第8話 弁解と考え
「先に弁解させて欲しい」
今までテンションが低かった明音だったが、唐突にそう切り出した。
その勢いに気圧されながら、巧は「お、おう?」と返す。
「普段はこんな格好しないから。今日はたまたまなの。実家に帰ってる途中につばめと会って、ちょっとキャッチボールしよって誘われたのが昨日だったの。つばめとまつりちゃんの三人って聞いてたし、軽く運動するだけのつもりだったの!」
「お、おう」
お互いに気まずい雰囲気が漂っていたが、巧は特に気にしていない。
確かに私服とは違ってラフな格好ではあるが、十分可愛らしい格好をしている。
「……巧は私が来るって知ってたの?」
「いや、何も聞いてないな。先週くらいに練習することになって、明音は昨日誘われたならわざとだろう」
どういう意図があって黙っていたのかはわからないが、単純に面白半分で黙っていたのだろう。巧と明音がどんな反応をするのか見たかったのかもしれない。
巧は『明音がいるなー』くらいの反応だったが、明音のリアクションは大きく、まつりとつばめちゃんに遊ばれた感が否めない。
……後でキツめのノックをしてやろう。
「てか、つばめちゃんとも知り合いだったんだな。……まつりとシニアで会ってたならそれもそうか」
まつりとつばめちゃんは仲が良く、基本的に行動を共にしている。学校は違うが休日はシニアで会い、シニアが休みの日や平日の学校後に遊ぶことも良くあった。
そのため、二人が仲良くなった中学一年生の頃……巧が中学二年生の頃から巧とつばめちゃんは面識があり、それなりに仲良くさせてもらっていた。
そうなればシニアで明音とまつりが再会した時に、つばめちゃんとも面識があってもおかしくない。そう巧は考えた。
しかし、明音の答えは違う。
「つばめとは近所なんだよね。だから小学生の頃からの知り合いで、むしろまつりちゃんとシニアで会った方がつばめ繋がりだよ」
巧が思っていた方と逆だった。
流石につばめちゃんの家は知らないが、明音の家と同じ地区だったことを思い出した。とは言っても地区の範囲が広いため、近所だとまでは思わなかった。
「じゃあ司も家が近いのか。意外なところに繋がりがあるもんだな」
「え? あ、うん。そうだね……」
以前司の家に行った時に、近くにも他に『近藤』や神崎』の表札の家があった。
今のところ名前や苗字が被っていることはないが、同じ苗字の選手が入ってきてもおかしくないし、巧とまつり、由真と由衣のように兄弟姉妹で野球部に入るなんてこともあり得るかもしれない。
「……まあ、そろそろ私たちも体動かしましょっか」
「そうだな」
「前は司としかしてないし、初めてのキャッチボールだね」
明音はそう言いながらボールとグラブを持って離れていき、ゆっくりとキャッチボールを始めた。
午後もノックを中心に行った。
バッティング練習も行ったが、人数が少ないため、軽く投げた球をコース打ち分けする程度だ。
ノックはまつりとつばめちゃんは厳しめにする。巧と明音をからかったお返しとばかりに、少し意地悪をした。ただ、捕れるかどうかギリギリを狙うため、単純な嫌がらせではなく成長するためのことでもあった。
明音は明日から合宿のため、軽めに済ませる。
今日は元々一日休みだったこともあり、昨日の練習後に実家に帰り、今日の昼頃には愛知に戻る予定だったらしく、少し早めに練習を切り上げて明音は先に帰って行った。ゆったりと練習しながらも、二時間も経たないうちに帰ったため、本当に軽く練習するだけのつもりだったようだ。
まつりとつばめちゃんは練習をしたかった半分、からかいたかった半分で明音を呼んだのだろう。
……つばめちゃんは巧と二人で話す分には元気で明るく礼儀正しい子なのだが、どうもまつりと一緒にいると悪ふざけしてしまうように思える。
今はまつりがお手洗いで咳を外しており、つばめちゃんと二人きりだ。
つばめちゃんはフランクに、礼儀正しく話しかけてきた。
「巧くん、今日は練習付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、力になれたなら良かったよ」
つばめちゃんからすると巧は友達の兄ではあるが、それなりに仲良くしているためタメ口混じりの敬語だ。年下でも嫌な気分にならない口調で話している。
学校もシニアも別のため先輩後輩の関係でもないため、堅くなりすぎないのだろう。
巧の方からも自然と話を切り出した。
「つばめちゃんも明鈴の予定だっけ?」
「はい! 強いところで野球をしたいっていうのもあるけど、外から見てて部員の雰囲気も良かったし、知ってる人がいるっていうのも安心できると思ったので。もちろん巧くんがいるから優遇して欲しいとかじゃないけど、監督と話しやすいと采配の意図とかも納得できますし。他にも色々と理由はあるけど、だいたいそんな感じです」
