ハズレ召喚の後始末

「あーあ……。ユウはまた、スライムばっかり喚んでからに」

 扉からひょこっと顔を出したのは、アル=クトゥルスという名前の騎士のお兄さんだった。同僚のスピカ姉さんが騎士の詰め所から応援を呼んでくれたらしい。

 騎士といっても、訓練もないときは鎧を身に着けておらず、黒の隊服姿なので、体格のよいお兄さんにしか見えない。アルさんは、陽気な性格に似合うレモン色の髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「こんだけスライムを投入したら、王都のドブ川が清流になっちまうな」

「えへへ……川沿いの地価あがって都長に表彰されちゃうかも」

「ほらほら、バカ言ってないで、手を動かして。スライムは術者には無害でも、書類とかはどんどん溶かしちゃうんだから〜」

「はーい」

「よし、じゃあスライム共はこのカゴに入れてくれ。市内配置の手続きはオレの方でして大丈夫だよな」

「あ、すっごく助かります」


 アルさんの持ってきたカゴに、バケツリレーの要領でスライムを運んでいく。巨大な水まんじゅうに小さく目をつけたようなそれは、抱えるとくすぐったそうに身を揺らした。すこし目が離れたとぼけた表情が可愛くて、いつもペットにしたいなといつも思う。

 ご飯は多分雑食なので、生ゴミでも何でも大丈夫だろう。うっかりすると洋服とか制服は溶かされてしまうかもだけど、噛みつかれたりする心配はない。召喚されたモンスターは召喚士に危害を加えることができないのが〈世界のことわり〉だ。きっとうまく生活できる。


 ……これは、召喚士になって一番初めにスピカ姉さんに教わったことだ。

 召喚士に喚び出された魔物は皆、召喚獣と呼ばれる。そして、召喚獣は〈世界のことわり〉と呼ばれる見えない鎖に縛られて、この世界に繋がれるのだ。

 〈理〉の支配下にある召喚獣は、主である召喚士に危害を加えることができない。そして、召喚士が与えた〈使命〉を全うするまで、元の世界に還れない。己の自由を得るためにも、召喚獣はあるじの命令に従い、尽くすのだと言う。


 わたしは別れを惜しんで、丸い頭を撫でてやった。

「スライム君たち、お仕事がんばってね」

 どこの器官が鳴っているか皆目わからないけれど、スライムは「プッキュ」と鳴いて返事をした。


 召喚院で喚び出された召喚獣は普通、国と民のために使役される。このスライムも、王宮のどこかの川や下水道に放たれる予定だ。スライムはヘドロなど水底に沈んだ不純物を体内で取り込んで消化する性質があって、水質環境の美化にとても役立つそうだ。

 しかし、元の世界にはそう簡単には還れない。召喚主――この場合は自分が主にあたる――の与えた〈使命〉を達成しないと、元の世界に帰れないのだ。


「……ねえ、スピカ姉さん。この子たち、どれくらいお仕事したら自分たちの巣に還れるのかな?」

「そうねえ。〈使命〉っていっても、配属された場所が綺麗になったら……でしょ? せいぜい半年から一年ってとこじゃないかな。集団で喚ばれたのは幸運だったね。お仕事、手分けできるし、早く終わるよ」

「そっか、じゃあ良かった。スライム君たち。みんなと一緒に頑張るんだよ」

 撫でてやれば、スライムは手のひらに冷たい。不思議と崩れないゼリー状のそれを、気が済むまで撫でてやった。

 自分は、スライムとは違う。魔王が倒されるのを、ここで待たなくてはいけない。それがいつになるのか。半年後か、一年後か……。

(もしかして、このまま一生――……)

