第17話 深層意識

誠は、いつの間にか真っ暗な世界に立っていた。


(ん?ここはどこだ??確か最後の記憶にあるのは、リーナに抱きつかれて、温かくて心地良くて…)


「やぁ、あなたも来たのね。」


その時、背後から急に声をかけられた。

誠は声がした方へ振り返る。そこには、自分より少し歳上ぐらいのニアと似たようなアーマードレスの鎧を着た若い女性が立って居た。綺麗な茶色の長い髪に大人びた顔立ち、鎧から見えている身体はどこも引き締まっており、陸上選手のようにスタイルが良かった。


「???」


(誰だろう?いままで、こんな人に出会った覚えなんてないな…)


誠は、頭に疑問符を浮かべながらうーんっと考え込む。

その反応をみた彼女は口を開いた。


「あら、ひどいわねー。さっきまで一緒に戦ってたのに、私の声さえ忘れたの??」


「声??」


(たしかに声には聞き覚えがある……あ!)


「もしかして…レイラ!?」


「ウフフッ、ご名答。」


レイラは、ニコッと笑った。


「あなたに私の姿を見せたのは初めてだから…外見を見てわからないのも無理はないわ。あなたには姫がお世話になってるみたいね。」


「あ、あぁ…まぁな。ところで、ここはどこなんだ??」


「ここ?そうね…あなたの一番身近にあって、一番知らない場所。私がここに居るってことは、だいたいの場所の検討がつくんじゃない?」


レイラは、ここがどこかを知っていそうな感じだが、意地悪にそのまま聞き返す。


「一番身近で一番知らない場所??なんだ?その『とんち』みたいな場所は。」


「あるじゃない。あなたの中に… 」


「俺の中??」


誠は、未だピンときてないようだった。

それを見かねたレイラが説明を始めた。


「えぇ、ここはあなたの中にある深層意識の世界。普段の意識より、さらにずっと深い奥底にあるところよ。無意識の時にのみ来れる場所。まぁ、来ようと思って簡単に来れる場所ではないけどね。要はあなたの心の中…あるいは、頭の中…かもね?」


レイラは、この場所の答えを明かした。

しかし、誠は要領を得ない様子でいた。


「んーっと、つまり…??」


レイラは、やれやれという感じで返答した。


「つまり、あなたの肉体はいま眠ってままでいる。そして、あなたの魂だけがこの深層意識の世界へ降りて来た。これでわかった?」


「なるほど…要は現実世界ではただ眠っているだけで、魂だけの俺がいま深層意識の世界に存在しているってことか。だがそうなると…レイラは俺の深層意識の世界へどうやって来たんだ??」


「あぁ、それは簡単。私は肉体を持たない魂だけの存在だから。あなたの中に簡単に入れた。」


レイラは、さも当然と言わんばかりに言った。

そこに冗談という色は全くない。


「え?肉体を持たない?つまり…」


「えぇ、私はもうとっくの昔に死んでるわ。ただ、あの子が心配で成仏も転生も出来なかった。まぁ、あなた達の言葉でいうなら、私は幽霊ってやつね。」


誠は予想はしていたが、思わず「えー!?」と言う驚きの感情が顔に出る。


「フッフッフ……お前を呪ってやるー!なんてね。」


「茶化さないでくれよ。あなたに怨まれる覚えはないって…それより、幽霊が存在したことに驚いたよ。」


「ま、いろんな世界があるからね。異世界のような根本的に全く違う世界もあれば、軽微な差しかない世界も存在する。人にはたくさんの分岐点があり、その分岐点の数だけ同時に違う世界が存在している。

例えるなら、あなたが最初に姫に出会った現在の場合と、もし出会わなかった場合とでは、その先の未来が変わるでしょ?つまり、そういうこと。魂だけの世界があっても何ら不思議ではないさ。」


レイラは、丁寧に説明した。


「ほんと不思議だな…というか、どうしてレイラは死んだんだ?」


「私が生きていた当時は、アカルシア王国は多種族と戦争をしててね…私も騎士団の1人だったから、戦争に行かざる終えなかったの。姫には、『必ず戻って来るように』と命令を受けてたんだけどね……

