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 スイーツ最高!

 ふわふわのスポンジの上にたっぷりのクリームと果物を載せて巻いたロールケーキは絶品で、フォークで押し切り、口元に持っていく時に果物の香りが鼻孔をくすぐるのがたまらない。

 口に含むと、まず感じるのがしっとりやわらかなスポンジ。

 それを噛めばクリームの甘みと果物の酸味のハーモニーが広がっていき、幸せに口内を満たしていく。

 思わず顔もゆるみほころぶ。

 ロールケーキなんて食べ慣れてるしなー、なんて思ってた俺が間違っていた。

 残った甘みを紅茶の苦みで流すのもたまらない。

 ストレートにしておいてよかった。こっちで当たりだ。

 さわやかになった口内がすぐに次の一口を求めてフォークが止まらない。

 あっという間になくなってしまった。

 おかわりは、どうしようか。

 いや、どれだけ美味くても食べ過ぎれば飽きも来る。少し足りないぐらいが一番なんだろう。

 でもなー! もうちょっと食べても大丈夫なんだけどなー! どうすっかなー!

 クスクス笑う声が耳に届く。叶夢かなめさんだ。

 これ恥ずかしいやつじゃん。


「気に入ってくれたみたいね」

「はい……すみません。夢中になっちゃって」

「いいのよ。むしろ嬉しいぐらい」


 叶夢さんはかなり元気になったみたいだ。日に日に顔色も良くなって、クールビューティな頼れるお姉さんって感じになった。後怒ると怖い。

 俺たちは名前で呼び合う事になった。叶夢さんから提案してくれた。結構フランクな人だったらしい。でも怒ると怖い。

 あれは検査を段々簡素化していけると聞いた後の事だった。これでフェイス化解除後の安全確認取れれば本格始動だねみたいな話をしてた。

 そうなりゃさっさと全員やった方がいいし、俺はチート使えば不眠不休で動き続けられるからそんな感じでやっちゃいましょっかーってちらっと言ったら物凄い形相になった。

 始めは人数多いし大変だろうけどかかっても一か月ぐらいだから大丈夫って言った瞬間ガチ説教ですよ。

 こうなるといきなり触って癒して宥める訳にもいかないからどうしようもない。

 美人のブチギレ顔怖すぎる……。はい、もう二度と言いません。申し訳ありませんでした……。

 でも可能な限り備えておきたいのも確かだ。いざとなったらやるしかねえ。

 何だよその場のラキュター無視して移動しようとするって。設定狂ってんのか?

 絶対やべえ感じになっちゃってるじゃんあっち。


「つかささん。そろそろ」

「はい」


 休憩時間も終わりか。

 腹ごなしにてくてく歩いて次の目的地へ到着と思いきや途中の角でエンカウント。


「あら、深狭霧みさぎりさん」


 え? 深狭霧さんって深狭霧みさぎり真二郎しんじろう? ラキュター最強の人じゃん。

 深狭霧真二郎は支援タイプにも関わらずたゆまぬ努力と強靭な意志で並み居る戦闘タイプを押しのけて物理最強の座に登り詰めた人だ。

 こういうの好きでしょ? という声が聞こえてきそうな設定だが大好きなので問題はない。

 とにかく能力値が高く、通常攻撃でちょっとした戦闘タイプのプリテーションのダメージ量を超えてくるので手軽に暴れさせやすい。ただ攻撃手段が単体直接攻撃オンリーという欠点もある。


 そしてそんな深狭霧さんと一緒に現れた君は葦野あしの孝也たかやくんだね! やっほー正気? どうして目を逸らすんだい? ばつが悪そうな顔するって事は大丈夫そうだけど許さねえ。いいか? こっちには深狭霧さんがついてるからな? 妙な事したら即ボコボコだぞ? いいな? わかったか? じゃあ一瞬で極楽気分にしてやる!



*



 ……大胆なのね、つかささん。

 つかささんは深狭霧さんが連れていた男の子をぎゅっと抱きしめると、すぐに離れのぞき込むようにしている。

 恐らくあの子がつかささんの幼馴染だという葦野くんだろう。


「彼女が?」

「はい」

「……なるほど」


 二人が見つめ合っている。


「なんだか」

「うん?」

「つかさは凄いな」

「そう?」

「ああ。つかさのおかげでごちゃごちゃしてたものが全部吹き飛んだ」

「そっか。すっきりした?」

「すっきりした」

「ならよかった。目を逸らされた時はどうしてやろうかと思っちゃったよ」

「うっ。……ごめん」

「でもそれなら、もう大丈夫だね」

「ああ、もう大丈夫だ。……つかさ、ずっと言いたかった事があるんだ」

「うん」

「僕はつかさを守る。絶対に守ってみせる」

「……うん。ありがとう。じゃあ私は孝也を助けるよ。何があっても助ける。だから一緒に頑張ろう」

「そうだな。わかった。頑張ろう、一緒に」


 二人のやり取りを見て深狭霧さんはしきりに頷いている。


「かっこいいな」

「はい?」

「二人がだ、かっこいい関係だろう?」

「かっこいいとは少し、違う気がしますが」

「そうか?」

「はい……。多分」


 また、妙な事を言い出す人だ。


「まあいい。お前もいい表情になった。懐かしい表情だ。彼女のおかげだろう。感謝せねばな」

「そうですね……」


 つかささんのおかげ。それは凄く感じている。私だけじゃないだろう。だから少し気がかりがある。

 何というか、つかささんは凄く人気なのだ。当然ではある。諦めるしかなかったフェイス化をただ一人治せる人間。特別視されるのも無理はない。ただ、あの子は献身的で物腰も柔らかいし、美人だ。そのせいでこう、とにかく好かれる。想像以上に。例えばこの光景を見られるとちょっと危険な事になりそうだ。葦野くんが。

 治療してほしいと言う要望はわかる。つかささんも望んでいる事だし、私も早くみんなが治療を受けられるようになってほしい。

 だが、すでに熱心なファンのようなものや積極的にアプローチをかけようとする人が出始めている。彼女が多くの制限を受けながら治療を始めて数日でこれだ。これからどうなるかを考えると少々気が重い。

 彼女の負担にならないようにそういうのからは私がガードしている。まるでアイドルとマネージャー。でももしかしたら、本当にそうなる未来もあるかもしれない。そんな他愛ない事を考えて、自然と笑みがこぼれた。

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