1-3

 『インター』に保護された俺たちは別々に移送される事になった。一応被害者と加害者の関係だしな。俺は気にしないし大丈夫と言ったが、俺以外の全員が反対したので別にごり押すようなもんでもないから受け入れた。

 着いた先では検査と面談だ。あらかじめ『プリテーション』に目覚めたと申告しておいたので、順調にいけば俺も明日には『ラキュター』認定される。

 順調になんて行くわけないんだが。

 ラキュターの特徴として、身体能力の異常強化と固有能力『プリテーション』の発現がある。

 ちなみにこのプリテーション、使うと光る。

 だから超強くて特別な力持ってて使うと光れば問答無用でラキュターだ。

 ところが俺はこのうちの二つがない。

 身体能力は一般人だ。運動は得意な方だが、あっさり世界記録の半分以下のタイム叩き出す速さで走れたりしない。

 光りもしない。でないと常時発動してる俺は常に光り輝く女の子になるからな。

 さらにプリテーション扱いされる予定の俺のチートもかなり異質だ。いくつかできる事を明かしたが、どれも非常識な物だ。

 まとめると、俺はラキュターっぽさが一切なくてプリテーションっぽくない何か変な能力持ってる子だ。おかしすぎるな。対応を協議したくなる。

 だから詳しい話はまた後日として一旦家に帰されるのもおかしな話ではなかった。


「つかさちゃん!」


 インターの職員に送り届けてもらった俺を待ち受けていたのは母さんからの抱擁だった。

 玄関で不安そうにしていたからこうなるのはわかっていた。


「ただいま、お母さん。心配かけてごめんね」

「どこか痛い所はないの?」

「大丈夫。大丈夫だよ」

「そう……よかった……本当に……本当に無事でよかった……」


 俺にしてやれる事は抱きしめ返す事と、思い切り癒してあげることぐらいだ。


「つかさ」

「お父さん……」


 父さんが心配そうに頭をなでる。

 

「おかえり、つかさ。体は、体に……いや、安心した」

「うん。ただいま」


 父さんは頷くと職員の方へ行き話し始めた。


「でも不思議ね、つかさちゃんを見たら心配なんて吹き飛んじゃった」

「そうだね。私もお母さんを見たらほっとしちゃった」


 笑い合った母さんの目は赤かった。泣いていたのだろう。


「ごめんね。制服、ボロボロになっちゃった」

「いいのよ制服なんて。あなたが無事でさえいれば」

「……ごめんね」

「つかさちゃん?」


 ごめんな。俺はこれからもっとボロボロになりに行く。そばにはいられないから心労はかけっぱなしになるだろう。でもやる。


 『暴走』は覚醒したばかりのラキュターがプリテーションを強制発動してしまう事で起きる様々な騒動の事だ。

 『トワイライト・ライン』でラキュターは大まかに戦闘、支援、分析の3タイプに分類されていた。


 戦闘タイプは一番物理的な被害が出やすい。

 『フェイス』という、一体で町一つ平気で壊滅させるような化け物相手に対等以上に渡り合うタイプだ。プリテーションも兵器並みと言って良い。ゲームでは周囲一帯を吹き飛ばしてしまったキャラも登場した。


 支援タイプはわかりづらい。

 主に周囲に影響を与える能力を持つタイプだが、対象にできるのはラキュターかフェイスのみとされる。そのため幸いな事に被害は出づらい。このタイプは定期的な調査や自己申告、覚醒したと同時に異常強化される身体能力や発光現象等々で発見される形になる。


 分析タイプはパニックを起こす。

 このタイプは周囲の情報を収集し、解析する事ができる。全開放で実行した場合、取捨選択すらできずに周囲の情報がまとめて頭に流れ込む事になる。そのせいでパニックを起こし、強化された身体能力で暴れてしまうというのがよくあるパターンらしい。


