第4話 予期せぬ来客

 

「ね、猫さんっ。あ、そんなところに……駄目ですって」



 ミランダは焦って小声で呼びかけてみるが、白猫はスカートの中に潜ったっきり出てこない。出てくるどころか、足元に体を擦り寄せて動かなくなってしまった。完全に居座る体勢だ。



(くすぐったい。これじゃ帰れないよ……でも、こんなに追いかけ回されたら、うるさいのが苦手な猫にはストレスになっちゃうよね。みんな猫との関わり方がなってないもの)



 基本的に人間は猫が興味のあるものを手に持ち、猫から近寄ってくるのを待ったほうが良い。なおかつ初対面の猫への声かけは穏やかに、優しくが鉄則。

 しかし温室では無理に距離を縮めようとする令嬢が多く、多くの猫が逃げ回っている状況だ。「うふふ、照れないで猫さん♡」ときゃぴきゃぴとはしゃいでは駄目。



(白猫って神聖な感じだから令嬢たちから人気ありそう。この子は必死に逃げて、疲れちゃったのかな?仕方ないわね)



 ミランダはお茶のおかわりをオーダーし、くるぶしで白猫のモフモフを堪能することにした。本音は手で撫でくり回したいが、猫の信用を得る方が重要だ。そうして白猫が出てくるのを待っていたのだが――



「本日のお茶会は終了でございます。気に入った方がいらっしゃいましたら、明日から三日間、同じ時間に温室を開放いたしますので、ご自由にご利用ください」



 結局、白猫は王宮の騎士によって終わりの時間を告げられるまで出てこなかった。今もミランダの足元にはモフモフが触れている。

 名残惜しい。非常に名残惜しいが、他の令嬢が温室を出ていくなか残るわけにはいかない。

 ミランダはスカートを詰まんでそっと立ち上がり、一歩ずれた。するとその場に残された寝起きの白猫と目があった。



「スカートの中は快適だった? ごめんね。休憩所はおしまいなの」



 ミランダは軽くしゃがんで白猫に話すと、白猫はどこか寂しげな表情を浮かべた。胸がキュンと音をたてた。



「くっ、そんな顔をしても駄目。私だって心残りが――っ」



 もちろん手でモフモフ出来なかったのが悔しいのだ。今すぐ目の前の白猫を抱き締めたいところだが、猫と仲良さげにして令嬢たちの敵になりたくない。



「本当にごめんね。元気で頑張るんだよ。バイバイ」



 断腸の思いでミランダは温室をあとにした。

 そしてその夜、彼女は悔しさをベルンへと向けた。念入りにシャンプーをして、タオルで乾かし、サラサラになる魔法をかけたブラシで毛並みを整えた。そして思い切り頬擦りをして、頭から尻尾の先まで何度も手を滑らせる。



「ベルン、やっぱりあなたは最高よ!」



 ミランダの顔は溶けそうなほど緩み、ベルンもご機嫌に喉をゴロゴロと鳴らした。

 彼女が満足した頃にはベルンは眠りの世界へと旅立っていた。専用のバスケットへとベルンを寝かせると、ミランダもベッドへと潜り込む。

 見知らぬ令嬢たちからの視線に晒された疲れも、すっかりベルンに癒された――はずだったのだが、白猫が気になってなかなか眠りに落ちることが出来なかった。


 ◇◇◇


 翌日、ミランダは再び温室を訪れていた。諦めたのか、昨日ほど令嬢たちの姿はない。それでも人数は少なくないのだが、猫たちはずいぶんとリラックスしていた。



(杞憂だったのかしら。この感じなら白猫さんも休めているわよね。一目だけ見たら帰ろう)



 ミランダは猫には無関心を装い、温室の植物を楽しむ素振りをしながら白猫を探し歩く。すると昨日の白猫が草の影で休んでいるところを見つけた。



「白猫さん、こんにちは。もう大丈夫そうね――え!?」



 白猫はミランダを見つけた瞬間、素早い動きでスカートの中へと潜り込んだ。

 ミランダは驚き後ろへ下がると、白猫も足元でモフモフさせながら移動する。



(またなの!? スカートの中は暗くて静かなのは分かるけど、気に入られちゃったのかな?まったく白猫さんったらエッチ……)



 スカートの中は恥ずかしいが、相手は猫だ。スカートの上――膝の上ではないのが切ないが、大好きな猫に好かれるのは嫌ではない。

 ミランダはゆっくり動いて最寄りのベンチに座り、終わりの合図があるまで白猫にスカートの中を貸し出すことにした。


 それはお茶会の三日目、四日目と続き、最終日まで繰り返された。途中で撫で撫でも目論んだが、会うなりスカートの中へと白猫が潜ってしまうので叶わなかった。自分でスカートの中に手を突っ込むのは絵面的にいただけない。

 いよいよ終わりの時間になる頃、ミランダはスカートをずらして白猫と目を合わせた。



「白猫さん、スカートの休憩所は今日で終わりだよ。明日からはこの温室は静かになるだろうし、のんびり過ごしてね」

「にゃー!?」



 言葉が通じているかのように、白猫は目を見開き絶望したような表情になった。



「もう会うことは無いだろうけど、元気でね」



 懐いてくれたのは嬉しいけれど、ミランダがこの温室に入れたのは招待状に手違いがあったからだ。温室を訪れるのはこれで最後だ。彼女は白猫をひと撫でして温室を出ていった。



(白猫さん、変わった猫だったなぁ。王族の猫ならケアされて毛並みも艶があって、体に肉があってもいいのに……毛にはホコリが混ざっていて、少しだけ痩せ気味だったわね)



 黒いドレスを隠すように大きなローブを羽織り、温室を出ていった。

 しかし白猫の違和感が気になって、帰路の足取りはやや重くて遅い。



(気にしたって何も出来ないのに。またベルンに癒してもらおう)



 そう思って店舗の裏口の扉を開けるとベルンが出迎えてくれる。ミランダはそのままベルンを抱き上げようとした時――



「にゃあ!」

「え?」



 ベルンとは違う猫の鳴き声が背後から聞こえた。魔女の勘なのか、ヤバイ気配がする。このまま聞こえないふりをして、家に入ろうとしたら再び背後から鳴き声が聞こえる。



「にゃあ! にゃあ!」



 あまりにも必死な鳴き声だ。振り向くのか、振り向かないのか思考が揺れ動く。その間も背後の猫は強い声で鳴き続け、引き留めようとしてくる。ふと白猫の姿が頭を過った。



「ま、まさか」



 ミランダはゆっくりと後ろを振り向いた。そこには温室にいなければならない白猫がいた。



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