 思わず怖い想像が頭を過り、わたしは首をぶんぶんと横に振った。


「もう、『スライム君たちがんばってね』じゃないでしょ。頑張らなきゃいけないのは、ユウの方。低級魔物ばっかり召喚してどうするの」

「ぐうの音も出ない」

 スピカ姉さんの鋭い指摘に、わたしは呻いた。

 召喚院で働くようになって六ヶ月、ろくなものを召喚していない。常連なのはスライム、はなモグラ、いたずらウサギ、おおナナフシ、運が良くて、ゴブリンだ。もはやモンスターでもないものも沢山召喚士した。密林あたりに生えていそうなシダ植物や、どこぞのお宅のちゃぶ台セットなんて日もあったっけ……。いやいやいや、責はわたしにはない。召喚術が繊細すぎるのだ、ウン。


「魔物なら、せめて言葉が通じる人型のを召喚してくれれば、召喚院も助かるのに。ストーンゴーレムとか」

 スピカ姉さんはスライムを運ぶ手を緩めずに言った。

「あ、ストーンゴーレム、あいつ良いよな! 新陛下の戴冠式の警備で一緒になったことあったけど、召喚術師の命令には従順だし、パワーはあるし! 移動がのろいのがちょっとアレだけどな〜」

「へえ……。じゃあ次は、ゴーレム目当てで召喚してみようかな」

「コラ。ユウは勇者召喚でしょ」

「う……心得ております」

「ハハハ。そうだぞユウ。次こそスキル持ちの勇者で頼むよ」

「むぅ……釘刺されまくってる……」


 召喚院の本来のお仕事は、もっぱら召喚獣の召喚だ。召喚獣の力を借りて、国や民のために使役する。あふれる川を堰き止め治水し、道を開き、火を操り、水で満たすのだ。

 千年前の魔国軍との大戦後も、戦火で傷ついた民の暮らしを召喚獣の力を借りていち早く立て直したと聞いている。非力な人族が都をここまで大きく豊かにできたのは、召喚士と召喚獣の功績が大きかったと聞いている。


 しかし、新王がたってからというもの、召喚院は変わった。それがこの部屋に掲げている標語にも現れている。

「魔王、倒すべし」、「勇者、召喚すべし」。――毛筆でデカデカと書かれている。まるでノルマの厳しい営業所のような無粋さと物々しさだ。半年前に立ったばかりの新王アレスは、長い休戦に飽いて軍備を整えるのに夢中だと、もっぱら王宮内での噂だ。


(戦争なんて、したがる人の気が知れないよ)

 敗戦の歴史がある日本出身で、争いが苦手な自分は、当然そう思ってしまう。けれど、雇われの身分でそれを口にしようとは思わない。それこそ、不和の種になってしまうからだ。

(王宮にも、いろんな人がいるからね……)

 新しい王様に夢中な人、魔族を憎んでいる人。人の数だけ主張があるから、無闇に発言すれば波風を立ててしまう。わたしはそっと垂れ幕に背を向けて、スライムバケツリレーの業務に集中した。




 外の廊下がふいにガヤガヤと騒がしくなった。どうやら、お昼の休憩時間になったようだった。同じ緑の制服姿の召喚士たちが、ドアの外をぞろぞろと食堂に移動している。

 その一群の何人かが部屋の外のスライム籠を見つけて、愉快そうに部屋を覗きこんだ。


「お、〈ハズレくじのユウ〉がまたやったか!」

「今日はスライムで一個小隊か、やるなあ」

「さすが〈ハズレ召喚士〉! コレに懲りずにどんどん引いていつかアタリを引けよ! がんばれ!」

 おじさんたちは心から愉快そうに野次を投げる。わたしは、ハハと曖昧に笑みを浮かべてごまかした。

「ありがとうございますぅ……」

 そう言い終わるのを待たず、おじさんたちは自己完結の爆笑を石造りの廊下に響かせて、去っていってしまった。


「……」

 アルさんも、スピカ姉さんもいるのに、からかわれてしまった。きまずさに、だんだんと顔が赤くなるのを感じた。


「ユ、ユウちゃん、あいつら悪気はないんだよ! このまえの居酒屋で、ユウの事を孫みたいだって笑ってたし! アレは多分笑い話にしてやろうというオジサンなりのズレた気遣いだから! こういう時は善意だけ真芯で捉えて、他は横に受け流すのがコツだぞ!」

