第25話 茜の魔女の助言

 

 視線が全て集まるが、ミランダの心は落ち着いていた。



「北の宮廷魔女様にお聞きします。先ほどの占いでは関わったものの対象は魔女でしたが、人間以外には反応しますか?」

「いいえ、人間のみです。だって魔女は人間ですから」

「やっぱり……ちなみに猫も対象に広げることは可能でしょうか?」



 猫を人の姿にするためには、魔女という人の力を注ぐ。この呪いはその逆。まだハインリヒが猫の姿をしているということは、力の供給源の猫が確実にどこかに生存している。

 それも普通の猫じゃない。力を宿した元魔女の猫だ。



「相手はハインリヒ殿下を遠隔魔法で猫にすることができる魔女です。自ら猫になれる独自の魔法を編み出していても不思議ではありません。人間を対象に探して見つからなくても、猫で探すと反応があるかもしれません」

「なるほど。変身の魔法に詳しい者が不在でしたので気づけませんでした。やってみましょう」



 ミランダの提案に北の魔女は再びランタンで占った。すると王宮内のキャットホールでひとつの反応があり、法廷はざわついた。



「こんな近くに……やったわ」



 ミランダは占いの精度に感動するとともに、解呪のヒントが見つかる予感に手応えを感じた。



「私と使い魔ベルンにキャットホールでの調査の許可をお与えください。探します」

「ミランダ、俺も一緒に」



 ハインリヒも名乗り出るが、ミランダは首を横に振った。



「万が一、呪いの主に攻撃されては大変です。ハインツ様は安全のためにお待ちくださいませ。きちんと見つけてきますから」

「……分かった。くれぐれも気をつけてくれ」



 こうして夜の王宮をひっそりと移動し、北の魔女と護衛とともにミランダとベルンはキャットホールへと忍び込んだ。



「ベルン、浮いている猫がいたら連れてきてくれる?」

「みゃ!」



 すると十分もしないうちにベルンが一匹の三毛猫を連れてきた。首輪をしていない、王宮でも認知されていないメス猫だ。

 ミランダはそっと抱き上げてみた。抵抗はされない。



「あなたは魔女さんですか? それとも使い魔さんですか?」



 聞いてみるものの反応は薄い。ベルンも猫の言葉で話しかけるが、なんだかぼんやりして返事はない。

 しかし北の魔女がランタンを近づけると、ろうそくの火は三毛猫に反応した。目的の猫は三毛猫で間違いないようだ。すぐに法廷へと戻った。

 薄紫色の瞳でキャメリアをよく見れば、彼女は僅かに顔をこわばらせているように見えた。ミランダは常に顔色を窺いながら生きてきた人見知りだ。三毛猫に心当たりがあるのだと分かった。


 初めての動揺を引き出せた。あとは三毛猫の証言次第なのだが……



「連れてまいりましたが、様子がおかしいのです。ベルンが聞いても、まともな返事が帰ってこないみたいで……」

「そうなのか。よし、私も聞いてみよう」



 ハインリヒが三毛猫の前に移動し、背を伸ばした。



「三毛猫よ、名はなんという?」

「みゅー」

「忘れた……? では、どこから来たのだ?」

「みゅ?」



 ハインリヒが質問を重ねるが、やはり的を射ない。猫の記憶力は人より多くないというが、あまりにもなさすぎた。まるで記憶が混濁したり、消えたかのように。



「ミランダ、猫の呪いを受けると私は思考が曖昧になっていった。三毛猫はもっと症状が進んでいる可能性もある。いや、普通の猫より悪い。人の姿にして聞き出せないだろうか?」

「分かりました」



 国王の許可を得て、ミランダは変身の魔法をかけることにした。



「あなたとお話がしたいの。変身の魔法をかけても良いかしら?」



 三毛猫は鳴きもしないし、抵抗もしない。ミランダは用意した魔法陣の中央に三毛猫を乗せ、きっちり大きい白い布を巻いて準備完了だ。

 すーっと静かに息をたっぷり吸い込み、魔女の力を込めながら口を開いた。



「理を越えよ。音を声に、声を言葉に、言葉を心に。お話できるようになぁーれ♪」



 いつもの旋律を声で奏で、三毛猫の額にキスを落とした。煙が立ち込め、消えていく。中から出てきたのは、老齢の女性だった。耳も人間の形で、尻尾もない。元は人間で間違いない――魔女だ。