 ゲームで孝也は分析タイプに目覚めたとされていた。

 だから俺はパニックを鎮めてやれば場をおさめられると思った。きっと暴れた時にしでかした事が心の傷になってバッドエンドに繋がるんだろうと考えていた。

 だが、あの時の孝也はとてもパニックを起こしたように見えなかった。発光もしてなかった。

 主人公らしく驚異的な精神力ですぐさま冷静になれた可能性はある。

 ただその場合、あいつは冷静になると俺に死ぬかもしれない暴力を振るいに来るという事になる。あいつはそんな奴じゃない。

 俺が思い至った可能性は『フェイス化』だ。

 ゲームでフェイス化はプリテーションを酷使する事へのペナルティとして起こる。戦闘終了後も解消されない永続変化だ。起きるのは人体の変異。体が人の物でなくなっていく。戦闘が激化し続けるゲームにおいて逃れられないが、軽度のフェイス化であれば能力上昇などの恩恵もある。ただし、一定以上進行すると例外なく永久離脱する。それも敵に回る形で。

 その時に表示されるメッセージが『精神がフェイス化してしまった』だ。

 表示される顔も全て表情の抜け落ちた能面のような物になる。

 まるであの時の孝也のように。

 俺が導き出した結論は、孝也は精神のみがフェイス化した、だ。

 ゲームでの孝也は肉体の変異が起きない。全裸だと思われるイベントで変異の起きてない体を羨ましがられるシーンがあるほどだ。

 わざわざラキュターとして活動する効果は絶大だ。指揮官として盤面を支配する孝也は好きなようにラキュターを死に追いやり、望むがままフェイス化させられる。

 ゲームシステムもそれを後押しするような設計だった。

 全く笑わせる話だ。ゲームではフェイス化せずに使い続けられる奇跡のプリテーションとされていた。そりゃそうだ。とっくにフェイスになってりゃフェイス化なんてしない。絶対に死なせてはならない存在として守られ、仲間たちは絆を紡いだつもりになって未来を信じて散っていく。

 人類の希望として全てを託されるのが人類の敵のフェイス。

 どうやらフェイス側にとってはどう転んでも確定ハッピーエンドなゲームだったらしい。


 だが俺はやってやった。

 フェイス化の解除までできるとは思っていなかった。癒す能力だと思ってたからな。

 でもそれができるなら話が変わる。前提をひっくり返せる。

 孝也はゲームで見せたような能力を発揮する事はできないだろう。ゲームシステムとして表現されていた異常な有能さを再現させたらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。

 なら俺がその穴埋めをしてやる。

 やってやるよ。


 警報が鳴る。日没だ。今日も『トワイライト・ライン』が現れる。



*



 東京湾沿岸、フェイス襲来線『トワイライト・ライン』。

 インター所属の防衛班がフェイスの群れを待ち伏せていた。

 違和感に気付いたのは全員。即座に対応を始める。


「おいおいとんでもねえな! 俺らは眼中にねえってか!」

「待て雷轟らいごう! 出し惜しみしろ!」

「言ってる場合かよ!」


 雷轟と呼ばれた男が光を発する。

 自分を無視して突き進む狼型の個体にすぐさま追いつき胴を殴りつけると爆音と共に吹き飛ばす。続いて飛び越えようとした個体を掴み横をすり抜けようとする個体に投げつけまとめて殴り逆方向にステップして間合いに入った個体を蹴り飛ばすと飛び退き着地と同時に拳を突き出す。衝撃波が多数の狼型を飲み込みバラバラにして吹き飛ばした。


「やむを得んか……! 被害が出れば死んでも死に切れん」


 光の鞭が熊型を打ち据え二つにする。鞭はまるで意思を持っているかのようにうねり獲物の頭を貫通しながら動き回る。


香坂こうさか、ブーストだ」

「はいはーい」


 香坂と呼ばれた女のまとった光が脈打ち輪となって広がっていく。それに触れたラキュター達の光が増す。

 動きがより速く、鋭くなる。

 刀を持った少女が悲痛な表情で走り回り一太刀でフェイスを切り捨てていく。

 腕を上げた少年が手を握ったりジェスチャーをするたびにフェイスは握りつぶされ捩じ切られる。 

 空を一本の光線が貫きフェイスだった物が落ちてくる。


 それまで目の前のラキュターを襲う事しかしなかったフェイスが、突如それを止めどこかに向かおうとし始めた。

 何かが起きている。だがそれを考えるべきは今ではないし自分でもない。今はただ突破を食い止める事に死に物狂いであるべきだ。第二防衛班班長遠野とおの理耀りようは生きるために、生かすために光の鞭を操り続けた。

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