「このタイミングで言ったらフォローみたいに聞こえるカモだけど、ホントだからね、ユウ! 召喚院はみんな、あなたを心配してるし、応援してるんだから!!」

「はは……。だ、大丈夫。ありがとう、姉さん、アルさん」

 矢継ぎ早に優しい言葉をもらって、なんだか惨めになってくる。



 〈ハズレ召喚士〉。

 それがわたしの〈ハズレ異世界人〉に次ぐ二つ目の称号だ。



 召喚院で働くようになって六ヶ月。たったそれだけで難解な召喚魔法ができるようになれば苦労はしない。

 召喚に使う魔法陣は、細かく描き込まれた模様のどれをとっても、無駄なく意味が込められている。

 狙い通りの召喚結果を得るためには、古代文字での記述は基本中の基本。その上で歴代改定された最新の術式を臨機応変に組み上げなくてはいけない。とても難しい魔法なのだ。


 魔法陣を床に描くための技術も馬鹿にならない。陣を描くための杖には、先端に金具で留めたチョークがある。これを使ってコンパスの要領で振り回して床に魔法陣を描いていくのだけれど、扱いが難しい。

 まず自分の身長よりも柄が長い。それがとても重くて、重心がグラグラ揺れて、思い通りには動かせないのだ。

 大きい円を書くために、正確に一回転をしなくてはならないのも難しい。わたしが初めてやったときには、途中で足が絡まって、無様にすっ転んでしまった。

(あれはなかなか恥ずかしかった……)

 線の強さ、均一さ、円形の正確さも重要だ。少しでも陣が歪めば正しい結果は得られない。一朝一夕では到底身につく技術ではなかった。


 だからという訳ではないけれど、ユウは「感覚」で異世界にアクセスするタイプの召喚士となった。

 これは、高度な術式を緻密に組み上げる召喚術とはちがう。異世界にチャンネルを開く魔法陣だけをスピカ姉さんに描いてもらって、あとは自分の感覚で補っていく。手探りで異世界の住人の気配を掴み、こちらの世界に喚んでくる。実に雑で乱暴なやり方で召喚をしている。

 そんな感じの運任せの召喚だからか、召喚されるものはどれも期待はずれな低級モンスターばかりだ。おかげで、〈ハズレ異世界人〉の出自と掛けて、〈ハズレ召喚士〉、〈ハズレくじのユウ〉などとザンネンなあだ名が付けられてしまった。


 もちろん、召喚院のみんなが悪意をもって呼んでるわけではないは分かっている。クジを引くような召喚するやり方は、この国でやっているのはわたしだけだから、(原始的すぎてとっくの昔に記述が失われてしまった、らしい)温故知新じゃないけれど、みんな次なる新技術のために、わたしの素朴で原始的な召喚術に注目しているのだ。


「……えへへ、大丈夫。心配しないでください。わたし、家で〈アタリくじのユウ〉ってサイン練習してるし」

 わたしが軽口をたたくと、アルさんもスピカ姉さんも少し安心したような表情に変わった。

「その意気だぞ! サインは食堂の一番目立つとこに飾ってもらえ!」

「大通りの英傑亭えいけつていのカウンターにも飾ってもらお!」

トレジャーくじの売店にもだ!」

 二人に同時に背中をバンと叩かれて、思わず笑顔になる。

 わたしは、この二人が好きだ。年も離れているし、髪の色も、生まれもちがうけれど。本当に良い人に恵まれた。


(がんばらなくちゃ……!)


 戦争を吹っかけたいお国のために頑張る気は、まだまだ、湧いてこない。

 でも、異邦人である自分に優しくしてくれる二人のためには、頑張りたい。

 むん!と腕まくりをして、ジャレつくスライムたちをキビキビと運んだ。

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