第10話 それは覆せない運命だったのです

「ストーカーしてたなんてあんた最低。マジ最低だわ。それ、訴えられても仕方ないって覚悟の上の行動だったのよね?」






 「お前、その口の悪さどうにかならんのかッ! いや、その通りなんだけども!」






 「うげ。自覚あっての行動だったワケ? なおさら達悪いわね…………」






 「はっ! お前の口の悪さに比べればいくらかマシだっての! 出会って一日も経たない人物にしていい口調じゃないね!」






 「は、初めましてッ! 能代奈菜瀬って言います! ユラお姉様の活躍に憧れて格ゲー始めました者です! ほ、本日はお日柄もよく…………いや、夕方近いんですけど、えーとその…………」






 「フフフ、もっと自然でいいよ奈菜瀬ちゃん。そんなに緊張されると私も緊張しちゃうからさ? ね?」






 「は、ははははい! す、すいまません! 変な返事になてしまいましたたッ!」






 休憩室のテーブル席には圭吾、奈菜瀬、紫、由良の四人が時計回りにそれぞれの表情をして座っていた。病室には由良以外の患者もいるため、三人も詰めかけるのは迷惑かもしれないと思った紫の配慮だった。






 「久しぶりだね圭吾クン。二ヶ月ぶりくらいってとこかな?」






 「う、うん。たぶん………………そ、そのくらい…………かな? うん」






 久しぶりに聞いた由良の言葉に圭吾はギクシャクしてしまう。






 「そういえば圭吾クンってあの日から格ゲー続けてたりするの?」






 「……え? あ…………も、もちろんだよッ!」






 不意に下の名前を呼ばれて、圭吾は戸惑うもすぐに返事をした。デパートでも呼ばれた事があるだろと、すぐに自分を落ち着かせる。




 その隣で紫が、クラスメイトが殺人事件の犯人だと知った時のような顔で圭吾を見ているのが気になったが、とりあえず無視しておく。




 「ま、毎日かかさずやってるよ! すっごく面白いし! それに、由良姉ちゃんに勝つって言ったからさ! やめるワケなんかないって!」






 「…………そうなんだ…………フフフ、よかった」






 多少どもりながら答えた圭吾に由良は優しく微笑んだ。






 「あの日の事がちょっと心配だったんだよね………………突然知らない人が話しかけて怖くなかった? 今思うと誘拐犯みたいだったなって思ってて…………入院生活になっちゃったから約束も破っちゃったし…………」






 「な、なんて事言ってるんだよッ!」






 慌てて圭吾は否定した。






 「オレ、由良姉ちゃんには感謝してるんだから! 由良姉ちゃんに会えたから! 由良姉ちゃんが教えてくれたからオレは格ゲーが好きになれたんだ! ありがとうって気持ちでいっぱいだよ! あそこで姉ちゃんと出会えてなかったら、こんな気持ちに絶対ならかったよ! 約束はまたすればいいだけだし、気にすることなんかないって!」






 こんな気持ち、という部分に少し違和感を覚えながら圭吾は言い放った。その発言と同時に心臓が爆発するような音を鳴らしたからだ。




 ――――――俗に言う告白というモノをしたワケではないのだが、なんだかそれに等しいような感覚が圭吾の全身を包む。






 「………………うん。凄く嬉しいよ圭吾クン。凄く嬉しい」






 「う…………えと……あ、ありがとう……ございます」






 微笑む由良を見ると圭吾の顔は俯いてしまい、見る見る赤くなっていった。






 「…………なんなのこのやり取り? コイツ、お姉ちゃんと何雰囲気出そうとしてんの? 破壊衝動に駆られそうになるんですけど? 八つ裂きにしてやりたくなるんですけど?」






 「キリシマお姉様! なんか体がとっても痒いです! じんましんみたいです! ぬおおおおって声が出そうですッ!」






 紫は圭吾に殺気を飛ばしながら、奈菜瀬は首元を掻きながら、二人は圭吾と由良の会話を聞いていた。






 「あの……さ……姉ちゃん…………」






 言い淀む圭吾だったが充分察する事ができたのだろう。その内容を先に口にしたのは由良だった。






 「ああ、私の入院の事だよね?」






 圭吾と奈菜瀬に向けて由良は迷う事なく言った。






 「ま、はっきり言うとさ」






 それはあまりに現実味のない事実だった。






 「私もう長く生きられないんだよねー。もうじき死ぬっぽいんだよ。わっはっはっは」






 「…………え?」






 由良があまりに脳天気に告げたため、圭吾はその言葉の理解に数秒かかった。






 「以前、体を調べたらそんな事が判明しちゃったんだ。私って病弱設定持ちだったらしくてね。あ、具体的な余命宣告されたのは最近なんだけど、中々驚いたなー。何しようと長生きできないのは決定だから参っちゃうよー。まさかこんな事になるとは思わなかったわー。死ぬのはまだまだ先だと思ってたんだけどねー」






