ハズレ召喚士の始末書日誌〜勇者と間違えて魔王を召喚してしまいました〜

@chimomomo

始末書1・ハズレ召喚士のユウ=ヅツは魔王イオスを召喚してしまいました

プロローグ

「いやいやいやいやいやいやいやいやウソですよね? じょ、冗談は、やめて下さい!」

 わたしことユウ=ヅツは、顔面に笑顔になり損なった表情を貼り付けた。腰が抜けた体は重く、それでも夢中で後ろに後ろに下がろうと体を引きずった。とにかく逃げなくてはならない。このままでは、きっと殺されてしまう。


 しかし、やっと着慣れてきた召喚着ローブの長い袖を、こともあろうか自分の尻で踏んでしまった。これでは、うまく身動きが取れない。落ち着け落ち着け、と繰り返し自分に言い聞かせるけれど、意に反して腕も足も震えるばかり。前下がりショートボブを乱して目指す出口を振り返るが、ジャリと石床を踏む音に弾かれたように前を向き直した。


 召喚院の召喚室は石造りで冷たく、暗い。ろうそく一つの視界の悪い室内に、血を思わせる赤黒い紋様が呼吸をするようにぼんやりと光って浮かぶ。眼前の、黒い鎧の、模様だった。


「……この俺が、下らん嘘をつくと思うか」

 そう言った黒い鎧の男は、召喚陣から一歩前へ足を踏み出した。ズシンと足元の石床が揺れた気さえした。


 見上げれば、3メートルを超える岩のような巨体。自分の小柄な体にズイと、表情のない黒い頭を近づけた。

 ――「表情のない」とは、比喩表現でも形容でもない。文字通りこの男には「顔」がない。のっぺりとした黒色だけがある。暗い闇を分厚く塗り固めた顔面は、光を吸いただ黒く穿たれている。そこから、ぬうと伸びた二本の漆黒の長い角は、雄弁に人ならざる者であることを物語っていた。身に着けた黒い鎧は呆れるほど大きく、紋様が心臓の鼓動のようにゆっくりと点滅して光る。禍々しい。厄災が姿を現したら、きっとこういう形をしている。


「何度でも、言ってやろう」

 男は、真っ黒な顔面で、抑揚なく言った。

「俺の名は、イオス=フォロス。魔国ゲヘナ18代目の魔王だ。」

「わーーーわーーー!! ウソだーーーーー!!」




 ――およそ千年前。人族が統治する国・ヴァルハラは、魔族が治める国・ゲヘナと戦争状態にあった。世界を二分する大戦の後、停戦協定が結ばれる。そして今日までの約千年の間、世界は停戦という名の平和を享受していた。

 二年前、人国ヴァルハラに新王アレスが立った。千年の仮初の平和に飽いた新王は、兵力増強に傾いていった。そしてユウが務める召喚院にも〈勇者〉の召喚するよう勅令が下る。敵国・魔国ゲヘナの王、いわゆる〈魔王〉を討伐するためだった。


(勇者をび出すつもりが……)


 確かにわたしは技術も未熟な新米召喚士だ。〈ハズレ召喚士〉とあだ名されるくらいの、ぽんこつ召喚士だ。それが勇者を召喚しようとするなんて、たいそれた事をしたからいけなかった。でも、それがこの世界でわたしに与えられた仕事なんだから、仕方ない。

 それが、まさか、こんな。こんなことが起きるなんて、夢にも思わないじゃないか。


(魔王を喚び出しちゃった……!)


 つい涙目になっちゃっても、仕方がない案件だと思う。






 これは、勇者を喚び出そうとしてうっかり魔王を喚びだしてしまったわたし――ハズレ召喚士のユウ=ヅツと、魔王イオスが、元の世界へ戻るために奮闘する一部始終の物語。

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