魔導具を作って特許を取得しよう 3

「納得できません。食器を洗うような魔導具なんていままでなかったはずです。なのに、無理というのはどういうことでしょう?」


 特許申請の確認段階で、ギルドマスターにダメ出しをされたシェリルが不満を口にする。


「無理ではなく、ダメと言ったんだ」

「……なにが違うのでしょう?」

「アイディアは悪くないし、過去にもおそらく例はない。だから、特許はおそらく取れるだろう。だが、特許を取る意味がない、ということだ」

「……分かりません。特許を取る意味がないとはどういう意味ですか?」


 シェリルが眉を寄せる。

 そのやりとりを隣で聞いていた私にはハッと思い当たることがあった。


「……もしかして、一等級の魔石を使っているから、ですか?」

「正解だ」


 ギルドマスターの肯定を受けて、それは考えてなかったなぁと納得した。


「カナタ、一等級の魔石を使っていたらどうしてダメなの?」

「おそらく、採算が取れないのよ」

「……どうして? 一つ一つの利益は安いけど、たくさん造れば儲かるでしょう?」

「シェリルが駆け出しの魔導具師ならその通りだったわね」


 魔石を砕きまくっていた彼女が無自覚なのは無理もないが、シェリルの腕前は駆け出しの域を超えている。彼女の腕前を時給で換算すれば大きな損失となる、という訳だ。


「いまのあなたなら、その辺の下請けでも引き受けた方がマシだよ」

「えっと……喜んで、いいのかしら?」

「自分の実力を自覚しろってことだね。……それよりも、特許を取れば他の方が作ったときに特許使用料が得られますよね?」


 ギルドマスターに向かって問い掛ける。


「まぁな。だが、特許を取ったとしても、ほぼ作るヤツはいないだろうな。ああ、先に言っておくが、この魔導具が使えないという意味じゃないぞ。作るヤツがいない、という話だ」

「理由を伺っても?」

「まず、特許使用料の問題だ。使用料はギルドの管理費を含めて販売価格の5%、あるいは一つに付き200リーシュ。どちらか、高い方を使用料として納めることになる」

「なるほど……使い捨ての魔導具には高すぎる料金ですね」


 使用するのはクズ魔石なので、製作費込みで200リーシュのところ、特許使用料を加えて400リーシュに、なんてことにもなりかねない。


 おそらく、意図的な設定。

 特許を出す範囲を狭めることで、魔導具ギルドが管理できるようにしているのだろう。あるいは、単純にギルドが採算を取れないから、かもしれない。


 でも、それが理由なら方法もちゃんとある。


「シェリルが作った精密な魔法陣の出番だね」

「え、どういうこと?」

「安価な使い捨て魔導具じゃ採算が取れないんでしょ? ならどうしたらいい?」

「高級品を作ればいい?」

「正解。シェリルが改良した魔法陣を四等級くらいの魔石に刻んで、貴族や商会向けの魔導具を造れば採算は十分に取れると思うよ。――可能ですよね?」


 後半はギルドマスターに向かって問い掛ける。


「その場合、安価な方の術式はどうするつもりだ?」

「どう? 安価な方は特許を取れないのでは?」

「上位の術式の劣化版として習得することは可能だ。粗悪なコピー対策だな」

「なるほど……。シェリルはどうしたい?」


 私はシェリルに問い掛けた。


「え? あたしが決めるの?」

「うん」


 なにしろ、シェリルが思い付いたことだし、目的もシェリルの借金を返済するためだ。私が決めることではないだろう。そう思ったのだけど、「カナタはどう思う?」と問い返された。


