1-5

「いやだ! 久慈堂くじどうさん! 久慈堂さん……! やめて……! やめて!」


 叫び声が響く。

 顔は誰だか判断はつかない。でも知っている。

 私はそれを無視する。何をするかは決まっている。

 どんな顔をしていただろうか。

 その子にはどんな風に見えていたのだろうか。

 酷く冷酷に見えていたのだろうか。

 目には怯え、悲しみ。憎しみもあったのかもしれない。

 みんな理解していたはずだ。でも、だからといって耐えられる訳でもない。

 その子が叫ぶ。懇願する。誰かと同じように。


「これ以上化け物にしないで!」


 夢。まただ。

 時計は三時。汗。気持ち悪い。シャワー。

 バスタオルだけ持っていく。

 体に熱いシャワーを叩きつける。

 何もかも汗に混ざって流されてしまえばいいのに。

 いっそこのまま溶けてしまいたい。

 だめ。迷惑がかかる。私の力はここに残しておかなければならない。みんなの助けになれる凄い力だと無邪気に喜んでいた頃が恨めしい。呪いじゃない。

 死が恐ろしい。その後に起こる事が。でも、生きる事にはもう疲れ切ってしまった。今の私は黄昏に魅入られた生きた亡者だ。

 指が首筋の鱗に触れる。おぞましい。怖気を震う。

 ああ、シャワーももうやめてしまおう。考えすぎてしまう。


 残滓のような習慣が身支度を整えさせる。

 ひどい顔。遠野とおの君達と未来を語りあった頃とはかけ離れて、見る影もない。

 不便な体。薬も碌に効かない。酒に逃げる事もできない。何もわからなくなれればいいのに。

 無駄に頑丈な体。なのに心は柔いまま。慣れてくれたっていいのに。夢はいつだって一番無防備な時に責め立ててくる。

 ああ、お腹が空いた。耐えられない程に。

 どれだけ心が弱っても、食欲は大量の食事を要求する。こんな時、お前達の事などどうでもいいのだと、身の内に巣食う化け物がせせら笑っているように感じる。

 夜明けが近い。もうじきみんなが帰ってくる。その前に食堂に行ってしまおう。

 何を食べようか。どうでもいい。適当に頼めば、適当に出てくる。

 噛んで、飲み込んで、流し込んで。美味しいのか。不味くはない。味なんてわからない。温かさだけで食事を進める。

 遠くに騒がしい気配を感じる。みんなが帰ってきた。呼ばれなかったという事は、今日も上手く乗り切ったのだろう。

 あいつらの変化。急にどこかを目指しだした。そのせいで、私たちの消耗は増した。

 どうせ悪い事が起きる。これまでに良い変化なんて一つもなかったんだから。

 部屋に戻ろう。ここにいたって居心地が悪いだけだ。途中、疲れた様子の子たちとすれ違った。挨拶をされて挨拶を返す。名前は全員知っている。でも意識したくなかった。


「お! 久慈堂さんじゃん! 丁度よかったぜ!」


 体が硬直する。聞き覚えのある声。


雷轟らいごう君……」


 二班だ。遠野君の班。

 じゃあ、遠野君も……いた。

 厳しい顔だ。心配している顔。やめて。そんな顔しないで。


「治療班がいっぱいいっぱいだったからさ! 先にメシ食おうと思ってたんだよ! 悪いけど治して貰えねえか?」

「ご、ごめんなさい。……私、今日非番だから」

「え? でもよ」

「よせ、雷轟」


 朽木くちきさんはいなかった。あの子もケガをしてしまっているのだろうか。さっきの夢がフラッシュバックした。


「久慈堂……」

「ごめん! もう行くね!」


 ほとんど叫ぶように言って逃げる。早足になる。走る。部屋に飛び込む。暗い部屋。散らかった部屋。座り込む。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 どこに向けてかもわからない。どこにも行かない謝罪の言葉。