だから戦場では、安全な後方を任されていたの。だけど、いざ深傷を負った仲間を目前にすると、居ても立ってもいられなくなって、仲間を助けたい一心で前線に突っ込んで行っちゃったんだ…私の剣の腕なら大丈夫だって。でもそれは自惚れだった。

結局、私は前線に飛び込んだせいで致命傷を受けた。そして、私は…仲間の腕の中で息を引き取った。

姫は……私にとって妹みたいな存在だったから、本当は生きて側で成長を見届けたかったんだけどね…それは叶わなかった。」


レイラは、自身の身の上話を語った。

彼女は最後に自虐的に付け足してこう言った。


「私ってバカでしょ?命令違反するなんてね…そのせいで姫には辛い思いをさせた。そして、未練タラタラでこの世を彷徨い続けてる。」


それを聞いた誠は、少し考えた後、笑顔で返答した。


「いいや、レイラは立派だと思うよ。簡単に仲間を見捨てる奴よりはよっぽどいい。それに、リーナの窮地を守ってくれたしね…ありがとう。」


誠はレイラへお礼を言った。


「いいえ、礼を言うべきは私の方よ。誠…あなたのスキルのおかげで、肉体を持たず何もできなかった私の願いを実現させることができた…再び、自身の刀を手に取って姫を守るという願いを…ね。まさか、自分の刀が神器になるとは思わなかったけど…」


「まぁ、願いが叶ったのなら、良かったな。あまり体を乗っ取られたくはないが…なぜ武器が神器になったんだ?」


「わからない…ただの一般武器が神器に昇格する理由は分かっていないんだ。でも、神器のほとんどは、おおよそ故人の所有していた武器だったな。私が生前に触れたことのある神器も元は故人の持ち物だったし…

でも、だからこそ、神器としてその性能を100%扱える者…適合者が全く居ないんだ。

おそらく、私が思うに武器を握っていた故人の強い願いや想い、あるいは志を同じくする者にしか正しく扱えないんだと思う。

『なぜ武器を握るのか』という答えが真に同じ者にしか…」


「答えが同じ者??」


誠は、訝しげに聞き返す。

レイラは、自身の考えを話し始めた。


「えぇ。私が神器を使えたのは、元々私の武器だったから…それは当たり前と説明がつく。だけど、私は魂だけの存在で、肉体は誠のものであって私の肉体ではない。つまり、武器の使用者は私ではない。それなのに、あなたの体は神器スキルを扱うことができた。

私とあなたの共通点…それはあの時、お互いに『姫リーナを守りたい』ただ、その一心で動いていたことのみ。」


「つまり…仮説ではあるが、神器を100%使うのに必要な要素は、魂でも肉体でもなく『その武器を握る理由』ってことか?」


「えぇ…きっとね。故人がどんな想いでその武器を握っていたかなんて、そもそも誰にもわからない。それに神器の武器を使いたがる奴の大半は、もし自分が神器の適合者であれば、強大な力や大金、名誉や高い地位なんかが手に入ると私利私欲のことしか考えていない。だから、故人が求める真の答えに辿り着けない。

…神器の適合者が現れたのは、数十年ぶりよ。」


「なるほどな…それなら、適合者が全然現れない理由の説明がつくな。」


「えぇ。」


「なるほどな…ところで、レイラ?」


「なにかしら?」


「さっき、側でリーナの成長を見届けたかったと言ってたけど……もう一度、蘇る気はないか?」


「え?いや…死者を蘇らせることは出来ないわ。それは、魔法でもスキルでも禁忌中の禁忌になってる。」


「そうなのか?だが、なぜ??」


誠が首を傾げながら聞き返す。


「そもそも死者を蘇らせるには、死者の亡骸とその魂が必要なの。だけど、成功した例はない。

死者の魂を亡骸に呼び戻せたとしても、腐敗が始まった肉体に魂を入れることになるから、腐った脳が正常に機能できず本能のままに動く傀儡…いわゆるゾンビに変わる。

ゾンビになったが最後。理性や感情はなく、食欲を基に本能のまま暴走する。そして、その魂は肉体が完全に破壊されるまで、その肉体へ囚われの身となる。だから、禁忌になったの。魔人族の間では、一番重い刑罰として、残ってるらしいけどね…」


