ワンフレームの宇宙を見たいと思わないか?

三浦サイラス

第1話 それは単なるデパートの屋上だったのです

二月二十六日。その日、中西圭吾なかにしけいごがあくびをしながらその場所にいたのはたまたまだった。






 「ふわ~あ」






 中学校入学前の春休み。時間を持て余してた圭吾は、妹と母親と一緒にデパートへやって来ていた。暇で退屈だったので、時間潰しに何となくデパートへ行けば面白いモノがあるんじゃないかと思ったのだ。




 しかし、その期待は現在進行形で裏切られている。母親と妹は買い物を楽しんでいるものの、圭吾が楽しめるモノは見つけられていない。母妹の女二人が楽しめるモノは男の圭吾だと対象外な事は覚悟していたが、それでもなさすぎだ。荷物持ちで来たワケじゃないので、デパート内を一人で歩く自由はあったが、これでは家にいた方がマシだった。広いデパート内を散策するために体力を消費しているだけとしか思えなくなってくる。






 「…………お?」






 そんな後悔の気持ちが精神の大半を占めようとしたその時だった。






 「ここなら何かあるか…………?」






 ふと見上げた際に見えた案内板に《屋上 ゲームコーナー》と書かれていたのだ。




 ゲームコーナーという言葉にはそれだけで甘美な響きがある。子供はもちろん、大人でもその言葉には大小様々な思いを描かずにはいられない。




 各階を巡っても無関心しかなかった圭吾がそこに向かうのは自然な成り行きだった。




 遊ぶ時間は余裕で残っているし、母親と妹の買い物が終わる気配は無いし、車で来ているので勝手に帰る事もできないのだ。




 ゲームコーナーで満足できる何かを求め、圭吾は陽の差し込む扉を開けた。






 「…………思ったより人少ないな」






 屋上のゲームコーナーに入った最初の印象はそれだった。




 人の気配が早朝の学校かのごとく寂れている。休日の昼間だと言うのに人の出入りが皆無に近く、当然賑やかさは無い。思ったより広い場所なのに、コイン式電動遊具が感情の無い機械音声を発しているだけだった。プライズ筐体やモグラ叩きも右に同じで、誰もいない空間に投げかけられる声はある意味ホラーだ。用意されている机と椅子は綺麗に整頓されており、誰かが座った形跡は無い。もしかしたら開店時からこのままの状態かもしれない。




 ある意味デストピアのような光景だ。人だけが滅びてしまい、取り残された機械達が延々と稼働し続けている――――――――――そんな錯覚をしそうになる。






 「電気代だけで赤字になりそうだ………………」






 だが、今やこういった光景は別に珍しく無い。




 数十年前ならゲームセンターはやたら活気ある場所だったが、今だとそんな活気は過去のモノだ。それがデパートの屋上なんかになればあまりにも当たり前で、むしろまだ残っている事自体が珍しい。もう昔を懐かしむだけの場所になったと言ってよく、人を集めたり儲けようとする場所からかけ離れてしまっている。




 よって、そんな気の抜けた場所に圭吾が楽しめるようなモノはない。古くさいゲーム機達では小学生を満足させるにはほど遠く、お金をロクに持っていない身にプレイさせる気を起こさせなかった。


 圭吾はますまずデパートに来てしまった事を後悔し、早々に別の階へ行こうとしたが――――――――






 「…………ん?」






 この空間で唯一、小銭が投入され稼働しているモノを見つけた。




 適度に目映い発光と、祭り囃子のように心地よく耳に届くゲーム音と、そのキャラクター達の声。


 アーケードゲーム。




 大きな屋根の下にできた日陰の中、そこで一人の女子がゲームをプレイしていた。




 横からしか見えないが、長い艶やかな黒髪にパッチリと開いた大きな瞳が特徴的で、ゲームをプレイする姿には何処か清楚な雰囲気を感じさせる。




 気品があるのだ。その凜々しさと美しさを併せ持った姿は、場所が場所なら周囲の注目を一身に浴びていたに違いない。




 制服を着てないのでハッキリとわからないが、女子高生くらいに思える。少なくとも圭吾より年上なのは間違い無かった。






 「…………うーん」






 そんな女子が一人何のゲームをしているのか気になるが、この場所に見切りをつけようとしていた圭吾は判断に迷う。




 この女子のゲームを後ろから覗くべきだろうか? そこに今の自分が満足できるモノがあるのだろうか?




