特訓の仕上げ

 襲撃があってから、クロエの特訓はさらに過酷さを増した。


 長時間の走り込みによる筋持久力、俺が前後左右と上から押し姿勢が崩れないように押し返す踏ん張りと体幹、魔物との戦闘による爪やキバ、ツノの熟練度。


 2日目はこれらを中心的に鍛え続け、クロエのスピードを磨きつつ筋力をつける。クロエの弱点であった力の弱さも、なんとか対策は用意できた。


 そんなこんなで早3日目、経験を積ませるために、俺とクロエはいつもの狩場で3体のイノシシを相手にしていた。と言っても、イノシシと対峙しているのはクロエだけだが。


「ブルルル!」

「ブルァアアッ!」


 イノシシ2体がクロエに突進する。クロエは軽く地を蹴ると、イノシシたちを飛び越えた。そして様子を見ていた3体目のイノシシへと飛びかかる。


「ブッ!?」


 突然のことに驚いたイノシシは動けず、クロエに頭を地面に押さえつけられ、そのまま首を大きく噛みちぎられた。


 ようやく突進を止めた2体が振り向いた時には、既にイノシシは絶命していた。


「ブルァアア!!」


 怒り狂ったイノシシが1体、クロエへと突撃していく。どうやら【急加速】も使っているらしく、そのスピードは先程とは段違いだ。


 クロエは再び跳躍すると、爪をイノシシの鼻に引っかけ、イノシシの背中を力いっぱい蹴りつけた。


 イノシシはクロエに蹴られたことで地面に腹をつけた。しかし突進の勢いは【急加速】によってほとんど失われていない。クロエの蹴りつけによる跳躍と突進の勢いに引っ張られ、イノシシの上体は凄まじい勢いで反り返り骨が砕けた。


 傍から見るとイノシシが傾いたVの字で地面を滑っていくという奇怪な光景だ。当人たちは真面目に戦っているのだが……マズイ、笑いがこみ上げて吹き出しそうになった。


 あとは1体。クロエが最後のイノシシへ顔を向けると、イノシシはブルりと震え、踵を返して走り出した。


 クロエに勝てない、殺されてしまうと理解したのだろう。だが、走るスピードはクロエの得意分野だ。逃げきれるはずもない。


 クロエが駆ける。イノシシが【急加速】を使っているにもかかわらず、クロエはグングンと距離を縮めていく。


 少し開けた場所に出たところで、とうとうイノシシはクロエに追いつかれてしまった。クロエはイノシシに飛び乗ると、腕を振り下ろしイノシシの頭を地面に叩きつけた。


 イノシシは痛みで【急加速】を反射的に解除すると、急激に減速し止まった。


 クロエが首に噛みつき、一思いに食いちぎる。イノシシは諦めと苦痛に包まれながら、その生涯を終えた。


 クロエがイノシシを咥え、引きずって俺のところへと持ってきた。他のイノシシと重ねると、俺は3体のイノシシを肩にかつぎ上げた。


「……よくやったなクロエ。余裕の勝利じゃないか」

「うん!ボクも、まさかたった3日でここまで強くなれるなんて思ってなかったよ。ドランのおかげだね!」


 頭を俺の手に擦り寄せてくる。撫でてやると、クロエは気持ちよさそうな声を出してもっともっととねだってくる。


 なんだか、襲撃された後から甘えん坊になったな。俺に飼い主の影でも見ているのだろうか。


「……さあ、帰るぞ。飯を食ったら寝ておけ……今日はお前の晴れ舞台なんだからな」

「……うん。でも、大丈夫かなぁ…」

「……今までの特訓を信じろ。クロエならやれる」

「っ!うん!ボク、頑張るよ!!」


 しっぽをブンブンと振りながら、クロエが俺の手から頭を離す。俺とクロエは横にならび、話しながらねぐらへと帰った。









「フゥ……おなかいっぱい!」

「……相変わらずお前は本当によく食うよな」

「そりゃあね!群れにいた時はほとんど食べさせてもらえなかったからボク自身忘れてたけど、人間に育てられてた時はたくさん食べてたよ!」

「……そうなのか」


 3頭のイノシシのうち2頭と半分を平らげたクロエ。

 あれ?もしかして大食らいなクロエのせいで金が無くなりかけたから捨てた可能性が出てきたか?


「……明るくて寝づらいだろうが、寝て体力を回復させておけ」

「うん。わかったよ」


 クロエが立ち上がり近づいてくる。そのままクロエは俺の膝に頭を乗せてきた。


「……まったく、仕方のないヤツだ」

「えへへ。ドランに撫でられるのすきになっちゃって」


 クロエの頭を撫でてやると、嬉しそうな声を出していたクロエはやがて寝息を立て始めた。


 今日、クロエの成果を見たら俺はこの森を去る。屋敷へ戻り、再び騎士になるための修行を行うのだ。


 クリスティーヌ様に助けられてから、俺の人生は目まぐるしいものとなった。騎士になるために、魔物ひしめく森に入り、ネームドの魔物を鍛えている……今更ながらどういう状態だ?


 まあそれも今日で終わりだ。過酷なサバイバルとも、クロエとこうして過ごすのも……そう考えると寂しさを感じてきたな。


 いやいや、クロエは群れのヤツらを見返すために頑張っているんだ。受け入れられるように背中を押してやらないといけないというのに、なんという体たらくか。


 クロエに変な気を使わせず、勝ちにだけ意識を向けさせるんだ。


「クゥ……クゥ……」

「………………」


 存外に寂しいものだ……。









 日が沈み始めたころ、クロエが目を覚ました。さて、そろそろ行くか。長い時間クロエに膝枕をしていたというのに、痺れは全くない。スキル様々だな。


「クゥ…ンン〜っ!フゥ……おはようドラン。よく寝たよ」

「……ああ。日は沈み始めているがな」

「もう、そんなこと言わないでよ!」


 クロエが立ち上がり、それに合わせて俺も立ち上がる。まずは……さっさと行こうとするクロエのしっぽをむんずと掴んだ。


「わわっ!?ちょっと、何するのさ!」

「……まずは川に行って顔を洗え。そして水を飲め」

「え〜?そんなのしなくても……」

「……太陽が昇っているうちに眠るのはかなり水分を消費する。目を覚ますついでに補給してこい」

「は〜い」


 クロエは軽く身体を伸ばすと駆けて行った。目覚めの準備運動か、身体の機能を起こすにはいいな。


 数分後、クロエが帰ってきた。寝ぼけた様子はなく、自身と闘志が見てとれるしまった顔をしている。


「……準備はできたようだな」

「うん。今のボクはベストコンディションだよ!それじゃあ、群れの住処に案内するね!」


 森の奥へとクロエが走り出す。元気がありすぎるのも問題だなとため息をこぼしながら、俺も走り出した。そのスピードはいつもよりも心做しか早くなっている。


 それは、なるべくこの後のことを考えないようにするためか。それとも、いま抱えているモヤモヤとした気持ちを振り払うためか。


 なんにせよ、今日で森での生活は終わる。決断の時は、確実に迫ってきていた。














「ん、この匂いは……ああ、やっと見つけたぞ。フフ、ハハハハハッ!!」


 再開の時もまた、すぐそこまで迫ってきていた。

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