第十九話 出会い(後)

 特にラヴェール王国は、聞いたことの無い国の名前だ。

 結界だってラノベや漫画でしか聞いたことない単語だし。結! 滅! みたいな。


「ラヴェール王国って何だ?」

『この国の名前じゃ。お主はそこの住民では無いのか?』

「いやいやいや、聞いたことないよ。そんな国。ここは日本だろ?」

『日本? なんじゃそれは』


 本当に知らないみたいに返事が返ってくる、


「何とぼけちゃってるのさ。そもそも、君たちも何らかの仕掛けで喋っているんでしょ?」

『頭がおかしくなったのか? 何の仕掛けで喋ると言うのだ。我らは我らの意思で話しておる。お主は何かの仕掛けで話すのか?』

「いや、そういうわけじゃ無いけど……」


 話がややこしくなる。つまりは何だ……? おかしいのは僕か?


 今まで酔っぱらって五久市のどこかの洞窟の中に迷い込んだんじゃないかと思っていた。しかし、このような洞窟の存在を僕は知らない。

 それに、この二本の剣についてはどう説明がつく? 五久市は開発が進む都市だ。見つかってない方がおかしくないか?


 可能性として異世界なのでは、と考える。

 ラノベで読んだ、ありがち且つあり得ない展開が現実に起きたのだとしたら。


 それならば剣だって喋ることが出来るだろうし、洞窟で寝ていた理由にも繋がる。


「いや、まさか……本当に……」

『な! おい戻って―――』


 剣から手を離したことで一気に静寂に包まれた。


 確認しなければならない。


 僕はまさか・・・の可能性を確認すべく手を離して出口へと向かう。

 暗闇が広がる洞窟の中、一本道なので真っすぐ進めばよいのでただひたすらに走った。


 その直後に、僕の身体に衝撃が走った。


 電撃を喰らったかのような痺れとともに体が弾かれたのだ。

 咳き込みながらゆっくりと立ち上がって状況を確認する。


「これが結界……」


 透明な壁だ。スマホのライトを照らしても奥にまだ道が続いていることが分かる。なのに何かに阻まれた。

 ゆっくりと手を伸ばすと、硬い何かに触れた感触と電流が流れたような激しい痛みが僕を襲う。

 ガラスではあり得ない、神秘的な力が僕を阻む。


「本当に……異世界に……?」


 これが剣の言っていた結界らしい。


「そんな!!」


 今居る場所以上に進めそうに無いので、僕はとぼとぼと台座のある空間に戻る。

 辺りを見渡すが他に出口は無さそうだ。

 もしここが異世界だと仮定して考えてみる。

 これからどうすればいいのだろうか。食料は無い。水は辛うじてぽたぽたと天井から床に滴っているものがあるのみ。

 こんなので人が生き残ることは難しいだろう。


 二本の剣が突き刺さる台座の段差に座って呆然としていた。

 帰る方法が思いつかない。


 蓮華や母さんのことを思い出す。

 それに、僕が受け持つ生徒たちも。夢乃先生にだって告白していないのに。


 あふれ出る感情を制御できず、僕はただ泣いていた。

 そんな僕を励ますように剣が輝きを増す。何かを伝えているみたいに。しかし、言葉は聞こえない。


 そうだ、触れないと何を喋っているか分からなかったんだったっけ。


 気持ちの整理がつかぬまま、僕は二本の剣に触れた。


『大丈夫ですか?』


 心配してくれたのは白の方の剣だった。


「大丈夫じゃ無い……。僕はどうやら異世界に転移したらしい」

『つまり別の世界から来たと言う訳じゃな。それならば納得がいくというもの。ここに戻ってきたのは結界が張られていたからじゃな』


 黒の剣の推察に僕は頷いた。


「この洞窟から出られそうに無いんだ。訳わからない……!」

『結界はこの国の宮廷魔術師が仕組んだものじゃ。そう簡単には破れるものではない』

『大都さん、気を持ってください。少しおしゃべりでもしませんか?』

「……おしゃべり?」


 白の剣の提案に僕は驚いた。


『ええ、話せば気分も良くなるでしょう? それに、私たちもここに閉じ込められて長くなります。人間とのおしゃべりは久しぶりですから話したいのです』

「君たちは人間が嫌いなんだろ? 僕とおしゃべりなんて……いいのか?」

『ぐぬっ、先ほどまで会話しておったろ。その延長線上じゃ。……それに我らが嫌いなのはラヴェール王国の自分勝手な人間どもだ。お主は別世界の人間。であれば、話は別じゃろ』


