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「『トワイライト・ライン侵攻作戦』。準備はできたという事か」

「いや、時間がなくなった。今回の件でね」

新道しんどうつかさか。人間を範囲に含めた能力に加えフェイスの誘引。規格外だな」

「ラキュターも人間だ」

「定義論をするつもりはない。囮としてはどうだ」

「難しい。はっきり言って身体能力は僕たちより劣る。君はフェイスに集中攻撃されて生き残る自信はあるかい?」

「ないな。だが決定事項だ。これ以上の損壊は許容できない」

「それを伝える身にもなってもらいたい。容赦のない殺意をぶつけられる場所に帰るのが怖いよ。確認のためにフェイスに狙わせる必要があると言った時にどんな目で見られたか想像できるかい」

「上手く乗り切るんだな。その程度できなくては支部長の座は預けておけん。ラキュターの貢献でフェイスの被害が外に出る事はない。このストーリーの維持は絶対だ。だが今回でそれが揺らいだ」

「なんとかなるんだろう?」

「しなければならないの間違いだな。お前と同じだ」

「……やれやれ。確かに理に適ってはいるんだ。今回で改めてわかった。フェイスの攻撃を耐え切る防護など非現実的だとね。逆に崩壊に巻き込まれるリスクが高い。だからあえて野外での誘引。彼らは死に物狂いで守るだろうね」

「そうだ。元よりフェイスに対処できるのはラキュターのみ。ラキュターの能力が最大限発揮される状況を作る」

「うん。新道くんの誘引能力が高ければ高いほどフェイスの行動は単調になり対応もしやすくなる。生存確率が上がる訳だ。そして彼女のおかげでラキュターの能力使用制限は取り払われた。彼女の生存が勝利で死が敗北。全くもってわかり易い。でも、いつまでもそんな事続ける訳にもいかない」

「それでこれか。葦野あしの孝也たかやを主軸とした攻略戦。未来視の共有者、まるで狙ったかのように現れたな。時計の針は進んだと見るべきか?」

「そうだね。一度に存在し得る上限とされたラキュターの人数が一人分更新された訳だしね。ここから一気に動くかもしれない」

「難儀な事だ。新道つかさがラキュターであるというのは間違いないのか」

「暫定的に、というのは変わらない。だけどフェイスに攻撃対象として認識されていた訳だからね。これもまたラキュターの特徴だ」

「状況証拠だな」

「僕たちにあるのはそれだけさ」

「腹立たしい事だ」

「それに彼女の存在はこれから大きくなり続ける。にも関わらず明日死んでもおかしくない。彼らは彼女の死に耐えられないだろう。そして死ねば」

「力を奪われる」

「そう考えるべきだ」

「確かに能力は特異だ。必要性もわかる。だがそれだけではあるまい。何を恐れている」

「やっぱりわかるかい? まいったね。……確かに彼女は特別な子さ。その能力も人格も」

「人格? 何かあるとは聞いていないが」

「問題はない。いや、だからこそ逆に問題だらけなんだ」

「回りくどいな」

「簡単な話さ。彼女は朗らかな子に見える。愛情を注がれ何不自由なく育ち暴力から遠い生活をしていた子が持つ朗らかさだ。そしてその朗らかさが、これから化け物の目の前に放り出し襲われてもらうと命令されてもそのままだったらどうする? それどころか笑って快諾して見せたら?」

「常軌を逸しているな」

「彼女には保身がないんだ。あまりに軽々しく死地に飛び込もうとする。そしてそこに揺らぎがない。まるで何かに抑制されているかのように」

「……なるほど。なるほど、そういう事か。そうなってしまうか」

「そう。つまり彼女は、新道つかさは、精神を制御できる能力を有している可能性がある。それも全人類を対象にできる物が」



*



 『俺』という存在の全ては『私』に変換されて出力されていく。


 喋り方、笑い方、歩き方、座り方、食べ方。あらゆる所作が俺からかけ離れていく。

 まるで新道つかさはこうである、というかのように全てが塗りつぶされていく。

 いつからこうなのかはわからない、初めからそうなのかもしれない。

 でもそれならそれでよかった。

 周囲の状況を読み取るだけでよかった。後は浮かぶ役割に沿うだけだ。

 俺でないものであり続けるストレスはあるはずだった。精神と肉体の齟齬から生じる違和感は常にあるはずだった。

 だけどそれらは俺に突き刺さる前に刈り取られている。

 俺は守り続けられている。

 

 『私』という存在は全てを変換して『俺』に入力していく。


 甘いものが好きだ。みんなの笑顔が好き。平和なんて大好きだ。

 悲しんでいる姿が嫌いだ。助けたいと感じよう。

 苦しんでいる姿が嫌いだ。救いたいと感じよう。

 未来の絶望がわかるなら、回避のために死力を尽くさない理由があるだろうか。

 恐怖、激情、苦悩、悲痛。

 まるで新道つかさはそうではない、というかのように全てが霧散していく。

 でもそれならそれでよかった。

 周囲の状況を読み取るだけでよかった。後は浮かぶ答えを信じて笑う。

 どうしようもない事のはずだった。抗えない絶望のはずだった。

 だけどみんなを苛んでいたものは刈り取られていく。

 みんなを助けられている。

 だから大丈夫。


 新道つかさは何かのための存在だ。

 『俺』がその役割を理解すれば、『私』は笑って奈落の底へ身を投げ出すだろう。

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