 まだデパートで散策していない場所は多く残っている。一応とはいえ、未知が残っているならそこを把握しておきたいし、デパート全階を見てつまらないと判断できれば次回に生かす事ができる。電車で来られる場所でもあるので、知っておけば無意味に入る事もなくなるだろう。




 探索は無駄にならない。むしろするべきである。自身の満足に繋がる可能性があるのだから。






 「………………ま、こっちにするか」






 だが、そんな考えはあっさりと捨てて、圭吾は女子とそのやっているゲームを見学する事に決めた。




 特に何か理由があるワケではない。単純に女子への好奇心が上回っただけである。それにデパート探索は別日に機会があるかもしれないが、この女子と出会えるのは今日限りの可能性が高い。






 ――――そう、この女子と会えるのは今日だけかもしれない。






 そんな直感もあって、圭吾は女子の元へ近づいた。






 「………………なんだろこのゲーム?」






 女子がプレイしていたのは格闘ゲーム、圭吾が初めて見るゲーム画面だった。




 ゲーム内でポニーテールをした露出の高い女キャラが、騎士風の格好をした金髪の男キャラを攻撃している。




 女子の操っているキャラが女キャラの方なのはすぐにわかった。男キャラと比べて攻撃的で、なおかつその全てが的確だったからだ。行動の一つ一つに意思が通っており、無駄や遊んでいる様子が無い。もしこれがCPUだというならお手上げだ。とんだ難易度のクソゲーとなってしまうだろう。






 「…………………………」






 女子は圭吾に気づいているのかいないのか、無言で視線も逸らさず何でもない表情でゲームを続けている。






 女子がボタンをタップすると心地よいリズミカルな音が響き、その音と連動して女キャラが次々と攻撃を決めていく。慣れているのか、その攻撃は何度も繰り返された。ミスした様子は無い。女子がレバーとボタンを一定のリズムで動せば、その攻撃により男キャラは大きなダメージを受けて必ずダウンする。そのため常に女キャラ優位の状況が揺るぐ事なく続いていった。






 「…………すげぇ」






 その女子が行う鮮やかな攻撃と行動と結果に、圭吾は感嘆の声を漏らした。




 圭吾は格闘ゲームをやった事はない。知らないのだから当然だ。だが、それでも画面の上方に表示されている長四角のゲージが残り体力を表しているのは解るし、その体力ゲージ下に時折出てくる数字が攻撃のヒット数である事も解る。両キャラの体力ゲージに挟まれて表示されてるのはきっと残り時間だろう。




 他にもゲージはあったがとりあえず無視する。体力さえわかればゲームの状況は解るのだ。






 「おお…………」






 男キャラは女キャラへ反撃に来るがそれは全て防がれる。そして、難なく再び連続攻撃。ボタンの小刻みよい音は最後まで一度も途切れる事は無く、フィニッシュの文字が出て画面が暗転する。攻撃は一度も受けていない。女子の完璧なKO勝ちだった。






 「おお…………」






 「………………」






 圭吾が声を出しているため、さすがに気づいたはずだが、女子は特に気にした様子を見せていない。




 次の対戦キャラが現れすぐに対戦が始まる。キャラ一人くらい簡単に掴めそうな手を持つ重量級の大男が相手で、女キャラとの体格差が歴然だ。そのせいか、前に立っているだけでプレッシャーが凄い。




 その大男が一撃当たればごっそりと体力ゲージを持って行きそうなパンチをポニーテールキャラに繰り出してくる。当たってしまえばそれだけで致命傷になりそうな迫力だ。ダッシュはできないようだが、歩いて近づいてくるだけでも、その風貌のせいで威圧感がある。






 「……………………」






 「……………………」






 だが、そんな威圧感など大したことないと言わんばかりに女キャラは大男の裏にジャンプし、それは運命を決する動きに変わった。




 タタタンとボタンのタップ音が聞こえた時には、もう女子が繰り出す華麗な連続技が決まっていた。




 大男はその連続技で空へと上がっていきそのまま攻撃を受け、落下した時には体力が大きく削られており、起き上がったと同時に第二撃をくらってそのままやられてしまった。二ラウンド目も同じくで、女キャラは前の対戦と同じく体力を全く減らさないまま勝ってしまった。






 「………………」






 いつしか、その様子を圭吾は無言で見続けていた。




 身体の中で熱がうごめくような感覚と、頭の中の想像が見えてくる錯覚。




 そう、圭吾は夢中になっていたのだ。






 「………………」






 相手がCPUだからと言われればそれまでなのかもしれない。




 そこに対人にある駆け引きはなく、無意味に受けてくれるから成り立つと言われればその通りかもしれない。




 たまたまその女子がしていただけで、他の人間でも難なくできる事だったのかもしれない。




 ――――――――だが圭吾は凄いと思った。




 ただひたすらに凄いと思ったのだ。




 見惚れるような連続技を当たり前に決めていくこの女子は、これまで圭吾が見てきたどんな人間よりも輝いて見えたのだった。






 「………………あ、やべ」






 ステージをクリアしたので何となく周囲を見渡したのだろう。




 女子が不意に圭吾の方へ振り返った。




 その際、当然のごとくジッとゲームを見ている圭吾とプレイしている女子の視線がバッチリ重なった。






 「そ、その……えっと……」






 視線が重なり、恥ずかしくなった圭吾は思わず視線を反らすが。






 「やってみる?」






 女子はそんな圭吾の反応を見て、何故か突然圭吾にプレイ中のゲームを勧めて来た。

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