ハズレ異世界人

「ようこそいらっしゃいました勇者様。召喚院の召喚士一同、お待ちしておりました」

「……は……。はぇ……?」


 わたしは、かけられた声になんと答えていいのか分からず、あたりを見回した。

 そこには、日本らしからぬ建築が広がっていた。ギリシャの神殿にありそうな装飾過多の白い石柱が高くそびえている。夕焼けの光を受けてて茜色に染まる白大理石の壁。アーチ状に縁取られた内庭には噴水と東屋が優雅に佇んでいる。

 ここは、どこかの宮殿であるらしい。

 制服の足元に冷たい大理石の石床の感触がした。白いチョークで描かれた魔法陣の中央に自分がいるのだと分かった。


 そこからの展開は怒涛すぎて、あまりよく覚えていない。召喚院。白大理石の光の王宮。見たことない形をした文字。見たことのない服飾。ヨーロッパを思わせるけれど、どこか違う文化様式。……フィクション界隈でよく聞く「召喚」で「異世界転移」だと察しはついたけれど、その察しを受け入れるのには数日。フィクションの異世界転移者は切り替えが早くてすごいなと、他人事のように思った。




 話を要約すると、自分はどうやら〈勇者〉としてこの世界に召喚されたらしい。




 信じられない話だけれども、起きてしまったことだし事実のようだから、そのように飲み込むしかない。

 召喚士複数人で大掛かりの召喚儀式を執り行い、高い魔力を編み上げて、ゲートを開き呼び出したのが、このわたしだという。驚いて、言葉もない。


 しかしフィクションでよく見るタイプの、特殊な能力が使えるタイプの勇者ではないことが、すぐに判明してしまった。

 不思議な水晶に手をかざす試験で、自分には「これといって特別なスキルは特にない」という結論が導き出されてしまったのだ。自分のスキルは、異世界人がデフォルトでみんな持っている「自動翻訳能力」と、「少しの魔力」だけ、だそうだ。

 このあたりで、召喚士たちの落胆の色が強くなった。


 念の為、伝説の勇者だけが抜くことが出来ると言われる〈太陽の剣〉を引き抜くテストを受けた。これまた当然、抜けるわけがなかった。

 ここで、召喚士たちはお通夜モードに突入していた。


 まことに残念なことに、自分は勇者ではないことが分かった。


(まあ……そうだよね……)

 だって、こうなる直前まで、進路に悩んでウジウジしていたような人間だもの。伝説の剣を振り回し、物語もブンブン振り回す勇者であるわけがない。


 でも、召喚士のおじさんが言うには、高難易度の召喚術で自分のような凡人を喚んでしてしまうことは、珍しい事でもないらしい。

 加えて、異世界の文化を知る〈ハズレ異世界人〉たちは、それなりに重宝されるという。料理人なら故郷の料理で一財築くそうだし、音楽家や芸術家なら文化レベルを飛躍的に向上させ、医者なら薬学などを伝達・研究して大変重宝されるとか。……確かにそんなあらすじのラノベを本屋で見たことがある。現代の知識が異世界でも歓迎されるのは、わかる気がした。


 けれど、今回召喚されたのは、このわたしだ。義務教育も終えていない、年端の行かない小娘に、国のために何ができる?と、役人たちの顔に書いてあった。不本意ながら、わたしも同じ考えだ。


 だから当然こう申し出た。

「あ……あの……。わたし、あまりお役に立てなそうですし、家に帰りたいので、元の世界にかえしてもらいたいのですけど……」

 召喚士たちは、心から申し訳無さそうに頭をたれた。

 

「真に申し訳ないが、現代の召喚魔法にはあなたを元の世界へ送り届けるすべがありません」


 絶句するわたしに、召喚士たちは言った。

「真の勇者によって魔王が倒され、真の平和がこの国に訪れれば、こちらに喚ばれたあなたも一緒に元の世界に戻れるはずです。どうか我らの悲願が達成される時まで、ご自身のできることを成し、我が国・ヴァルハラの発展にご協力ください」と――。



 勝手に連れてこられた場所で、突然突き放されてしまった。

 わたしは、先の見えない展開に、途方に暮れるしかなかったのだった。

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