第16話 それは彼女の思いだったのです

「ホントはあんなクソ野郎は出禁にしたかったけどね。でも、しなくてよかったわ。ちゃんとこの時間に来てるし、アイツの練習相手にもなってくれてるし、前とやってる事変わってないからちゃんと負けてくれてる。よしよしって感じね」






 「ん? 計算通りってどういう事ですか?」






 紫はこの状況になる事を知っていたのだろうか。そう聞こえる発言に奈菜瀬は思わず聞いてしまう。






 「あのマリアンヌは一つのコンボを一つのタイミングで繰り返してるだけだからね。


トレーニングモードのCPUみたいに、同じ動きと同じ攻撃を繰り返してるに近いから、そこを封じる練習をアイツにやらせたの。対策ね。相手があのマリアンヌなら、ルークはほぼ間違いなく勝てるわ」






 当然とでもいうのか、紫は連勝の文字を見ても驚いていない。ただ圭吾の対戦を見続けるだけだった。






 「え!? でも、短期間でこんなに勝てるモノなんですか!? というか、圭吾お兄様に紫お姉様が…………練習を?」






 「アイツは初心者だから上達速度が速いし、ルークは複雑すぎるコンボも無いわ。攻め方や動き方が一つしか無い相手なら短期間で十分よ。相手がコレしてきたらコレをする。それだけなんだもの。私の家でそれができるくらいの練習をアイツにさせたつもり。冷静にプレイできれば問題ないわ。まあ、練習は家庭用だからレジェディアになるけど、あのマリアンヌへの連続攻撃コンボはレジェドレでも使えるから問題ないし」






 「……………………お姉様の家?」






 聞こえないような声で奈菜瀬は呟く。






 「ん? どうかした?」






 「あ、いえ! なんでもありません」






 紫に言われた事を注意して奈菜瀬はヨコチンの動きを見みると、たしかにやっている事は一つしかない。距離ができると低空ダッシュからのコンボを始めようとする。




 そればかりだ。それ以外の攻めをする気配はない。他の動きは全部回避や迎撃に関するモノばかりで、一つの攻めを封じられると何もできなくなるようだった。






 「あ、ホントです…………そう言われて見ると、動きが凄く単調に見えます」






 「初心者狩りしかしてこなかったんでしょうね。それだけで勝てるからそれだけしかできない。だから、ちょっと対策されるだけでこんなにやられるのよ」






 距離を十分離して低空ダッシュからの攻撃。つまり、攻めパターンがそれだけなら、圭吾側からすればその迎撃準備をすればいいだけだ。




 本来ならマリアンヌは、中距離からの攻撃をメインにしたり、ワザとギリギリまで近づくフリして相手の攻撃を空振りさせたりといった攻めが用意されている。




 しかし、ヨコチンはそれらの攻め方を使わない。距離が離れたらダッシュで近づいてS攻撃しかやらないため、圭吾としては余裕を持って的を絞れているのだ。






 「そういう事なんですね…………でも…………ですけど…………」






 圭吾が勝てている理由はわかった。おそらくヨコチン以外に勝つのは難しいだろうが、初心者だった圭吾が連勝できたという事実は大きい。








 普通は何もできず負け続けるせいで、格闘ゲームの面白さに気づける人は少ない。








 やはり最大の楽しさは勝つからこそ。それがあるから対戦を続けられるのだ。




 勝つ苦労より勝つ楽しさに気づけるから続けられる。思いもよらない楽しさだって見つかってくる。そうやって奥深さを知っていき、今より強くなろうと、どんどん楽しくなっていく。






 そう、全ては楽しいからこそ続けられるのである。






 「よっしゃあああ! 連勝継続ぅ!」






 まあ、圭吾の場合は格ゲーを始めた理由が由良なので、ちょっとやそっと楽しめない程度でやめるとは思えないが。






 「ん? 何か気になるの?」






 なので、圭吾に思う事は何もない。




 むしろ、奈菜瀬が思うのは紫についてだ。






 「あ、いえ! 何でもないです!」






 そう、紫のこの行動はおかしい。






 なぜなら紫は男嫌い。怨みすら抱いているくらいである。以前、猿(DQN)達に絡まれた時の反応や病院でのやり取り、姉である由良も言っているのだから、そこに間違いはないはずだ。




