第29話 それが単なるデパートの屋上での出会いだったのです

「私がこのレジェンディアレッドをする姿を………………圭吾クンは見つけてくれた。見てくれていた」






 偶然の出来事だった。たまたま圭吾がデパートに来ていて、たまたまゲームコーナーに来ただけの何でもない出来事である。






 その日、由良がレジェンディアレッドをしていて、それを後ろから圭吾は見ていたというだけの話。






 だがそれは――――――――そこで圭吾という知らない人物が興味津々でプレイを見ていた事は――――――――






 「キラキラした目で食い入るように私のプレイを………………」






 周囲というモノに対して絶望していた由良にとって――――――その出会いは――――――きっとどうしようもないくらい――――――






 「圭吾クンにはすぐ気がついたよ。そして、興味を持ってる事にも気づいたから私は譲ってあげて………………聞いたんだよ。圭吾クンが初めて格闘ゲームやった時の私と同じだったからだろうな……………………夢中になってゲームをする圭吾クンを見てたら、聞きたいと思っちゃったの。聞かずにはいられなかったの」






 何を聞きたいと思ったのか。




 それは、あの日をはっきりと覚えている圭吾はすぐにわかった。














 「中西くん………………ゲーム楽しい?」














 あの時、圭吾は由良が聞いた事にただ答えただけだった。




 由良の問いに、どんな思いやどんな過去があるかなど考えるわけがなく、自分が答える事の意味だって何も考えていない。




 純粋に自分の思っている気持ちを、ただ一言に込めただけだ。それ以上何も思う事も考える事もなく夢中でゲームをやっていた。






 由良のプレイに感嘆の声を上げ、プレイさせてくれた格闘ゲームは楽しくてたまらない。






 そう、それだけだった。






 「私の事も格闘ゲームの事も全く何も知らない圭吾クンが楽しいって言ってくれて…………私は………………そう、嬉しかった。とても嬉しかったんだよ。そしてその感情はね………………その嬉しさが…………」






 格闘ゲームをやる事に何の意味もなかった。その絶望していた由良に起こった、初めての意味。




 別に圭吾に出会った事で世間の認識が変わったワケでは無い。突然、社会的地位が上がったワケでもないし、大金を稼げるようになったワケでも無い。




 だが、これは由良というプレイヤーが、圭吾という“外の人間”に与えた変化だった。圭吾の認識に関与できた由良のこれまでだった。








 圭吾は由良がいたから格闘ゲームに興味を持つ事ができた。




 圭吾は由良がいたから格闘ゲームをやろうと思った。




 圭吾は由良がいたから格闘ゲームをやり続ける事を決めた。








 「…………私を………………救ったんだよ」






 初めて二人が出会った日にあったそんなやり取り――――――――――それは孤独である由良をどれだけ救った事だろう。何も意味はなかったと、死まで襲ってきた由良にとって、圭吾の存在は最後の最後でやってきた光だった。




 そう、言うならば白馬の王子だったのだ。






 「圭吾クンから楽しいって言われた時、心の色んな所から黒い霧が晴れていくような感覚がした。いや、それだけじゃないな………………黒い霧が晴れたあと、澄んだ空気で満たされて、そこに一面の花畑ができあがったような………………あれは、凄く幸せだったよ」






