第39話 不調と好調 合宿一回戦

 期待はあるが、その期待とは反対に調子を落としている七海の打席。

 絶対的なレギュラーから調子の良い誰かと併用となるかもしれない、判断をするための試合の中の大切な打席だ。


「ストライク!」


 七海は初球を見送った。チャンスの場面での微妙なコースへの初球だ、無理に手を出す場面ではなく、判断としては間違ってはいない。


 二球目、今度も難しい球を見送った七海に、主審の晴は『ストライク』のコールをする。


 最後はピッチャーをメインにしている選手で締めることができるため焦ることはないが、二点を追いかける状況のため早めに追いついてはおきたい。

 それに、ピッチャーをメインにしている選手と言えども、あくまでも普通の試合に戻るだけのため、失点する可能性は十分に考えられる。


 七海の三球目、今度はやや外れた球だ。キャッチャーの紗枝が構えたコースよりも外れた失投。

 しかし、その球に七海のバットは反応した。


「ファースト!」


 嫌な金属音が響く打ち損じの打球。打球はファウルゾーンへの弱々しい当たりだ。

 鳳凰のファースト、七草露はガッチリと打球を掴んだ。


「アウト!」


 流れが続いていた中で三球で仕留められた。

 七海は悔しさはもちろんだが、それを爆発させる行き場もなく、微妙な表情を浮かべていた。


 選球眼の良い七海がボール球に手を出す。選球眼も完璧な人はいないため、それはあることと言えばあることだ。

 ただ、今回の場合に限っては単なるミスではない。


 副キャプテンながら、ここ最近は結果を出していなかった。レギュラーとして選ばれていながらも、背後から迫ってくる他の選手に比べて、七海は結果を残せていないため、それ故に焦りがあったように見える。

 負けたくないというプライド。

 負けてしまうかもしれないという焦り。

 副キャプテンとしての重圧。

 そして、三年生が引退してチームを引っ張っていかなければならないという責任もあるだろう。


 それでも巧は、七海を副キャプテンに任命したのは間違いだと思っていない。

 目先のことを考えれば、七海に副キャプテンを任せなかった方が結果は残せていただろう。しかし、不調自体は夏の大会からのものだ。

 様々なプレッシャーを乗り越えることで、さらに高みに行ける。

 巧は七海に対して、そう期待していた。




 続くのは八番の鈴里。

 守備は申し分ない鈴里に期待するのは、バッティングだけだ。


 しかし、そんな鈴里のバッティングを見ることはできなかった。

 七海を打ち取ったことで勢いづいた相手ピッチャーは、コースを攻めるあまり際どいところで外している。

 その結果、フォアボールとなった。


「くそっ!」


 相手ピッチャーはマウンド上で悔しそうにしている。それもそのはず、一歩違えば……もしかしたら審判さえ違えばコントロールで翻弄するナイスピッチングとなっていたのだから。


 ただ、それも『たられば』の話だ。

 ワンアウトながら満塁のチャンスを作った明鈴としては、なんとかこのチャンスをモノにしたい。


「頼んだぞ、煌」


「りょーかい」


 獲物を狙うような目つきで、煌は打席に入る。


 煌はバッティングが良くない、守備型の選手だ。

 選手層が薄い明鈴だからこそ、その守備を見込んでレギュラーとして選手した巧だが、本人はその立場に甘んじるつもりはない。

 現時点でのレギュラーを選手たちに伝えた際、煌と鈴里はだということを理解していた。

 それ故に、改善点であるバッティングに力を入れはじめた。

 鈴里はまだ糸口を見つけられていないが、煌はバットを寝かせる打法に変え、とにかく当てることを意識し始めた。その結果、以前よりもバットコントロールがついた印象がある。

 まだ完全なモノにしたわけではないが、少なからずキッカケは掴めている。


 そして結果はついてきた。


 フォアボールを出したこともあり、ツーボールワンストライクと相手ピッチャーのコントロールが定まらない中、カウントを取りにいった甘い球を弾き返す。

 フラフラっと上がった打球ながらも、二遊間後方のセンター前に打球は落ちる。


「バックホーム!」


 セカンドランナーが返ってもおかしくない場面で相手は焦りながら声を上げる。

 ただ、アウトカウントには余裕があり、セカンドランナーは足の遅い黒絵だ。無理に回す必要がないもなく、それぞれが進塁したシングルヒットとなった。

 それでも満塁の状況だ。確実に一点を返すことに成功した。


「ナイスバッティング!」


 ベンチは大盛り上がりだ。

 欲を言えばこのチャンスで同点までは追いつきたかったが、アウトカウントを増やさずにチャンスは継続している。まだまだ追加点の可能性は十分にある。


「あと一歩、かな」


 バッティングが苦手とはいえ、何打席もあれば流石に一本はヒットを打つ。

 もちろんこのヒットがただの偶然とは思っておらず、煌の努力の上で成り立っているものだ。しかし、一本のヒットでバッティングが向上したと考えるには、まだ判断材料が不足していた。


 それに、外野に飛ばそうとした当たりが結果的にヒットになったというようなバッティングだった。ヒットになるべくしてヒットになったというよりも、打ち損じたからこそ誰も処理できない位置に落ちたというような当たりだ。


 課題はまだまだ多い。

 この試合は制約は多いものの、ベストに近いメンバーを出している。光と亜澄はベンチスタートなものの、亜澄に関しては不調のため、これからもベンチスタートの可能性は大いにあり得るだろう。

 光はキャプテンであり、チームの中心ともなりつつあるが、絶対に代えの効かない存在というほどまでには至っていない。

 例を挙げるなら、夜空や珠姫のような選手……もしくは手薄だった外野の生命線である由真のような選手になってほしい。

 盗塁技術に関しては群を抜いているが、欲を言えば、出塁率の向上と安定、守備力の向上、もっと言えば長距離を打てるバッティングだ。

 もう少し……あと少しだけ、巧の考える理想には足りていなかった。


 そして、次に打席を迎えるのは、現在の明鈴を支える守備の要……、


「よっしゃ! やったるで!」


 どこでも守れるオールラウンダー、姉崎陽依だ。

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