彩服を着た人影が数人だ。手には小銃を持っている。



《ん? ゲーム実況じゃないの》

《なんか人がリアルっぽいな。ポリゴンじゃないみたい》

《ゲーム実況かと思ったら動画視聴だった件について》

《映画なのか? 襟元に自衛隊の徽章がついてるんだが》

《あ、そうなの?》

《お、ほんとだ。よく見えたな》

《自衛隊協力の映画ならそこら辺もちゃんとしてるんじゃね?》

《いやでも俺こんなシーン見たことないぞ。自衛隊協力の映画ならそこそこ有名どころだろうし、見逃してるはずはないんだが》

《動きめっちゃきびきびしてるなー》

《うそだろ。持ってる小銃、20式じゃねえか》

《うおっ、マジか。え!? じゃあこれ映画じゃないの》

《マジかよ》

《どういうこと? 教えて詳しい兄貴》

《兄貴じゃないが教えてあげる~。20式は採用されたばっかりの銃でね、よくテレビとか映画で見る奴は89式ってやつなのよ~》

《ほえー。ならこの動画ってリアルって事?》

《どうだろう。モデルガンの可能性もあるんじゃないか?》

《いや、まだ発売されてないはずだけど……》



「ふふん、やっと理解したか。そう、これは今から一時間前にあった本当の出来事だ」


 動画の中の少女がどや顔をきめる。



《赤面から復活したダンジョンマスター》

《どや顔かわいい》

《なるほど、そういう設定なのね。なんかの番宣かね》

《設定いうなし》

《ホントに番宣なのか? どうにも凝り過ぎだろ》

《ただの番宣で動画サイトを鯖落ちさせるか?》

《確かになー》

《よし。俺、連絡とってみる。動画の中の自衛隊員、一人知り合いがいるわ》

《マ・ジ・カ》

《これは盛大な釣りなのか……》

《もしかしてこれがマジの話だとして、知り合いニキが連絡つけられなかったら怖いな》

《お、おおう。確かに》

《どゆこと?》

《ダンジョンマスターはこれが一時間前の映像だと言っている。画面内の知り合いに連絡をするがとれない。つまり画面内の彼は……》

《おおう。お空のお星様になってる可能性があるわけか……》

《ま、単純に連絡取れない状況にあるだけかもしれないけどな》



 コメント欄に満足したのか、少女は満足げに大きく頷いた。


「よしよし。どうやら皆も少しは現状が理解できたようだのお。おっとゴア表現が苦手なものはフィルターをかけておくことを推奨するぞ」



《まさかのR18》

《フィルター設定どこ?》

《右下にあるぞー》

《俺はこのままでいいかなー。そこそこ耐性あるし》

《ゴア表現がある……。つまり知り合いニキの知り合いは……》

《ナム ‐人‐》

《あ、なんか出てきたぞ》



 洞窟内、自衛隊を映していた画面に変化があった。

 自衛隊が入り込んだ小部屋、そこに小さな人影が見えたのだ。

 徐々にあらわになったその姿はひどく醜く、まさに緑の子鬼といったていだった。


「ふむ、あれは皆がゴブリンといっているものじゃの。皆大好きなんじゃろ? 用意しておいた」



《いや、別に好きじゃないし》

《最初の敵としては妥当》

《俺はスライムの方が好きだな》



 少女は眉根を寄せた。


「むむ、そうなのか? 我の下調べでは日本人はゴブリンが大好きだから、そのように配置したというに……」



《誤解が甚だしい》

《事実無根だ》

《そうとも言い切れないんだよなぁ》

《日本のゴブリンとスライムには無限の可能性があるからな》



「む、難しいな……」



《おい、ダンマスちゃんが悩みはじめただろ。やめてやれよ》

《日本のサブカルって、そこんところむずいよなー》

《いや、もし万が一この動画がリアルなら、ダンジョンマスターにはジャパニーズゴブリンとジャパニーズスライムについて教え込むべきではないか?》

《おいやめろ。ダンジョンの難易度が上がるだろ!》

《繊維だけを溶かすスライムなら有り》

《そ・れ・だ!》

《そんなことより動画見ようぜ。自衛隊さん、ゴブリン相手にどうすんの》

《おっとそうだな》



 一人の自衛隊員が指で指図をする。すると他の隊員たちが小銃を構え――、


 ――タタタン、タタタン、タタタン。



《う、撃ったーーー》

《容赦ねえな》

《え!? 警告もなしなの?》

《悲しいけど、ダンジョンって戦場なのよね》

《話ぶった切るが、連絡つかなかった》

《??》

《え!? 知り合いニキ、自衛隊の知り合いに連絡つかなかったの?》

《ああ。でもこの様子じゃ大丈夫かね。単純に忙しかっただけだろ》

《確かに》

《あれだけ銃弾撃ち込まれたなら大丈夫だろ》

《……やったな》

《おいばかやめろ》

《フラグ立てんなし》



 すっと煙が晴れる。

 そこにはゴブリンが先ほどと変わらぬ姿で立っていた。

 ゴブリンはいかほどの痛痒もなかったかのように、胸を小汚い爪先でポリポリとかいている。



《効いてねーー》

《……やったな(やってない)》

《おい、誰だよフラグ立てた奴》




「くっくっく」