 何も知らない男子が格闘ゲームに夢中になっているだけの事実は、由良にとって大きな大きな未知の幸福だった。






 「ありがとう圭吾クン。あの時、圭吾クンが来てくれたから私はきっと………………今の私でいられる事ができたんだよ」






 いつか言おうとしてタイミングが計れなかったのだろう。やっと言う事ができたと、その感謝には由良の安堵も込められていた。






 「そう…………だったんだ…………」






 語り終わった由良を見て、圭吾は驚愕を小さな呟きにして漏らす。






 ――――――――――圭吾は自分だけが一方的に由良から与えられたと思っていた。






 あの時、由良が声をかけてくれた事が全てだったと。だが、それは違っていた。由良も圭吾と同じだったのだ。






 由良に声をかけてもらった事が圭吾にとっての“奇跡”なら、圭吾があの場に残ってくれた事が由良にとっての“奇跡”だった。




 そして、それは同時に由良の生きる活力となり――――――――――好意にも変わっていったのだ。






 あの時、由良のやっているレジェンディアレッドを圭吾が見に行かなければ――――――――――きっと由良には何も起こらなかっただろう。






 ドラマチックというのも通り超すような過ぎた出会いだが、二人はこうして出会った。




 これ以上無いくらいの大きな大きな影響を互いに与えて。






 「うん。私が忘れる事のできない、圭吾クンとの一番の思い出だよ」






 高校一年生の女子が男子とこんな出会いをすれば意識するのは当たり前だ。




 何も思わない方が異常というモノだろう。圭吾という存在は由良にとって欲しかった答えであり、それは自分の闇を払う光にもなったのだから。




 ならば、圭吾に対する好意が生きる追い風となるのも当たり前で、それは今の由良を見れば一目瞭然だ。死の恐怖や絶望は完全に無くなっている。






 格闘ゲームが強く、年下に恋をしている女子高生。




 霧島由良はそんな女の子にもなったのだった。






 「圭吾クンにも私みたいな良い思い出を作ってあげたかったけど…………そこに固執しすぎちゃったね………………準備バッチリで調子のいい日だと思ってたけど………………迷惑かける結果になっちゃった」






 由良は“あの日”の事を圭吾に謝る。






 「そんな! 気にしないでよ! 迷惑だなんて…………」






 「…………ありがとう。でも、圭吾クンが格闘ゲームやめた原因になっちゃってるしね………………そこは重く受け止めなきゃ」






 圭吾が格闘ゲームをやめていた事は知っていたようだ。紫から聞いたのだろう。正直に言わない方がショックを受けると紫は判断したようだった。






 「………………それはオレが勝手に思ってやった事なんだから…………なおさら姉ちゃんのせいじゃない」






 「そんな事ないよ」






 「そんな事ある」






 「いいや、オレが悪いの。姉ちゃんは関係ない」






 「関係ないなんてありえないよ。私が原因なの」






 「判断は自分でしたんだから関係ないって」






 「その判断は私がさせたようなモノだよ」






 「違うって」






 「違わない」






 圭吾と由良は互いに自分が悪いと言うばかりで堂々巡りになっている。




 特に圭吾は全く折れるつもりが無く、由良の意見を完全に否定していた。絶対に由良のせいではないと、断固たる態度が見えている。






 「もう、圭吾クンは頑固だなぁ」






 「ガンコでも何でも、オレが勝手に格闘ゲームから離れてただけなの。だから、何度も言うけど姉ちゃんは関係ないの」






 圭吾は頑なに意見を曲げない。




 そんな圭吾を見て、由良は安堵とも呆れたとも取れるような表情で微笑した。






 「フフフ、圭吾クンは優しいね」






 「…………べ、別にホントの事ってだけだし」






 例え微笑であっても、由良がやれば圭吾にとっては即死級の笑顔に見えてしまうため、思わず目を逸らしてしまう。圭吾は由良の魅力的な表情をジッと見つめられるような心臓を持っていない。






 「………………あのさ姉ちゃん。オレ…………」






 「返事はいいよ。聞かないでおく事にする」






 圭吾を見ながら由良はあっさりと告げた。






 「私に何かしらの返事をして、それがこれからの圭吾クンの足枷になるのは嫌だからね。私が圭吾クンに思いを伝えたのは、ただの弱さが雑な告白になっただけ。圭吾クンへの好意は本当の事だけど、それ以上は何も求めて無いよ」






 由良は圭吾に自分の気持ちを言うつもりはなかったのだろう。だが、あの日は圭吾との対戦を台無しにしてしまったと由良は嘆いてしまった。そのため心の弱さが露呈し、それであんな形で思いを伝える結果となってしまった。






 「私はもう長くないからね。思い出になるのは良いけど、呪いになるような事は言わせたくないよ」






 何処か懐かしいモノを見るような由良の視線が圭吾に刺さる。




 それはまるで、もうこれ以上は無いと由良がこれまでを思い出しているようだった。






 「最近ね。また外出できるようになったんだけど、なんかとってもあっさりでさ。以前もそうではあったんだけど…………今回のは、なんか死刑囚の最後のワガママ聞いてあげてるって感じ。何でも食べたいモノ食べていいってヤツかな」






 由良は遠くを見るように自分の手の平を見つめる。握ったり開いたりを繰り返すが、その手に本来ある力は無い。以前、圭吾が病院に行って見た時よりも酷くなっている。






 「…………圭吾クンには会わない方がいいと思ってた。死ぬ寸前の自分に会わせるなんて嫌がらせだと思ったし、圭吾クンは私を避けてるだろうとも思ったし………………だから最後は一人で思い出の場所に来て格闘ゲームやって終わろうって…………ここを最後にしようって思った。前から…………うん…………決めてた事でもあるから」