 由良は自分の手を見て力なく握り拳を作ろうとした。






 「でも、私個人としては余命なんかよりもね…………」






 だが、握り拳を作る事はできなかった。指を少し曲げる事ができるだけで、それ以上は手が震えたまま曲げる事ができない。






 「…………困った事にさ。手が…………指がね…………握力がどんどん落ちてるんだ。凄くゆっくり時間をかけて握っていけばグーにできない事も無いんだけど…………なんか全身の筋肉が衰えていっててさ…………そして、それがよりによって手と指からなんだっていうね…………」






 この由良に起こった現実が意味するモノ。






 「だんだんレバーを満足に握れなくなってきたし…………これはちょっとショックだよね。ボタン押すのもおぼつかなくなってきてるし……………………相手の隙に対して攻撃割り込みとか…………色々できなくなってきてる」






 「………………え? レバーを握れない? それって……………………」






 これが何を意味するかは明白だ。




 そう、レバーをしっかり動かせなければキャラを操作する事はできない。パッドでも同じだが、ゲームをプレイする事ができないのである。




 格闘ゲームはSLGシュミレーションゲームやRPGロールプレイングゲームと違って短時間で頻繁にキャラを動かす必要がある。バスケの選手が所狭しとコート内を動いてゴールを目指すように、格ゲーも頻繁にステージ内を移動したり攻撃したり防御したりを繰り返す。




 レバーがうまく握れない。それはつまり、由良は操作キャラを動かしにくくなっている。もう格ゲーを満足にプレイする事ができなくなっているのだ。しっかりとキャラが動かせないのでは対戦プレイヤーの的になるだけなので、これでは結果に一喜一憂する事もできないだろう。






 「まあ、まだ全く握れないったワケじゃないから、辛うじてプレイにはなってるよ。でも、握るだけでかなり消耗するし…………もう連続優勝した時のような強さは完全に無くなったね。歩いたり食べたりとかは普通にできるのに、なんで手と指だけこうなってんのって感じだよ」






 「そんな……じゃあユラお姉様は……」






 「うん、きっと奈菜瀬ちゃんの思っている通り。いつまで好きな事を続けられるのかなーって感じ」






 自分の命が失われる。自分の大好きなモノができなくなる。






 その事実は相当ショックな出来事だっただろう。死の宣告だけでなく、大好きなモノができなっていく辛さは想像を絶するはずだ。






 「でも、そんな運命に素直に従うような性格はしてないつもりだよ。知識や駆け引きのコツは変わらずそのままあるしね。多少、技術テクニツクが使いづらくなったって思えばいいよ。うんうん」






 しかし、由良からそれらの苦しみは微塵も見えなかった。






 もう完全に吹っ切れているのか、余命や手と指の衰えを受け入れている。こうして話を聞かなければ病人である事すらわからないくらい、あっけらかんとしていた。






 「まあ、今だからこんな事言えるんだけどね。余命だ手だ指だって知った時はショックでたまらなくて……………………大会から逃げちゃったりとかしたし………………うん、たまらなかった」






 「…………あの時の欠席はそういう事だったんですね」






 「あのドタキャンは凄くまずかったよね………………スワローのスタッフさんは私の参加を喜んでくれてたし、参加者のみんなもそうだったし、期待だって………………なのに誰からの連絡も拒否して………………ごめんね奈菜瀬ちゃん。いくら謝っても足りないのはわかってる」






 由良は深々を頭を下げる。






 「そ、そんな! 頭を上げてくださいユラお姉様ッ! こんな小娘に頭なんか下げないでくださいッ!」






 奈菜瀬は信じられないモノを見たように慌てだした。






 「ほら、頭なんかさっさと上げる」






 「おおととっ?」






 そして、そんな由良の頭を紫はグイッと直立に戻す。






 「気にする事ないっていつも言ってるじゃない。どうせお姉ちゃんに勝てるプレイヤーなんて、今もいるワケないんだから。文句言ってるヤツの事なんか無視しとけばいいの」






 ため息交じりでふてくされたように紫は言った。






 「アイツらはそんなヤツらなのよ。アイツらってのはそんなもんなの。ちょっと自分達の思ってる偶像から外れたら好き勝手言い出して貶める。お姉ちゃんが格ゲーを嫌いになるワケない………………そんな事もわからないヤツなんて相手すべきじゃないわ」