「なるほどね。つまり、受肉するためにはベースが生きた肉体じゃないとダメなのか…」


誠は、少し考え込んだ。

そして一言、レイラにとって意外なことを言った。


「俺なら、出来るかもしれないな。」


「へ??」


レイラが、目を丸くする。


「レイラって、俺の体に入ってオークと闘うことできたでしょ?ゾンビみたいに暴走せずにさ。」


「え、えぇ…それはそうだけど。でも、体そのものはあなたの物よ?まさか、私に譲る気??そうまでして蘇りたいとは思わないわ。」


レイラは、訝しげな表情をした。


「いや、違うんだ。この際、生きた新しい肉体を作ろうかと思ってさ。」


「…は??」


その言葉を聞いたレイラは、キョトンと呆気に取られた様子だった。


「俺の左肩…それから先がオークの攻撃で千切れて失くなったんだが、一度死んで目覚めたら、元に戻ってたんだ。ほら、こんな感じで元通りに。」


誠は、左腕をグーパー動かしながら言う。


「俺が意識的にやったわけではないから、どうやってしたか、正直やり方はわからない。だけど、失った体の一部を再生できたということは、俺には細胞を分化、増殖させ肉体を作り出せる能力がある。なら、俺のクローンの肉体を作り出すことも理屈上は可能なはずだろ?」


「んー…まぁ、そうではあるけど…」


「ただあくまで理屈上、本当に成功するかはわからない。まずは、アーシャに俺のスキルを正確に見てもらわないといけないし、これから手探りでやるから、時間は多少かかると思う…それまでは、俺の中にいてもらって構わないよ。」


「それは助かるが…なぁ、誠よ。」


「なんだ?」


「いや、その…私は女の魂のまま、男の肉体になるのか?流石にちょっと異性の体はな…生前、異性の裸体さえ見たことないのに、その体で今後生きていくのはちょっと抵抗があって。贅沢を言うようで悪いが…」


「あぁ…まぁ、そうだよな。有ったものが無くなるし、無かったものが有るしで大変だよな…よし!なら、できるだけ女性の体に作り替えてみる。まぁ、X染色体かY染色体かの違いだけだしね。」


「X…?Y…??」


レイラが首を傾げる。


「え?あぁ、男女の性差は、その遺伝子の違いによるものなんだ。要は、男女とも人間の基本的な構造の設計図は同じで、その性染色体で男性か女性かが決まる…つまり、細胞分裂をする前に最初から、Y染色体をX染色体に変えれば、女性の体にもなれるってこと。」


「???」


レイラは、未だ腑に落ちない様子だった。


(そっか。科学技術が進んでいない世界だから、生物学の遺伝子の話とか知らないのか…)


「まぁ、創る時に上手いこと女性の体にするから、心配しないでくれ。」


「あ、あぁ…わかった。無理を言ってすまない。」


レイラもなんとか納得してくれたようだった。


「まぁ、それにもし失敗してレイラがゾンビになったら、君の神器の『プルガトリウム』で灰さえ残さず、跡形もなく消し去ってやるから。」


「それは、あまりフォローになってない気が…」


そう言ってお互いに笑い合った。


「そういえば、誠はなぜ私を蘇らせようと思ったの?」


レイラがふと、誠へ尋ねる。


「あぁ、それはな。リーナが俺に宿った君の正体に気づいた時、再会できたことにとても嬉しそうな顔をしてたから…きっとよっぽど君のことを愛してたんだなって思ってさ。それに、俺が居ない時にリーナを守ってほしいんだ。」