 由良はレジェンディアレッドの筐体画面に手を置く。その手には消え行く前に別れを告げる思いが込められており、それは女帝と呼ばれるまでにしてくれた格闘ゲームへの感謝だった。






 「でも、思い出の場所でここを選んじゃうなんて………………やっぱ私って弱いな。圭吾クンに会わない方がいいと思ってるクセにここに来たんじゃ………………会いたいって言ってるのと同じだよ。思いと行動が矛盾してるね」






 由良は「ありがとう紫ちゃん」と付け加えて圭吾の目を見た。




 圭吾は千歳に言われてやって来たが、そこに紫が関わっているのは間違いない。由良が前からこの場所に来る事を決めていたのなら、それを紫が知らないはずがないからだ。






 「好きな人と最後を過ごしたいって思うのは当たり前の事だからね。紫ちゃんに感謝だよ。こうして最後を圭吾クンと過ごせてるんだから」






 恥ずかしげも無く、圭吾の目を見ながら由良は堂々と言ってきた。赤面するだろう圭吾を覗き込もうとする様子は、年上が年下を好意でからかうソレに他ならない。






 「…………なら…………最後だって言うなら…………もう今日しかないよね…………」






 「………………え?」






 だが、圭吾はすぐに由良から離れると対面の筐体に座り、即座に五十円を入れてレジェンディアレッドを開始する。






 「約束を果たすなら今日しかない…………」






 圭吾はルークを選ぶと、すぐにCPU戦が始まった。一戦目が開始され、圭吾はルークを操作する。




 ブランクは長いがそこまで動きは酷くなっていない。紫の練習シゴキは、七ヶ月程度で圭吾のウデを錆びさせる程甘くなかったようだ。






 「二週間どころか一年も過ぎちゃったけど…………オレがどれだけ強くなったか、ここで姉ちゃんに見せつける! スーパーアーサースラッシュも決めてやる!」






 当然、これは一人でレジェンディアレッドをするためではない。




 由良と対戦するためだ。






 「そして姉ちゃんにオレは勝つ!」






 圭吾は由良の乱入を待っている。焦らすようにCPU戦を行い、今か今かと由良が五十円を投入するのを待っている。






 「………………圭吾クン」






 由良は一年前の約束を履行しようとしている圭吾に何を思ったのか。




 由良の表情は筐体に隠れて見えないが、その声は覚悟とも喜びとも悲しみとも言えない感情が込められている。






 「…………よし、わかった。私が弱くなってるからって遠慮はいらないよ。お姉さんにかかってきなさい!」






 圭吾が向かいの対戦台に座ってから少し間を置いて、由良は五十円を投入する。ガルダートを選び、圭吾のルークとの対戦に移っていく






 (もう今しかない…………姉ちゃんと対戦できるのは…………)






 由良は最後の晩餐をするようにここへやってきている。今この時を逃せば由良と対戦できる日は二度やって来ない。






 つまり、ここで対戦しなければ約束を果たす事はできず、さらに――――――――――由良の圭吾の最後の対戦は“あの日”で確定してしまう。






 (オレと姉ちゃんの最後の思い出は…………幸せで嬉しいモノにしてあげたい)






 由良が後悔を抱いた“あの日”を最後とさせないためには、それ以上の思い出を残さなくてはならない。いつも思い出したくなるような、そんな強い何かをここで圭吾が起こさなくてはならない。








 そう、この対戦で圭吾が由良にスーパーアーサースラッシュを決めるといったような。








 圭吾が由良にできるのはそれくらいだった。






 (調子のいい事を言ってんのはわかってる………………ずっと格ゲーサボってたんだからな…………しかもやろうとしてるのは一度も成功した事ない技…………普通じゃとても無理な六十分の一秒ワンフレームに反応しなきゃならない…………)






 圭吾は七ヶ月格闘ゲームをしていない。この間は対戦もせず対戦動画も見ておらず情報収集だってしていない。




 これではスーパーアーサースラッシュどころか、ただの技硬直にカウンターヒットさせる事も困難だ。六十分の一秒ワンフレームどころか、三十分の一秒ツーフレームも二十分の一秒スリーフレームも見えないだろう。タイミングもわからない。






 実力もなければ時間も無い。運に任せてできるような事でもない。




 だが、圭吾はやらなくてはならない。




 今日この場所に圭吾が来て、今も由良が生き続けている“奇跡”に――――――――――何か意味があると言うのなら。








 これこそが“運命”だと思うのならば。

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