「なるほどね」
つばめちゃんの言うことは一理ある。
監督の采配や練習方法に疑問を抱くことも、全くないわけではない。
選手の立場からすれば、干されないためにも監督の機嫌を取ろうとしてしまうこともあり、疑問や意見を口に出せない。コミュニケーションが取りやすい同年代の監督であれば、多少なりとも話しやすさはある。
監督である巧も一年前までは選手で、似たような目線で物事を見れるというメリットもあった。
もちろん巧は監督の経験が浅いというデメリットもあるが、様々なメリットとデメリットを考え、その結果明鈴という選択をしたのだろう。
「一つだけ聞きたいことがあるんですけど……」
つばめちゃんは遠慮がちにおずおずと手を上げる。
巧は「どうぞ」と言うと、「失礼かもしれないですけど」と前置きを入れて話し始める。
「私が明鈴に入ったら、レギュラーになれますか?」
多分純粋に聞きたかったからというだけだろう。レギュラーになれないのなら入学しないとかではなく、純粋に自分の実力と明鈴の現戦力とで比較したいだけの質問だ。
遠慮がちに、不安そうにそう尋ねてきた。
巧は「うーん」と考えた上で口を開く。
「とりあえず練習試合で試してみるかな? まだレギュラーも一部以外は確定してないし、打線と守備でバランスが取れそうな人を俺は使うよ」
打撃ばかりに力を入れて守備はボロボロ、もしくは守備ばかりに力を入れて得点できないという極端な采配はしたくない。
少なくともセカンド、ショート、センターは守備力が中心となり、その中で守れると判断した選手の中で打てる選手を起用する。例えホームランバッターだろうと、エラーばかりするのであれば使わないか、使うならファーストやレフトなどの比較的守備力が求められないポジションだ。……それでも一定の守備力は当然必要だが。
そして、今の明鈴で外せない選手は、伊澄、司、亜澄、七海、白雪、陽依の六人だ。
光も現状の明鈴では外せない選手ではあるが、もし光以上の選手が入って来ればその位置も危うくなる。
白雪も成長込みということと、ショートをメインに守る選手がいないこと、ショートを守れる鈴里のショートの守備力が白雪に若干勝る程度のため起用している。当然白雪以上の選手が入って来ればその立ち位置は危うくなる。
他の選手に関しては、同じポジションで良い選手がいれば別のポジションでの起用と考えている。現状の打線の要のため、強豪校のレギュラークラスの選手が大量に入ってこない限りはどうあがいても外せないのだ。その点は光も上手く活用できるのであれば使いたいところだが。
つばめちゃんとポジションを争う鈴里は、セカンドの守備力は県内トップクラスではあるが、ショートの守備は白雪より少し上手い程度。守備固めでショートはあるが、ベストメンバーでショートのベストメンバーが鈴里というのは、打てる見込みを考えるとまずない。
そのためセカンドで二人が争うことは確実で、守備力に関しては鈴里が圧倒的に上とは言っても打撃はつばめちゃんの方が上だろう。そうなると、打線の兼ね合いで考えることとなる。
「まつりは兄目線っていうのがあるかもしれないけど、結構上手いと思ってる。それでもショート当確というつもりもない。現ショートのレギュラーよりもまつりの方が良いと思ったら使うかもしれないけど、多分入部して当面はショートを争いつつライトを狙ってもらうかな」
現状でライト……もしくは陽依をライトに回してレフトのどちらか、外野の一枠を争っているのは本命の煌の他に、梨々香、瑞歩の三人だ。棗と黒絵に関してはバッティングが上手くなれば考えているが、ピッチャーとして伊澄とエース争いをしてもらうつもりだ。
そのため、鈴里、煌、梨々香、瑞歩の四人と、まつりやつばめちゃんのような他の新入生たちは、メインのポジションを争いつつ、まだ完全に確定していないセカンドと外野の一枠を争ってもらうことになるだろう。
「私、もっと上手くなってレギュラーになれるように頑張ります!」
つばめちゃんは上を目指している。
その上を目指すという姿勢は、巧が選手に求めているものだ。
まつりやつばめちゃんがこれから入ってくることが楽しみで仕方ない。
「頑張れ」
監督として、一人の選手に肩入れすることはできない。ただ、友達の兄として、応援するだけしかできない。
監督という立場を抜きにすれば、まつりとつばめちゃんにはレギュラーになって欲しいという気持ちはあった。
まつりが戻って来ると、再び体を動かしてからダウンをし、この日の練習は終わりとなった。
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