「私は、劣化版は放棄した方がいいかなって思う」

「理由は?」

「さっきの話だと、特許を習得すると誰も使えなくなっちゃうでしょ? それより、みんなにつくってもらって知名度を上げて、高級品の特許使用料を得た方がいいかなって」


 シェリルの借金返済的にも、みんなの暮らしを豊かにする意味でも悪くない選択。そう思ってすすめると、シェリルは迷わず「じゃあそれで」と頷いた。


「ということらしいです」


 私は肩をすくめてギルドマスターにシェリルの意思を伝えた。


「ふむ、分かった。だが、高級な食器洗いの魔導具は本当に造れるのか?」

「水流を食器の形に合わせて流すことで、複雑な形の食器や、繊細なガラスの食器なんかでも問題なく洗えるようにするつもりです」

「……ふむ。構想があるのならいい。現物はすぐに用意できるか?」

「数日中になら」

「分かった。ならば現物が出来たら持ってこい。そのあいだに手続きの準備をしておこう」


 ひとまずの話が纏まり、それを待っていたかのようにエミリーが入室。私のギルドカードを届けてくれる。それを受け取り、ギルドマスターとの初めての面会は終了した。


     ◆◆◆


 俺の名はグラン。

 ラニスの町にある魔導具ギルドのマスターをやっている。ギルドマスターという役職に誇りは持っているが、最近は仕事が忙しすぎて死んでしまいそうだ。


 先日、領主様の屋敷へ強盗に入った馬鹿が現れた。犯人には手傷を負わせたものの逃亡を許し、屋敷から貴重な金品を盗まれてしまったそうだ。


 それだけなら警邏の者達の仕事だが、盗まれ品の中に魔導具があったそうだ。それも、200年前に造り出された、とても貴重な魔導具だ。


 領主はその威信のため。そして魔導具ギルドはその貴重な魔導具のため、死に物狂いで犯人を探している。そういった事情があり、俺はいま大忙し、という訳だ。


 そんなとき、サブマスターのエミリーから怪しい人物を見つけたという知らせを受けた。

 彼女は受付で働き、怪しい人物が魔導具を売りに来ないか見張っていた。その過程で、明らかに本人のランクとは掛け離れた魔導具を売りに来た二人の少女を見つけたのだという。


 登録してずいぶんと経つのに、いまだに駆け出しを示すFランクのメンバー。

 普通の魔導具師であれば、数ヶ月でEランクにはなる。そこから上がっていけるかは実力次第だが、Fランクで止まる人間はまったく才能がないか、魔導具を作る気がない者だけだ。


 そんな少女がそれなりに高価な魔導具を売りに来た。しかも履歴を確認すれば、昨日に続いて二回目の販売である。実行犯でなくとも、代理で魔導具を売りに来た可能性がある。

 俺はすぐさま、その少女達と面会することにした。


 第一印象は非常に怪しい――だった。シェリルという少女があからさまに取り乱しているし、反対にカナタという少女は妙に落ち着き払っているのだ。

 なにかあると、俺の勘が告げていた。


 だから俺は彼女達にいくつかのカマを掛けた。

 一つ目は魔導具の制作者についてだ。他人が作った魔導具を売りに来ても犯罪ではない。だが、やましいことがあるのなら、商品の出処を探られるのは嫌うはずだ。


 そう考えての質問だったが、彼女達はとくに反応を示さなかった。妙に落ち着き払っているカナタという嬢ちゃんはもちろん、ガチガチに緊張している嬢ちゃんもこれには無反応だ。


 そのうえ、カナタが解析の魔導具を使って、身の潔白を証明すると言いだした。

 無論、俺は最初からそのつもりで、嬢ちゃん達の反応を確認していた。だから、カナタが自分から言い出したことは、どちらかと言えば信頼に値する行動だ。


 勘が外れたか?

 そう思った直後、魔導具の扱いが難しいという俺の餌にカナタが食い付いた。


 こちらに解析をさせて、そのあいだに逃げる算段かもしれない。そんな可能性まで考えたのだが、彼女が続けたセリフは予想とまったく違っていた。

 貸してください――と、まるで自分なら問題なく使えるかのような発言をしたのだ。


 ちなみに、ギルドにある解析の魔導具の扱いが難しいのは事実だ。

 領主の屋敷から盗まれたのと同年代に作られた解析の魔導具。

 魔導具の技術が最盛期だったと言われている200年前の一級品で、生のデータがそのまま表示されるため、見る人が見なければ意味の分からないデータとして表示される。


 実際、俺は最低限の情報を得られるようになるまで一年。もう少し詳細なデータを得られるようになるまで三年かかった。

 とはいえ、誰が使っても表示されるデータが変わる訳ではない。だから、貸して欲しいという彼女の申し出に驚きつつも応じた。


 次の瞬間、信じられないことが起きた。

 解析の魔導具が淡い光を発したのだ。そして、二つ同時に解析情報を表示した。俺はそんなことが可能だなんて聞いたこともない。生のデータの見方がどうのという話ではない。

 嬢ちゃんは俺の知らない能力を引き出している。


 まさか、こんな十代前半くらいの嬢ちゃんがアーティファクト級の魔導具を自在に扱えるとは思ってもみなかった。しかも、嬢ちゃんは解析の作業にも慣れている。

 十代前半にしか見えないのに、とんでもない実力の持ち主だ。


 何者なのかと呆気にとられているとエミリーが咳払いをした。

 それで俺は我に返る。


 いま重要なのは、持ち込まれた魔導具が盗品ではないと証明することだ。そして持ち込まれたのはシェリルの作った魔導具で間違いなさそうだ。

 ある意味でただ者ではないという勘は当たっていたが、強盗犯達とは関係がないだろう。


 そう思いつつも、念のためにと魔石の入手ルートを聞く。そんな俺に、思いもよらない事実が飛び込んできた。先日魔物に襲われた少女がカナタだったというのだ。


 先に言っておくと、このご時世だから、人間が魔物に襲われることは珍しくない。

 だから普段であれば、魔物に襲われた場所を聞き、念のために冒険者を送るだけで終わる話だ。実際、話を聞いた兵士もそのように処理したらしい。


 だが、同じ日に領主様の屋敷に押し入った強盗が、兵士から手傷を負わされている。兵士に負わされた手傷を、魔物に襲われたのだと偽った可能性がある。

 だから聞いたのだ。


 近辺で倒したのはアッシュガルムだが、嬢ちゃんを襲ったのはどんな魔物だったのか、と。

 そして嬢ちゃんは、自分を襲ったのもアッシュガルムだったと答えた。


 だが、冒険者がアッシュガルムを討伐したと言ったのは嘘で、本当に討伐されたのはブラウンガルムだった。アッシュガルムも森に生息するが、あまり人里には現れない。

 嬢ちゃんは本当に魔物に襲われたのだろうか?