「ア、アタシは……」

「こんにちは、私は茜の魔女。あなたについて教えてくれませんか?」



 老齢の魔女のぼんやりしていた瞳の焦点が定まっていく。周囲を見渡し、ミランダの後ろを見て一瞬見開いてから顔を俯かせた。

 ミランダの後ろにいるのはキャメリアとマリアローズ、そして宮廷魔女たちだ。



「どなたか知っているお顔がありましたか?」

「……」



 薄紫色の瞳で、答えない老齢の魔女をじっと見つめる。ミランダの瞳は顔色の変化、目の動き、呼吸の震えを見逃さない。



(緊張してるだけじゃない……何かに恐れを感じているようだわ。私の顔に対してじゃないと良いんだけれど)



 どうしようかと国王に目配せをすれば、続けろと合図を返された。ミランダはできるだけ柔らかい声で、質問を重ねることにした。



「あなたは人を猫の姿にする魔法が使えますね? あの白猫はあなたの魔女の力と、他者の手によって刺繍された呪いを受けております。これはどなたの企てですか?」

「……全てアタシが考えた」



 事前の推理では魔女は「力を込めた刺繍セットを悪用されるとは思っていなかった」と、キャメリアと口裏を合わせてマリアローズを非難すると予想していた。老齢の魔女がすべての罪を被る発言をするとは思ってもいなかった。



「ではお仲間はおりますか?」

「いない」

「本当ですか?」

「……」



 この事件は王宮内で起きている。宮廷魔女でもない一介の魔女ができる範囲を超えている。必ず有力貴族の手引があったはずだ。

 しかし老齢の魔女の意志は固く、口を割る気はないようだ。

 ミランダは質問を変える。一番の目的はこちらだ。



「まずはこの呪いを解いてくれませんか? 教えてくださらなかったら、あなたにとって最悪の手段が選ばれるかもしれません」



 呪いの供給源を無理やり断ち切る――つまり老齢の魔女を消すということだ。ハインリヒを殺す気もないのに、老齢の魔女が命をかける必要はどこにもないはずだ。

 じっと耐えるように待っていると、老齢の魔女はようやく口を開いた。



「アタシにはもう解けん。魔女の力を全て自分と相手を猫にするために回してしまっているからねぇ……それに呪いは強く結びついている。無理やり断ち切ったらどうなると思うかのう?」



 老齢の魔女が消えて呪いの器がなくなり、居場所をなくした力は繋がりを辿って行く先は――



「ハインリヒ殿下の呪いが二重になってしまう可能性があるのですね。それかあなたを消した人が呪い返しに合い、何かしらの被害がでる……でしょうか」

「おそらく。刺繍をしたお嬢ちゃんにも少なからず繋がっているからねぇ……どうなるか。なんせアタシもこの魔法を使うのは初めてだもんでな」

「ちなみに呪いに全ての魔女の力を使っている今、髪や血に魔女の力は宿ってないのでしょうか?」

「他の魔女の力を使って、本人の代わりに解呪魔法を行使する方法――代理魔法を試したいのかい? 残念ながらお察しの通り、アタシの力は空っぽさ。力が戻った瞬間に呪いに使われて消えている」



 老齢の魔女が保身のために嘘をついている様子はない。本当にできないのだ。まさに捨て身の呪い。

 打つ手を消されたミランダは奥歯を噛み締めた。いくつか解呪の方法を想像してみるが、成功が思い描けない。

 法廷に重い空気が漂い始めたとき、キャメリアが手を上げた。



「陛下、わたくしに解呪の機会をいただけないでしょうか?」



 誰もが、その言葉に耳を疑った。

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