 そういう問題なのだろうか。

 しかしまぁ、折角の提案だ。乗ることにする。


 改めて互いに自己紹介をすることにした。

 二本の剣は自身を聖剣だと明かしたうえで、黒い聖剣をシルフィノーム、白い聖剣をシルフィベールと名乗った。


 僕は気持ちが昂り、色んな話をした。妹のこと、職業が先生であること、日本と言う国について。

 逆にシルフィノームとシルフィベールからは何故封印されたのかを聞いた。


 どうやらこの世界には魔王が居た。魔王は世界を制圧しようと企む悪い奴で、その魔王を倒すために数々の聖剣が生み出されたらしい。

 そのうちの二本がシルフィノームとシルフィベールだ。勇者が出現し、この二本を使いこなした。

 その結果魔王を討伐することに成功、この世界は平和を取り戻したのである。


 まるで王道ファンタジーみたいな展開に胸が熱くなった。


 ただ、それだけでは話は終わらない。用済みになった二本の聖剣は封印されることとなる。

 自分勝手に生み出され、その役目を果たしたのにも関わらず人間にとってその力は脅威だと考えられたからだ。

 抵抗するシルフィベールに対し、自分を使いこなしていた勇者が放った一言。それがシルフィノームとシルフィベールにとって忘れられない一言だったという。


「道具が口答えするな」


 そうして、勇者までもが封印に賛同したことでここに封印されてこれまで眠っていたのだ。


「……最低だな」


 シルフィノームとシルフィベールの話を聞いて僕はそう呟いた。


『ベルが先走りさえしなければもしかしたら封印されることもなかろうて』

『いえ、封印されていました』

『いやいや人に斬りかかるから――』

「ちょっと待て! 二人とも。喧嘩をするな。封印された原因はそのラヴェール王国と勇者のせいなんだろ?」

『――まぁ』『そうですわね』


 剣同士で喧嘩をするんだと思った。まるで人間らしい一面に二人の意思を再確認する。

 勇者の言う「道具」とは思えないくらい「人間」に見える。中等部の生徒の様な無邪気さを感じられた。

 いつの間にか「二人」と人間として意識していたらしい。

 見た目は剣なのに、不思議なものだ。


「僕が勇者なら君たちを道具として見ないのにな」


 ぽつりと呟く。誰にも聞こえないだろう小さな声。しかし二人はちゃんと聞いていたようだ。


『『それはどういうことじゃ(ですか)?』』

「えっ、いや。君たちの話している様子を見て生徒を思い出したんだよ」

『生徒とな?』

「そう。僕は教師だから色んな生徒を見る。それに君たちを重ねたと言うか……まるで人間みたいだ」

『つまり、私たちが人間のように見えたとおっしゃりたいのですか』

「え、まぁ……。姿形は剣だけど、こうして意思があるし人間として見えたかな。ここから出ることが出来ればもっと仲良くなれたかも知れない」


 本心だった。二人は間違いなくいい子だ。

 僕の話を聞いてくれたし、逆に聞かせてくれた。コミュニケーションで心を落ち着かせてくれたのだ。

 そんな二人を只の道具だと判定するのは無理だ。僕が死ぬまであとどれくらいだろうか。分からないが、もしこのまま一人だったら僕は絶望して死んでいたと思う。


『ここから出ることが出来れば……』

『もっと仲良く……』


 二人が僕の発言に唸った。どうしたのだろうか。


『もし、ここから出られるとしたらお主はどうする』


 突然の問いに僕は驚きながらも答えた。


「そりゃ出たいけど結界が……」

『そういうことを聞いているのではない! 我らと仲良くなれると言ったな』

「言ったよ。……ただ、ここに居ても死ぬだけだし、これ以上に交流を深めて仲良くなってもすぐ別れが……」


 皮肉でもなんでもない、僕が言ったことは事実だった。

 結界のことや元の世界に帰る方法も分からないのに、ただただ時間が過ぎていく。

 ここに来て何時間経っただろうか。少し、喉が乾いてきているのが分かった。この状態が続けば声が出なくなるだろう。


 言葉には出さないが、本当は怖い。

 怖くてこれ以上言葉を紡ぐことが出来ない。


『誰がこのような場所で仲良くなりたいと申した。暗い場所は好きだが、ここは嫌いじゃ』

「えっ」

『外に出るのです。そこで仲良くなることが出来るでしょう。私たちなら結界をどうにかすることが可能なのです』

「どうにか……ってどうやって」

『忘れたのか? 我らは聖剣なのだ。聖剣の力を使えば結界など容易く破壊することが出来る』