 ……分からない。

 ここまで話した限り、彼女が悪人のようには思えない。

 だが、他にも怪しい点がいくつかある。

 特に怪しいのが自称する年齢だ。彼女がギルドカードに記載した年齢が二十一歳になっている。どう見ても、十代前半にしか見えないのに、である。


 ギルドカードに書き込む情報は自己申告だ。極端にいえば、どのような嘘を書いても咎められることはない。カード所持者の評価となるのは、カードを作ってからの行動だけだからだ。


 だが、年齢を偽る理由はどこにもない。偽る理由があるとすれば、生まれや素性、人に言えないようなやましいなにかがあるからとしか思えなかった。


 しかし、そういった怪しさを覗けば嬢ちゃん達は優秀だ。彼女達が試作した魔導具の実物を持ち込めば、特許も問題なく下りるだろう。

 彼女達が強盗犯と関係がある場合は無論だが、そうじゃない場合も決して目が離せない。なぜなら、いまはどこの町も戦力が不足しているからだ。


 魔導歴が始まった当初は犠牲を厭わずに数の暴力で魔物を討伐した。そして数の優位性が失われた後は、それまでに得た強力な魔石を使った魔導具で質を補って魔物を討伐していった。

 だが、時と共に魔導具も喪われ、いまの人類は迷宮の氾濫を収めることも出来ない。


 だからこそ、限られた魔石から優れた魔導具を造る魔導具師の価値は計り知れない。もしも彼女達が本当に優秀なら、決して他所に奪われる訳にはいかない。

 しばらくは彼女達の行動に注視する必要があるだろう。

 そんな判断の下、退出する嬢ちゃん達をエミリーに送らせた。



 それからだいぶ時間が過ぎて、エミリーが俺の執務室に戻ってきた。


「遅かったな。どうだった?」

「二人は魔導具の依頼掲示板のまえで無邪気にじゃれ合っていました、尊い感じですね。近くにいた者達が微笑ましそうに見ていました」

「……いや、そういうことが聞きたい訳ではなくて、だな」

「分かっています。念のために監視を付けましたが、追及を逃れて安堵する犯罪者の行動ではありませんね。自分の勘を信じるのなら、あの二人はシロです」

「……そうか、なら屋敷の一件とは無関係か」

「それが……」


 エミリーが言い淀む。

 判断力と行動力に優れた彼女にしては珍しい反応だ。


「どうした、なにか気になることがあるのか?」

「はい。これを見てください」


 エミリーが魔導具で印刷したと思われる書類を俺の前に並べる。

 一枚目はシェリルが作ったという魔導具の解析データで、二枚目はギルドカードに登録されているシェリルの魔力パターンを解析したデータである。

 その二つを照らし合わすと、同じ魔力パターンが検出されている。それはつまり、あの魔導具の制作者がシェリルであると言う証明に他ならない。


「カナタの解析と同じ結果に見えるが、なにが問題なんだ?」

「問題はこっちです。ご覧ください」


 次にエミリーが示したのは別の魔導具の解析データ。ギルドに保管されていた、領主の屋敷から持ち出された魔導具を解析したときのデータだった。

 その二つの魔導具の解析データを見比べると、一致する部分が検出された。


「ふむ……魔石の産地が同じ、ということか?」


 術者の魔力パターンが魔導具から検出されるケースは、制作者だった場合と、魔石に魔力をチャージした場合のみだ。だが術者に限らなければ、魔石の産地が同じだったりした場合も一部の魔力パターンが一致する。


 ゆえに、奇妙な一致ではあるが、あり得ないと驚くほどのことではない。そう思った俺の目の前に、エミリーが新たなデータを提示した。

 それはさきほど登録したばかりの、カナタの魔力パターンだった。


「――馬鹿なっ、ありえない!」


 盗まれた魔導具とシェリルが持ち込んだ魔導具。

 その二つの魔導具から、カナタの持つ魔力パターンが検出された。その結果だけを見るならば、二つの魔導具の制作者がカナタである証明になる。


 だが、持ち込まれた魔導具はシェリルが制作者であると証明されているし、領主の屋敷にある魔導具は、200年も前に作られたアーティファクト級の魔導具だ。

 その二つの制作者がカナタであるなんてあり得ない。


「……どういうことだ?」


 考えられる限りの仮説を立てながら、俺はエミリーに新たな指示を出した。

 

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