 騒ぐコメント欄を見て画面の少女はわらう。


「はっはっは。あーーはっはっは」


 少女はのけぞるように高笑いをし……、


「う、げほげほ」


 喉を詰まらせ咳き込んだ。



《おーい、大丈夫かー?》

《緊迫したシーンで咳き込むなよ……》

《ダンマスちゃんのおかげで一気にコメディになったな》

《できもしない笑いの三段活用なんかするから……》



「えーい、うるさいうるさい」


 少女は顔を赤くして、机をバシバシとたたく。


「大体さっきからなんだ、ダンマスちゃんダンマスちゃんと! 我はダンジョンマスター。偉いんだぞ!」



《はいはい、わかったわかった》

《うんうんそうだねー》

《ダンマスちゃんはかわいいなぁ》



「ぐぬぬぬぬ」



《リアルぐぬぬ。はじめて聞いたわ》

《そんなことより、何で銃が効いてねえのか聞こうぜ》

《おー、確かに》

《ダンマスちゃん、教えてー》



「だから我はダンジョンマスターだといっておろうに……」


 少女はぼやきながらもコメントに答えた。


「銃が効かないのは仕様だからだな。日本のダンジョンでは銃火器の類が使えないのであろ? 我はそう学んだぞ」



《おい、誰だよダンマスちゃんにいらん知識を植え付けた奴》

《確かに現代ダンジョンものだと銃は使えないパターン多いけどさー》

《だとするとこれってマズいんじゃね?》

《だよなぁ》

《最初に突入した警察か自衛隊は大きな被害を受けるやつーー》



「ふふん、そういうことだ。動画に知り合いがおる者には悪いがご愁傷様と言っておこうか。あ、そうそう。我は寛大だからな。皆にはゴア表現をマイルドにしておくことを再度推奨するぞ」


 少女は得意げに口角を上げ、画面を見つめる。


 画面上では、ゴブリンが「ギィイイィ」と奇声を発しながら一人の自衛隊員に迫っていた。その手には大きな棍棒を振りかぶっている。



《にげてーー》

《終わったか……》

《南無……》

《いや、どうだろうな》



 ――ごきり。

 鈍い音が響く。

 だがその音が発せられたのは後ろに回されたゴブリンの肩からだった。

 隊員は大振りのゴブリンの棍棒を避けると、懐に入り込みその腕をひねりあげたのだ。

 ゴブリンはそのまま関節を外され、地面に押さえつけられている。



《まあ、そうなるわな》

《自衛隊つえーーーーー》

《対人訓練するのが仕事の自衛隊が、素人くさい動きのゴブリンに負けるわけ無いわな。普通科だし》

《言われてみれば……》

《ダンマスちゃん、どうすんのこれ》



 少女は呆然と画面を見つめている。どうやら言葉もないようだ。

 その間にも事態は進んでいく。

 ゴブリンはそのまま拘束され身動きも取れず荷物のように扱われている。

 そうして出口まで行き着いたところで、ゴブリンは消え小さな石ころへと姿を変えた。

 自衛隊員は慌てた様子でそれを拾い、洞窟の外へ出る。

 そこで動画は終わった。



《何という結末www》

《あれだけゴア表現注意とかイキっておいてこの結末》

《大草原不可避》

《ダンマスちゃん、ポンコツ過ぎるだろ》

《ポンコツかわいい》

《一時間前の出来事なんだろ! 何でダンジョンマスターなのに知らねえんだよ》

《ダンマスならちゃんとダンジョンマスターしろよ!》

《ダンジョンの出来事を把握していないダンジョンマスター()》



「我、知らない方がいいと思ってたし。はじめてはみんなで見た方が楽しいと思ってたし」


 少女はぐしぐしと目元をこする。



《あーー、泣かしてやんのー》

《誰だ泣かしたやつーー》

《なーかした、なーかしたー》

《ゆーちゃーれこーちゃーれ》

《せーーんせいにーゆーちゃーれー》

《なかいいな、おまえら》



「な、泣いてなんかないし」


 そう言いつつも少女は赤い目をこすっている。


「あ、明日は自衛隊なんかけちょんけちょんにしてやるから、首を洗って待ってろ! 明日のこの時間だからな!」


 そう宣言し、少女が指を突きつけたところで動画は暗転した。



《いや、待ち受けるのはダンマスちゃんの方じゃねぇかなあ》

《だよなぁ、攻め込むのは自衛隊の方だし》

《けちょんけちょんなんて今日日聞かねえな》

《つーか、わざわざ指定された時間に入り込まないよな》

《だよなー》

《そもそも、これってリアルなの? リアルにダンジョンとかありえんでしょ》

《確かにそうなんだけど、どうにもリアルっぽいんだよな》

《信じたいところはある》

《ま、それも明日になればわかるんじゃない?》

《明日のこの時間か……。ちょっと楽しみだな》

《だな》



 いささか気の抜ける動画ではあったが、これが世界の変貌を告げる一石となった。

 このおかげでダンジョンの秘匿はできなくなり、否応もなく人は世界が変わったことを知ることとなる。

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