第27話 軽く重い一打 選抜vs光陵

 三者凡退で終わった六回表、最後にはセンターを守る春海のファインプレーも飛び出し、光陵が流れを一気に引き寄せた。

 しかし、選抜メンバーチームも流れを掴ませまいと守備に一層気合いを入れている。

 そんな中、選抜メンバーチームは守備の変更を行った。


 ピッチャーの琉華がサードに戻り、サードの巧がショート……メインポジションに入る。そしてショートの晴がピッチャーとしてマウンドに立った。

 この交代は予定通りで、七回裏には夜空がマウンドに上がる予定だ。選抜メンバー内でメインポジションがピッチャーというのは秀のみのため、野手でピッチャーができる琉華、晴、夜空が一イニングずつ投げるということだ。

 そのため、五回裏に琉華が崩れかけた時は巧は……そして恐らくベンチで指揮を取る佐伯先生も肝を冷やしていただろう。代わりがいないため、気軽に交代という手段が取れない。もし崩れたまま一イニングで大量失点ということになってしまえば、その後の展開にまで響いてくる。

 だからこそ、晴にはこの六回裏のマウンドをしっかり守ってもらいたい。

 晴は実際に県大会でピッチャーと登板していた実績がある。メインポジションをピッチャーとしている選手と比較すれば劣ってしまうものの、強肩を活かしたパワーピッチングが魅力的だ。投手としても野手としても、夜空とかなり似たスタイルと言えるだろう。


 しかし、光陵の攻撃は猛攻にもなり得るクリーンナップから始まる。打席には三番の流が入った。

 その流に対して晴の初球。まずは様子を見るように、外角低めに一球投じた。


「ストライク!」


 力強いストレートは外角低めを貫いた。

 ただ、バッターの流もファーストストライクを狙って来ており、当たれば大きな当たりとなりそうな鋭いスイングだ。ピッチャーの代わり際を叩こうとしたこの一球だったが、流のバットは空を切った。

 ここで打たれていればひとたまりもなかっただろう。しかし、ストライク先行となったことによって、晴としても気楽にピッチングができるようになっただろう。


 二球目、今度は内角への球、しかしゆったりとしたカーブを晴は投げ込んだ。バッターの流はタイミングが合わず、無理に打つ球でもないため見送った。


「ストライク!」


 簡単に二球で追い込んだ。

 追い込み方もストレート、カーブと緩急を使っており、他の変化球は見せていない。あとはどのコースにも投げられる、晴にとっては圧倒的に有利な状況だ。

 逆に有利な状況となると、無駄に考え込んでしまう時間がある。ただ、晴はそんな考え込む時間を自分に与えさせる暇もなく、続けてテンポ良く三球目を投げ込んだ。

 三球目に流はまたも見送った。


「ボール」


 その球は判定を聞くまでもなく、ボール球だと分かるほど外れていた。外角への緩いカーブを立て続けに投げ、その球低く外れ……いや、低く外してベース付近でワンバウンドして榛名さんのミットに収まった。

 もう一球緩い球を投げておきたかったのだろう。

 そして四球目、今度は内角低めの球だ。その球に流のバットは空を切る。


「ストライク! バッターアウト!」


 外内外内と単調な配球ではあったが、球種や緩急を使い分けることによって上手く空振り三振を奪い取った。

 最後の球はフォーク。球速はストレートとカーブの中間辺りだが、そのことがバッターを惑わせた。ストレートも一球見ているとはいえ、カーブのイメージが強くなっている。そのタイミングでカーブよりも速いフォークが来たことによって、流はストレートが来たと誤認してしまったのだ。

 追い込まれている流はスイングしなくてはならない。ストレートに合わせてスイングしたバットにフォークは当たらず、空振りとなった。


 三番の流を空振り三振に切ったが、その次は光陵で最も怖いバッター、立花琥珀だ。

 琥珀はこの試合二打数一安打とヒットを放っており、当たっているバッターではある。それに加えて、甲子園を決める県大会では六割を超える打率を残している。そしてホームランバッターというわけでもない琥珀だが、二本塁打も記録していた。その記録も打率十割で六本のホームランを記録している珠姫と比較すると霞んでしまうが、十分に良い成績だ。