 なのに紫は圭吾を鍛えており、ヨコチンを出禁にせず許しているのである。奈菜瀬の違和感はそこだった。






 (紫お姉様…………)






 嫌いな男なのに嫌悪した結果が見えない。圭吾やヨコチンに対しての行動に矛盾を感じるのである。




 特にヨコチンをこの市川スワローに居させている事はおかしい。紫はヨコチンへの怒りで、唾棄&壁蹴りまでしていたのだ。もの凄く怒っていたのだ。ヨコチンが出禁になってないのは不自然としか思えなかった。




 おそらく、圭吾の練習のために出禁まではしなかった。圭吾の相手として最適だった。圭吾に自信をつけさせるために必要だった――――――――――――――――そう考えるべきなのだろうが、それだと尚更おかしい。




 そうなると、男嫌いの紫がこんどは圭吾に対してだけ特別すぎる事になるからだ。




 自身の最大嫌悪を抑えて、たった一人の男子に尽くしてあげるなど――――――――――男嫌いの女子はしない。いや、できる事ではない。






 (という事は…………)






 だが、それ以上に何かあると言うのなら。




 紫が圭吾に対して嫌悪しない、明確な理由があるのなら話は変わる。






 (つまり…………そういう事なのかな………………)






 奈菜瀬の脳内に由良の事が思い浮かぶ。紫にそれだけの事ができるのは、由良以外に考えられないと思ったからだ。




 近いうちに死ぬだろう姉のために紫は行動している。その行動に圭吾は思い切り関係している。




 だが、それだけとは思えない。それだけとするには、紫は圭吾を意識しすぎているように思えるからだ。




 紫は圭吾に対して嫌悪の姿勢だが、何だかんだで会話しているし無視する事も無い。口喧嘩しても圭吾から離れて行く事はないし、自分の家で練習させているという爆弾発言まであった。




 これらが由良のため――――――――――というならもっとやりようはあるだろう。




 そもそも、それなら圭吾を嫌う必要なんかないのだ。上っ面だけでも好まれる接し方(顔やら色々と恵まれているし)をするべきで、その方が良い結果になりやすいはずだ。




 なのに、それをしていないのは――――――――――――――不器用ではあるがたしかな関係を築き、何だかんだでコミュニケーションをとっているのは――――――――――きっと圭吾は紫にとって何か――――――――






 「…………紫お姉様は由良お姉様の事が大好きなんですね…………とても…………とっても大好きなんですね」






 何も気にする事は無いし、そんな必要も理由も無いのだが――――――――――奈菜瀬は圭吾に対し、少しだけどうでもいい嫉妬をしてしまう。




 察する事しかできないが、あの中西圭吾という男子は霧島由良にとって特別な人物なのだ。大きく運命を変えたとか、それだけの事をした人物なのだろう。








 だから、きっと紫にとっても特別な人物になっているのだ。








 その“特別”の意味は姉妹で違うだろうが、圭吾はそう思われるに十分な行動をしている。




 当の本人にその自覚は無さそうだが、それは圭吾にとって何でも無い事だったからだろう。




 その“奇跡”のような出来事は何だったのか奈菜瀬にはわからないが――――――――――きっと素敵であった事は予想できる。






 「…………うん、大好き…………大好きなのよ」






 紫の視線の先で圭吾が苦い顔をしている。




 狙っていたのだろう。対戦中に放ったアーサースラッシュが空を斬っていた。




 どうやらスーパーアーサースラッシュのつもりだったようだが、それが見事に失敗している。




 当然カウンターヒットにはならず、着地後に発生する大きな隙を狙われて連続攻撃コンボをくらっていた。まあ、連発していないので対戦には勝っているが、紫との練習中にやったなら確実に説教だろう。怒号が飛び交う事は間違い無い。






 「でも、これくらいしか…………私はこれくらいしかできないの…………」






 紫は失敗したアーサースラッシュを見て何を思っているのだろう。




 少なくとも圭吾に怒るつもりはないのか、黙って対戦画面を見続けている。




 その後も圭吾はアーサースラッシュを失敗し続けたが、紫が咎める事は一度もなかった。

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