「遠野君……。遠野君、樹音じゅおん片桐かたぎり君、深狭霧みさぎりさん」


 呪文のように繋げる名前。あの頃の、自然に溢れる笑顔でいられた頃のみんな。


「私もう無理だよ……。どうすればいいの……。助けて……。助けて……。誰か……。お願い……」


 希望なんてない。何も見えない真っ暗な部屋で、私は泣き続けるしかできない。



*



 ゲームシステムの話をしよう。

 『トワイライト・ライン』ではHPMP方式が採用されている。

 HPはヒットポイント、MPはメンタルポイントとされていた。

 HPがゼロになれば死んでロスト。すなわち永久離脱する。蘇生方法はない。

 MPはスキルを使ったり使われたりすると消費する。ゼロになる事にペナルティはない。

 プリテーションは人間側のスキルだ。プリテーションを使うとフェイス化が進行するというのは、MPを消費するとフェイス化が進行すると理解しておけば間違いない。消費されたMPが多ければ多いほどフェイス化の進行も早い。恐らく隠しパラメータとしてフェイス化値のようなものがあり、それが一定値以上になった時に肉体の変異等が発生するのだろう。

 スキルは、物理攻撃でなく、対象に影響を及ぼす場合、自身と対象のMPを消費して発動する。

 対象を燃え上がらせるスキルを使うと、自身と対象それぞれのMPを消費するという形だ。

 自身のMPが足りないとそもそも発動できないが、対象のMPが足りない場合はその分だけ効果が減少する。

 攻撃力アップなどの支援スキルは双方の消費MPが低く抑えられているため使いやすいが、フェイス側が使ってくると厄介だ。


 トワイライト・ラインでもHP回復手段は用意されている。

 当然対象のMPも消費して回復は行われフェイス化が進む。

 他の支援スキル等と同じように自身の消費MPが低く抑えられているものの、肉体を再生させるという性質からか、対象の消費MPが多めに設定されていた。


 一つ、お手軽大量経験値ゲット方法を紹介しよう。

 トワイライト・ラインでは行動によって経験値が得られる。計算式は置いといて、ざっくり言うと、HPかMPを大量に消費するかさせればそれだけ経験値が多く稼げる。

 MP消費が発生する状況があまりに多いという仕様上、どうしても主要キャラクターの温存を考えなければならない。そこで活躍するのが汎用キャラだ。いくらでも補充できる戦闘要員と考えてもらっていい。

 彼らは加入時のレベルがその時の所属メンバーの平均値で決まるため、平均値を可能な限り高くしたい。そこで回復系プリテーションの出番だ。汎用キャラを敷き詰めて、そこに強力な範囲回復を放てば、経験値はがっぽりだ。レベルが上がりやすいゲームなのでガンガン上がる様は爽快感すらあった。後は適当に討ち死にしてもらえばいい。もっと強い汎用キャラをノーリスクで加入させられるのだから。


 そして久慈堂くじどう叶夢かなめというキャラクターは、作中随一の回復に特化した性能を持っていた。


 ゲームではかなりお世話になったが、現実で会うとなんというか危なっかしい。

 ふらふらだ。

 隈も隠しきれてない。


 ようやく基地に来れたが、想像以上に限界が近いのかもしれない。

 孝也も既読スルーしやがってるから、またどうにかなってるかもしれねえし。……あいつと二人っきりで会うのはやめておいた方がよさそうだ。念には念を入れて人前で会って先手必勝で癒すしかねえ。


 それにしても、ゲームではくたびれたお姉さんって感じだったがとんでもねえ。今にも倒れてしまいそうだ。

 交流イベントではプリテーションを使う事、命を助ける事と同時にフェイス化させてしまう事への絶望がよく語られてたはずだ。そんな感じの選択肢が多かった記憶がある。

 そんな人が現実でその苦しみを味わうなら、とんでもなく疲弊してるのは当然だった。

 けどもう大丈夫だ。俺なら久慈堂さんの助けになれる。なんてったって俺のチートさえあればフェイス化を解消させられるんだからな!

 よっしゃ! それならとっとと癒し尽くすか!

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