 出場する県が違うとはいえ、県大会において珠姫は十打数十安打、六本塁打十九打点で四つの四球を選んでいる。琥珀は十四打数九安打、二本塁打十二打点で三つの四球を選んでいた。

 同じ四番ながら琥珀は打点が少ないが、それは周りが強打者揃いだからだ。光陵のオーダーは完璧に固定されているわけではないが、六試合中、流と咲良が二試合ずつ、魁と恭子が一試合ずつ三番として出場している。仮に一、二番でランナーを溜めたとしても三番が返してしまうことが多く、それが打点に繋がらなかったようだ。

 しかし、九本のヒットで十二打点ということは、平均するとヒット一本につき一点以上は点を入れているということになるため、十分に打っている証拠だ。

 珠姫が規格外なだけで、琥珀も全国で通用するほどの選手ということは変わりない。

 そしてランナーなしの状況とはいえ琥珀が打席に立つということで、巧は何か起こるような気がしてならなかった。




 琥珀への初球、晴はまず様子見として外側にストレートを投げ込んだ。


「ボール」


 際どいコースで琥珀を牽制しようという球だったが、そのストレートは外れる。僅かに外れただけの球を、初球のため振らなかったのか見切った上で振らなかったのかわからないが、琥珀は見送った。終盤になってから……特にマウンドに立ってからの琥珀の集中力は凄まじい。

 試合序盤に集中して後半に集中力が落ちるタイプ選手と、試合序盤は集中し切っていないが後半にかけて集中力が増すタイプの選手がいるが、琥珀は後者だ。もちろん試合全体で集中できると良いが、現実的に難しいことも事実で、琥珀は後半で集中するためにあえて少しだけ集中するようにしているということを聞いたことがあった。

 それに加えて、四点差がついた状況で光陵は逆境に立たされている。この攻撃が終わってもあと一度攻撃が残っているが、琥珀にまで回る可能性はあまり高くない。この打席を光陵が勢いに乗れる一打にしたいと考えているだろう。


 二球目、今度は内角低め。しかし緩急をつけたカーブが琥珀の内角を抉る。

 そんな球を琥珀なバットは捉えた。


「ファウルボール」


 速い球から緩い球へと緩急のつけた投球だったが、琥珀のスイングは焦ることなくしっかりと振り抜いていた。しかし、待ちすぎた結果かレフト線へのファウルとなった。

 ただ、力の入りにくい流し打ち方向にも関わらず、琥珀のバットから放たれたのは力強い打球だ。元々広角へ打てるというのはわかっていたが、それでも打球の強烈さに巧は一歩二歩と退いた。


 そして三球目、今度も内角、しかし高めへのストレートだ。速い球、緩い球と続いてからの速い球を琥珀へ見送った。


「ボール」


 高く外れてボールの判定。自信満々の打つ気のない仕草から、ボールと見切っていたのだろう。

 榛名さんのミットに収まった球を見ればストライクかボールの判断はつくが、ピッチャーの指先から放たれた球がキャッチャーのミットに収まるまではコンマ数秒。コースによっては打つつもりのはずだが、その判断を琥珀は瞬時にしている。

 野球とはそういうものではあるが、振りたくなる高めの球に釣られることなく、琥珀はすでに次の球を意識していた。


 四球目。今度は緩すぎず速くもない球を、晴は外角へと投げ込む。その球はホームベースの手前でカクンと落下するフォークだ。

 琥珀のバットはその球を捉えた。


「レフトー!」


 レフトへと高く上がった打球。その打球を見て、巧は追いかけるのも中継に入る準備さえも辞めた。


 琥珀のバットから放たれた打球は、左中間レフトスタンドへと吸い込まれていった。


 軽いスイング。そう見えるスイングだったが、鋭いスイングでもあった。バットがボールに当たるインパクトの瞬間、そこで琥珀は力を強く入れたのだ。

 体格は優れているとは言えない琥珀は、技術で打球をスタンドまで運ぶ術を持っている。


 軽く打ち、何気ないその一打は、ホームランを打たれたという実感が湧かない一打だった。

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