誠はしみじみと理由を述べた。


「あなたが居ない時??」


「あぁ、俺はたぶん、今後も戦い続けることになる。それは、自分のため。この世界のために…以前、アーシャに『何のために自分のスキルを使うか』って問われたことがあったんだ。その時、俺はこう答えた。」


レイラは誠の話を黙って聞いていた。


「俺はリーナとその国を守りたい。そして、無抵抗な人間を力で抑え付け、その人らを売り捌いて金儲けをする人狩りの組織をたとえ国ほどの規模であろうが、ひとつ残らず滅ぼしたい。最後に、戦争を無くして人々が安心して暮らせる平和と秩序を創りたい。」


誠はひと呼吸おいて、言葉を続けた。


「俺がこの世界に来て、いままで過ごしてきてわかったんだ。今日、自分は死ぬかもしれない。明日まで仲間の命があるかもわからない。そう思えるほどにこの世界は危険に満ち溢れ、混沌であると。だから、俺は自分の力で、手の届く範囲からそれを変えていきたい。

だから俺は戦う。大層なことをするつもりはないが、掲げる理想のためには戦うしかない。」


「なるほど、自らの理想のためね…だから、自分と一緒に姫を危険な場所へは連れて行けない。だけど姫をひとりにするのは心配だから、側で姫を見守ってくれる人が居てほしいってことね。」


誠の話に、レイラは納得した様子だった。


「だけど…姫はきっと貴方へついて来るわよ?」


「え?」


「『籠の中の小鳥は、外の世界へ憧れる』って言うでしょ?籠の外がどんなに危険な世界かは、小鳥自身、全くわかっていない。でも、ただただ外の世界を自由に羽ばたきたいと思い焦がれる…姫がその小鳥であることは、あなたにもうわかるでしょ?」


「あ、あぁ…まぁな。」


「きっと、危険ではあるけれど、あなたと居ることの方がよっぽど刺激があって楽しいんでしょうね。だけど、あなたの気持ちはわかったわ。姫の護衛のために、私もあなたに付き従うわ。ひとりで仲間を守りながら闘うには、限界があるからね。私が引き受けてあげる。あなたは、仲間を心配せず自由に戦うと良い。」


「ありがとう、レイラ。」


誠は、レイラへ手を差し伸べた。

レイラもそれに応え、その手を握り握手を交わした。


「そろそろ戻りなさい。あまりこの世界に長居すると、目覚めれなくなるわよ。」


「あぁ、そうだな。器の体が完成したら、また呼ぶよ。それまで、俺の中で自由にしててくれ。」


「えぇ、そうさせてもらうわ。」


「じゃあな、また会おう。」


誠は、手を振り天の方へと昇っていく。

レイラもまた手を振り返した。


そして、誠の意識は再び現実の世界へ戻ってきた。

しかし、何故かポカポカと温かく心地の良い感覚が全身を包んでいる。


(あれ?この不思議な感覚…俺はまだ眠ったままなのか??)


誠は、目を瞑ったままそんなことを考えていた。

しかし、周囲の音に注意を向けると、ジャーッと川のせせらぎのような水の流れる音に混じり、リーナやリゼット、ニアの話し声がくもって聞こえる。


「リゼット!その背中、あなたもしかして…」


「あら、見覚えがあるの??」


「ふぅ〜、さっぱりするのじゃあ〜♫」


(ん?水の音…??それに、リーナやリゼット、ニアの声…)


全身の感覚が徐々に鮮明になってくる。

時折、肌に寄せてくる温かい波、プカプカと下に水着を着て海に浮いているような感覚…


(これは夢じゃない…だとすると、俺はいまいったいどこに居るんだ??)


こうして、誠はようやく目を開けた。

目の前には湯けむりによって霧がかって見える天井があった。

しばらく頭がボーッとしていたが、声をかけられた。


「あら、目を覚ましたのね。」


声がした方向に目をやると、生まれた姿のままのリゼットが居た。


「え?????」


誠の思考は、フリーズした。

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