弱者のマキャベリズム

 俺が考えた謀略にはみっつの条件が必要だった。

 まずは俺の率いる勢力が最弱であること。


 これは必須であったが、心配はいらない。俺の率いる勢力は生まれたばかり、どう逆立ちししようが先行する他の71人の魔王には勝てない。


 心配することなく、最弱であることを誇る。

 次に必要な条件は攻略対象である魔王があまり強くないこと。


 72人も魔王がいれば1番弱い魔王もいるはずで、できればそいつと当たりたい。仮に無理だとしても下位の実力のものと対峙したい。


 その点、サブナクはちょうどいい相手だった。72柱いる魔王の中でも最弱候補。魔王をF~Aランクで評価するのならばFランクの魔王。踏み台にし、素材や金銀を奪取するには丁度いい。


 最後の条件は近くに適当な人間の国があることだった。できれば強国ではなく、小国が良かった。その弱国として選ばれたのがイスマリア伯爵の領地だ。王国ではなく、伯爵領というのもいい。これから行なう謀略は完璧に成功するはずだが、やぶ蛇になる可能性もある。人間の国を刺激し、大規模侵攻を招くのはよくない。


 俺が目指しているのは魔王の討伐であって、世界制覇ではないのだ。

 それはもっと勢力を伸ばしてから考えることだった。


 その識見をイヴに述べると、

「さすがです、御主人様」

 と頭を垂れてくれた。


「それではアシュタロト軍の謀略を開始します。必要なものがあるのですが、用意してくださいますか」


「金、人材、好きなだけ使え。……といってもそこまでふんだんじゃないが」


「まずは人材が欲しいです。謀略を成功させるには間諜が必要です」


「スパイのことか。たしかに必要だな」


 イヴの言葉に必要性を感じた俺は、クラインの壺に素材を入れる。魔力を注いでスパイを作る。



【レアリティ】 シルバー・レア ☆☆

【種族】 不特定で不確定な生き物 スライム

【職業】 スパイ

【戦闘力】 12

【スキル】 変身



 俺が作り出したのは、不特定で不確定な生き物、つまりスライム。


 スライムは最弱のモンスターとして有名であるが、スパイに必要なのは武力ではない。敵陣に紛れ込む力と情報収集力。それに頭の回転だ。


 このスライムはそれに特化してあり、変身によって人間にも魔族にも化けることができた。


 俺はスパイ・スライムを2体作り出すと、それぞれを魔王サブナクの城とイスマリア伯爵領に向かわせた。


 こんな流言を流すように伝える。


「このたび生まれた魔王アシュタロトは、生来の臆病者。なんの力もなく、最弱の立場に怯えている。一刻も早く他者に従属し、枕を高くして寝たいらしい」


 そんな噂を流せばどうなるか。


 大して強くもない癖にプライドが高い魔王は即座に従属の使者を送ってくるはず。


 伯爵のほうも攻め入ってくるか、あるいは貢ぎ物を寄越せと高圧的な使者を送ってくるはずだ。


 それが俺の狙いだったがぴたりとはまる。

 数日後、まずは人間たちの使者がやってきた。


 立派な髭を蓄えた男で、伯爵一の家来らしい。彼は声たかだかに、偉そうに言った。


「魔王たちの中でも最弱のアシュタロトよ。その命が惜しければ我が主に毎年金銀を献上するのだ」


 そんな発言を開口一番にされて怒らない魔王がいるのだとすれば、見てみたいものであるが、鏡でも見ることにする。


 俺は一切怒らなかった。それどころか平身低頭に頭を下げながらこう言った。


「俺ごとき若輩が生き残るには人間の力、それも強大な武力を有する伯爵様の力が必要です。税収の半分を渡すので、是非、庇護下に加えてください」


 その言葉に満足げに髭を揺らす騎士。


 会談が終わると宴を開き、クラインの壺で召喚したサキュバスたちに接待をさせ、骨抜きにする。


 騎士はほろ酔い気分で約束してくれる。


「任せてくれ、必ずアシュタロト領は伯爵の力で守ってみせる」


「それはありがたいことですが、さっそく、お願いをできますでしょうか」


「なんじゃ、言ってみよ」


「実はですが、近隣の魔王、サブナクが同じような要求をしていまして、俺に従属を求めているのです。もちろん、伯爵に臣従するつもりでしたので、断りましたが、それを知ったサブナクは、兵を集め、攻めてくるようなのです」


「なんと! サブナクめ。伯爵の庇護下にあるアシュタロト領を攻めるとは。これは伯爵の領地に攻め入るも同じぞ」


 ひげが震えるほど怒る使者、俺はそれを冷静な目で見ながら、同調する。


「まさしくその通りです。これは我が領地だけの問題ではなく、伯爵様の威信にかかわること」


「その通りだ。して、やつらはいつ攻めてくるのだ?」


「やつらは一週間後に攻めてくるそうです。なにとぞ、お力をお貸しください」


「分かった。すぐに戻り、伯爵に相談しよう」


 騎士道精神に目覚めた騎士はほろ酔い気分のまま領地に帰っていった。

 その後、イヴが尋ねてくる。


「ここまではすべて計算どおりですね」


「そうだな。あとは『明日以降』尋ねてくるはずのサブナクの部下にも同じことをすればいい」


「伯爵に恐喝され、攻められるので従属下には入れない。俺の心はサブナク様のもとにあります。なにとぞ、援軍を出し、用兵の妙を見せてください、と演技するのですね」


「その通り。情けない真似であるが、これで勝てるなら安いものだ」


「さすがは現実主義者です。最高の謀略だと思います」


「褒められたと思っておこう」


「褒めているのです。あ、サブナクの部下がきたようです。ガーゴイルですね」


「ならば死肉を用意しろ。持てなせ。そして哀れみを誘うくらいに頭を下げるのだ」


 こうして俺はサブナクの部下の前でも演技をし、援軍を要請する。

 一週間後、伯爵の兵が攻めてくると助けを求め、従属をちらつかせる。

 こうすれば伯爵の軍とサブナクの軍が激突するわけだ。


「御主人様はそうやって両軍を激突させ、疲弊したところを叩くのですね」


「イヴはそう思うのか?」


「それが一番効率的かと思いますが」


「たしかに現実主義者ならばそれが一番効率的だ。だが、俺は現実主義者であると同時に非常家でもある。つまりマキャベリストだ」


「……?」


 不思議そうに顔を覗き込んでくるイヴ。


「要はさらに効率的にやるってことさ。詳細は内緒だ。言ったらつまらないからな」


 俺がそう言い切ると、イヴは「楽しみにしています」と少しだけ嬉しそうに言った。

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