 苛立たしい顔を隠そうともせず紫は言い放った。






 「…………………………」






 そんな紫を圭吾は無言でジッと見つめる。






 「何よ? なんか文句あるの?」






 「………………お前ってさ」






 紫の、この常に相手に突っかかっていくような態度。




 周囲は全て敵だと認識し、警戒を解かず、全ては愚か者でくだらないヤツらだと決めつけている。


 どうしてこんなに攻撃的なのかと疑問だったが。




 その理由、なんとなくだが圭吾にはわかった気がした。






 「もしかしてお前………………由良姉ちゃんが好きで好きでたまらないのか?」






 他にも色々と察したが、とりあえず攻撃的性格理由の大半を占めているだろう部分を圭吾ははっきりと紫に告げた。






 「――――なッ!?」






 紫の顔が途端に赤くなる。さっきの圭吾よりもさらに真っ赤だ。






 「な、何言ってんのよバカッ!」






 「おぐうッ!?」






 圭吾の顔面に紫のつっぱりが放たれ、そのまま圭吾は椅子から転倒した。






 「帰るッ! じゃあまたねお姉ちゃん――――――――あだッ!」






 そして紫は待合室から出て行こうとして――――――何故か何も無い所でずっこけた。滑り込みセーフしたように盛大に。だが、すぐに立ち上がりエレベーターへと歩いて行った。






 「あだッ!」






 そしてこんどはエレベーターの扉にぶつかったのだろう。最後にまた僅かな悲鳴が聞こえて紫は病院から姿を消した。






 「だ、大丈夫ですかね紫お姉様………………あ、もちろん圭吾お兄様もですよ! 紫お姉様のつっぱりはお見事でしたからね!」






 「フォローになってないフォローいれるのやめろ…………いや、結果的にはアイツの方がダメージ大きかったけども」






 「ごめんね圭吾クン。あの子、照れたり緊張したりすると反射的に手をだすクセがあるから…………そして直後に自爆して天誅が下る…………というかドジが始まるんだけど」






 困った妹だとばかりに由良はため息をついた。






 「あの子、男嫌いだから圭吾クンに冷たく当たっちゃってるけど、それがあの子の全てじゃないから誤解しないであげて」






 由良は心配な顔をしながら続ける。






 「私が去年の全国大会ですぐに負けちゃってから………………なんだか私を避難する人達が増えたみたいでね。紫ちゃんは私の事を色々と耳にする事が多かったみたいで…………特に男の人がさ。まあ自分で言うのも何なんだけど、私を凄く慕ってくれてるから敵意も倍増でさ」






 「…………だよね」






 圭吾がなんとなく察した事はやはり当たりのようだった。




 病院に連れてこようとしなかったのも、おそらくコレが起因しているのだろう。




 紫から見れば圭吾も嫌いな男性プレイヤーという点では変わり無い。圭吾が“男”である以上、大好きな姉を非難されると本能で思ってしまうのだ。いくら圭吾が由良を知っており敬愛しているとしても、この認識を変える事は難しいだろう。




 由良を思う人物が男であるなら、それはどうしても紫にとっては敵なのだ。






 「でも、由良お姉ちゃんが凄く強いのは全国のプレイヤー達はわかってるんだろ? いくらすぐ負けたとしても、盛り上げようとした大会をドタキャンしたとしても、これだけで非難されるとか――――――」






 「――――――ユラお姉様はあまりに有名ですからね。だからアンチと呼ばれる人達も多いんです。そしてそんな人達が流す噂を信じる人達も多いので……………………それに非難は目立ちますから、嫌でも聞こえてきます。だから紫お姉様は余計に許せないんだと思います」






 その言葉には何処か怒りが含まれているように思える。きっと、奈菜瀬も紫と同じように色々と聞いてしまっているのだろう。






 「ねぇ、圭吾クンって中学生?」






 「え? う、うん。そうだけど?」






 突如話題が自分に変更されたので、少し戸惑いながら圭吾は頷く。






 「…………もしかして天宮あまみや中学の一年生だったりするかな?」






 「うん、天宮中学で一年だけど?」






 「お、そうかそうか。圭吾クンは天宮中学で一年なのかー。なるほどなるほど」






 由良は何度もうんうんと頷きながら、何やら考え込み始めた。






 「ええと…………オレの中学がどうかしたの?」






 「…………ねぇ圭吾クン。紫ちゃんの友達になってもらえないかな?」






 「…………へ?」






 いきなりの頼み事に圭吾の目が点になった。

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