 聖剣だというのは先ほど聞いた。聖剣の力であれば破壊できるかもと僕も話を聞いてて考えたさ。

 二人は魔王を倒したのだと言った、それが本当ならば結界を突破すること自体容易いのかもしれないと。


「しかし……君たちを扱える勇者がここに居ないのに、どうやって結界を破るんだ」


 僕には聖剣が使えない。引き抜くことすらも。

 聖剣を扱えるのは勇者のみだと思っていた。

 そんな僕の考えを払拭するかのように、二人は言った。


『『大都さん(主)が使えば良い!』』

「え……えええええええええええええええええええええ!!!」


 二人が示した提案は突拍子もないことであった。

 僕が聖剣を扱うだって?


「提案は嬉しいけど、無理だ。僕は勇者じゃない。この世界の人間じゃ無いんだぞ! 剣なんて扱ったことが無いのに一体どうやって!」

『何を躊躇う必要がある。勇者も元は勇者では無かった。魔王を倒したから勇気ある者――勇者と成ったのだ。剣を扱ったことが無いからと言って聖剣を使いこなせないとは限らない』

『それにこのまま何も行動しないと大都さんが死んでしまいます。私たちはそれが悲しいのです』

「二人とも……」


 二人は至って真剣だった。もし僕が聖剣の力を使えばここから出られるのだと。

 このまま何もしなければ僕は死ぬ。それを案じて提案してくれたんだ。この方法を。


 だけど扱うとは一体どうやって。


『私達の力を使うためには主従契約を交わす必要があるのです』


 考えを見透かしたのだろう、問う前にシルフィベールが言った。


「しゅじゅうけいやく?」

『そうだ。我らは主を選ぶ。主にのみ聖剣の力を扱うことを認める契約のことを主従契約と呼んでおる』

「……僕に君たちを扱えるのか?」

『それはお主次第。少なくとも我らと契約できる素質は備わっておるように見える』

『条件は一つ、私たちを傍に置くこと。大都さんならば私達をただの道具として見ないって、信じましたから。大都さんと仲良くなりたいのです』


 二人は勇者に見捨てられた。

 だからこそ『契約』という形で居場所を求めているように思えた。


 仲良くなりたい……仲良くなりたいから僕を助けてくれる……か。


「……分かった。ここを出るために力を貸してほしい。二人の力が必要だ」


 そう言った瞬間、剣の形で表情など分からないがどこか笑っているように見えた。


「僕はどうすればいい?」

『特に儀式は必要ない』

『ただ私たちを受け入れれば自ずと引き抜くことが出来ます』


 最初引き抜こうとしても剣はびくともしなかった。

 けれど今なら引き抜ける、そんな気がする。

 僕は二人を握る指先に力を込めた。それに反応するように刀身が強く光を放った。

 光は僕を包み込む。二人が応援してくれているようなそんな感覚。


「はあああああああああああああッ!!」


 掛け声とともに台座に刺さっていた剣が二本とも一気に抜けた。

 同時に光の粒が僕の体内へと吸収されていく。特に痛みなど感じない、逆に温かく心地の良い感覚だった。


『これからよろしく頼むの、我がよ』

『これからよろしく頼みますわ、ご主人様・・・・

「そんな恥ずかしい呼び名はやめてくれ。それより……まずは結界を突破しよう」


 何だか体が軽い、今なら結界を壊せるかもしれないと自信が溢れてくる。


 そんな時だった。

 目の前に結界とは違う、光が現れたのは。


『これは!!』


 僕が何かを言う前にシルフィノームが叫ぶ。

 青白い光だ。まるで異界の門を思い出すような奇妙な光が僕を包んだ。


「な、何だこれ……!?」

『主よ! この光は……』

『逃げてください……!!』


 二人の僕を呼ぶ声が遠くなっていく―――。



 ***



「―――ハッ!!」


 ピッ、ピッ、ピッと心電図モニターの音が部屋に木霊した。

 視界に映るのは白い部屋、体には布団がかけられているからか暖かな感触。


 どうやら病院に運ばれたらしい。


 妙にリアリティのある夢だった。いや、本当に夢だったのか?

 汗が止まらない。状況を整理しよう……僕は確か、ゴブリンを倒して、それで……。


「主よ」

「ご主人様」


 聞き覚えのある声が聞こえる。横を振り向くとノムとベルが僕を心配そうに見つめていた。

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