1-Ⅶ ~陰に潜む者~

 全員を一ヵ所にまとめたところで、安里たちは帰ってきた。


「これはまた、大層な数ですねえ」

「どうする?こいつら全員締め上げるか?」

「その必要はないかと」


 安里はそう言うと、じっと人の山を眺める。

 30人の内訳は、男も女もあり、老若男女混じっていた。中には明らかに蓮たちと同世代、という者もいる。


「さて。こうもバラバラですと、考えられるのは……」


 安里は倒れている女の身体をまさぐる。


「蓮さん、彼女たちの持ち物は?」

「シめた時は、何も持ってなかったけど」

「あらら。そんな指示でもされてましたかね?」


「……指示?」


「ええ。ここまで人数が多ければ、間違いないでしょう。この人たち、バイトですよ。言ってしまえば」


 安里はそう言うと、蓮の腰を小突いた。秘密の会話の合図だ。


(なんだよ)

(ちょっと過激なもので。愛さんには見せられないですよ?)


 蓮は安里がさりげなく見せたスマホの画面を見る。


 そこには、ガムテープで口をふさがれ、全身に暴行を受けたデブの写真が。


「これは?」

「大熊組の落とし前、ですね」

「大熊組……?」

「黒熊不動産、大熊組系列のヤクザだったんですよ。それで、この人はその下っ端でした」


 安里が失笑とともに、写真をしまう。


「僕が行ったときには、すでに暴行を受けていました。あそこの組長はマジメですからね。婦女子に痴漢なんぞ、絶対に許さないですから」

「……で、話は聞けたか?」

「ダメですね。すでに沈んだ後で。ただ、彼の私物は譲ってもらえました」


 そうして、安里は別のスマホを取りだした。朝に見た、デブのスマホだ。


「組に内緒のシノギとして、痴漢代行をしていたようです。それも、組長の怒りを買ったんでしょうね」


 画面に映っていたのは、一通のメールだ。


『5月10日、7時56分の徒歩線。自分の前にいるえんじ色のブレザー着用の女子生徒の臀部を触ること。報酬は前金10万、後金15万』


「……何だこりゃ……!?」

「それで、これです」


 安里が次に見せたのは、先ほど歩行者天国に放り捨ててきた奈多橋のスマホだ。そのメール画面にも、ほぼ同様の文面が使われている。


『5月10日、15時30分ごろ、ターゲット尾行。報酬5万』

『黒いビル2階に石を投げろ。報酬10万』


「このメール、同じ奴か?」

「アドレスからたどってみましたが、別々でした。それと、発信用に使われたケータイも捨てられています」

「……なら、こいつは……」

「ええ。思うところは一緒ですよね」


 この件に絡んでいるのは、金がある奴だ。でなければ、個々まで多くの人間を動かすことはできない。


「ちなみに、ヤクザがらみではなさそうですよ。大熊組の組長に話を聞いてみましたが、立花さんのことは何も知らないそうですし」

「となると……」

「彼女が関連していそうで、お金持ちである人となると……うってつけの場所がありますよねえ?」


 蓮と安里は愛の方をじろりと見た。愛は「な、何ですか?」と胸を手で覆うが、二人が見ているのは彼女の着ている服そのものだ。


 桜花院女子高。


 ただのお嬢様学校だと思っていたが、そこにどす黒い闇があるのかもしれない。


「いいですねえ、っぽくなってきましたよ?」


 面白そうに手をワキワキさせる安里の頭を、蓮と朱部がはたいた。


「「不謹慎」」


******************


「あ、ここです。うち」


 すっかり日も暮れ、愛を一人で帰らせるのは危険だという事で、彼女を家まで送ることとなった探偵事務所員一同は、車で町を走っていた。


 走っているのは、金持ち層の暮らす高級住宅街とはほぼ反対方向だった。


「というか、蓮さん家の近くじゃないですか?」

「つーか、隣町だよここ」


 そういえば、同じ駅で電車に乗っていた。過去に会ったことがないとなると、小中学校の校区は違うみたいだが。


 朱部が運転する車は、小さな弁当屋の前で止まった。


「ここ?」

「はい。ここです」


 緑色の看板に白抜きの文字で、『お弁当のたちばな』と書いてある弁当屋だ。


「お弁当屋さんですか」

「すみません、送ってもらっちゃって」

「いえいえ。危険だと判断したまでですよ」


 愛は何度も頭を下げて、そのまま部屋へと入っていった。

 にこやかに見送っていた安里は、その笑顔を張り付けたまま前へと向き直る。


「……さて、どう攻めますかね?」

「桜花院を調べるっつっても、俺たち男だし、どうしようもねえだろ?」

「そうなんですよ。ところで蓮さん、TSってご存じですか?」

「知らねえけど嫌な予感がするから却下」


 ぴしゃりと。安里が詳細を言う前に蓮は遮った。


「しかし、まだそうだって決まったわけじゃねえだろ?」

「まあ、そうっちゃそうなんですけど。でも、彼女がなんか恨みを買いそうであそこまでの人数を雇うことができるのは、あの学校のお嬢様くらいじゃないですか?」


 そうして、安里が取り出したのは一つのクリアファイルだ。


「立花さんの事調べましたけど、まあ、平凡なもんですよ。趣味は映画鑑賞、料理上手で家事が得意。昔は剣道もやってたみたいで、運動神経も平均以上。さらに、反社会的な組織とのつながりは当然ありません」

「そんなもんか……」


 蓮は車の背もたれによりかかって、遠ざかる立花家を見ていた。


「……ん?」


 ふと、違和感を覚えた。なんだか……。


 一瞬、光ったような?


「……おい、車を戻せ」

「蓮さん?」

「いいから早く!!」


 蓮が安里に叫んだ瞬間。


 立花家の店前のドアが、光とともに吹っ飛んだ。

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