第15話 ヒーロー(誠サイド・リーナサイド)

数十分前… 誠サイド


誠は、リゼッタの町の中央にある神殿へアーシャを訪ねて来ていた。

アーシャと面会し、机を挟んで対面の椅子に座って話していたのだが、アーシャが不思議なことを言った。


「まぁ、そのスキルの持ち主が君なら安心ね。ちょっと待ってて?すぐそっちに行くから。」


「え?アーシャさんは、さっきから僕の前にいるんじゃ…」


と言ったのもつかの間、アーシャの姿がユラユラと消えた。


そして、何の変哲もない右側の一枚壁の奥底の方から、誰かが駆けて来る足音と…


「こりゃ!アーシャ、勝手に先へ行くでない!我を待つのじゃー!!」


その足音と共に来る、どこかで聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


「この声は、まさか…ニア!」


ちょうどその時、何の変哲もない右側の石壁からアーシャと…


「ん?わらわを呼んだか??」


鎧と白いドレスを一体化させたようなアーマードレスを着た、黒髪ショートヘアの女……ニアが姿を現した。

しかし、不思議と以前と同じ緑色のラインが入った鎧ではなく、いまはただの灰色の鎧を身につけていた。


「あら、2人ともお知り合い??」


アーシャが誠とニアの顔を交互に見ながら尋ねた。


「あぁ、俺はこいつに見つかって人狩りの集団に殺されかけた。奴らの仲間が何故ここに居る?」


「ほぅ、生きておったか異世界人。また会ったな。」


ニアは、特に驚いた様子もなく淡々と笑顔で言う。

しかし、目が笑っていない。


誠は、思わず椅子から立ち上がり、圧切長谷部(日本刀)を左手に出現させ、柄に手を掛けいつでも抜刀が出来るように身構えた。


「貴様!どういうつもりだ!!」


リゼットが物凄い形相で怒鳴ったかと思うと、一瞬のうちに姿を消した。


直後、ドカンッという鈍い音がした。


誠は、彼女の言葉は武器を構えた自分に対してだと思い、石壁の破壊音に驚いてビクッと萎縮した。

しかし、彼女の姿は彼の前にない。


「え?」


誠は思わず唖然とした。

リゼットは、誠には背を向け、なんとニアの目の前に立っている。

ニアのすぐ横の石壁には、リゼットの左拳が手首まで突き刺ささっている。

ドンッという破壊音の正体は、リゼットの拳だった。


「へ?」


ニアもキョトンとしている。


「なぜ人狩りへ協力した!?」


リゼットは、ニアに対してすごい剣幕で怒鳴っている。


「あら、ニアへ言ってなかったかしら…」


アーシャは、何かを知った様子でいた。


「わ、わらわだって、生活に困ってたんじゃ!異世界人を探し出すのに協力すれば、10万Gの報奨金が出ると言われたから、副業がてら参加しただけじゃ!!」


ニアも、怒鳴り口調で返答した。


「……俺、たった10万Gのために、死にかけたのか…」


それを聞いた誠は呆れた様子でチーンっと意気消沈し、脱力した様子でさっきまで座っていた椅子へと崩れ落ちる。

圧切長谷部(日本刀)をガチンッとその場の床に落としてしまう。

いまの誠には、そんな音も耳に入らないのか、そのまま目の前の机に突っ伏した。


「何がたった10万Gじゃ!何不自由なく、3ヶ月は過ごせるほどの大金ではないか!!」


ニアは自分の主張が正しい、さも当然だと言わんばかりに言う。


誠は、椅子に座り前の机に突っ伏したまま、無言で右手から500万Gの金貨が入った袋を2つ、収納スキルの中から取りだし机の上に出現させる。


「あら、こんなにたくさん…あなた、すごいわね。」


アーシャは、それを見て普通に関心していた。


「な、なんと…お主!なぜそんな大金持っておるのじゃ!?どんないい仕事をしておるのじゃ?わらわにも教えてくれ!」


ニアは、目の前の大金に食い付いていた。


「あぁ、もういい!ニア!お前は黙れ!!」


リゼットは壁から左手を引き抜き、ニアの後ろに右手をまわして、片手で首根っこを掴もうとする。

しかし、リゼットの手は宙を切った。

そこにニアの姿はあるものの、触れると透けてしまう。


「はは、我は簡単には捕まらんぞ?」


ニアは、得意げに言った。


「ふん!いくらお前がスキルを使おうが、私にはお前の居場所など見えている。」


リゼットは、背後を振り返り様に右手を素早く動かし、何もない宙を手で掴み片手で持ち上げる。


「え?!あ、ちょ、離せ!リゼット!離すのじゃー!」


すると、先程まであったニアの姿がユラユラと消え、変わりにリゼットが掴んでいる何もなかったはずの空中にニアが姿を現す。


「そんな小細工をしても、私にはスキルの光が見えると言ったであろうが、まったく…」


リゼットは、平然と片手でニアの首根っこを掴み持ち上げながら、息を切らす様子もなく言っていた。


「な…ずるいぞ、卑怯者ー!」


「私もスキルを使っただけよ?何か問題でも??」


「お、お主のは、スキルのレパートリーが多すぎるんじゃ!ずるい!ずーるーいー!!」


宙ぶらりんになったニアが子供のようにジタバタと暴れるが、リゼットはそんなことお構いなしに、精神的に凹んでいる誠の元へ連れて来る。


「誠、うちの者が迷惑をかけてすまなかったな。お詫びに、こいつの身をお前にやる。煮るなり焼くなり好きにしろ。まぁ、300年経ってるから、肉は酸化して不味いだろうがな…」


「な…うるさい!わらわはをババア扱いするな!まだ若いわい!てか、わらわを物のように人にやるなー!!」


ニアは、相変わらず威勢よく手足をバタつかせ反抗するが、リゼットはなおも片手で持ち上げたまま、まったく動じない。


「ほぅ。そうか、死に急ぎたいか。なら、あなたの手足を喰いちぎってから、3分クッキングでも始めようかしら?生肉のソテーなら、私得意よ??」


リゼットは、蛇のようにギラついた目でニアを睨む。


「ぐ、ぐぬぬ…それは嫌じゃ。辞めてほしいのじゃ…」


すると、ニアは諦めたのかおとなしくなった。

まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。


誠には、リゼットの言葉が単なる脅しに聞こえたが、ニアの反応を考えると…おそらく脅しではなく、マジなのだろう。


(リゼットって、なかなか怖い姉さんだな…)


誠がそんなことを考えていると、リゼットはハッと我に返ったように顔つきが変わった。


「・・・わ、私を恐れるな、誠よ。」


(リゼット…また、俺の思考を読んだな?)


「・・・・・。そ、それより、ニア。迷惑かけたんだ、ちゃんと誠に謝っておけ。」


ニアは、リゼットに持ち上げられたまま、シュンと反省した様子でいた。


「す、すまなかったな…誠。」


誠は、それを聞くや否や無言で机から顔を上げて立ち上がり、床に落とした圧切長谷部(日本刀)を拾い上げる。


ニアは、武器を拾い上げた誠を見て、まずいと思ったのか冷たい汗をかき始める。


誠は、拾い上げた圧切長谷部(日本刀)を鞘から引き抜いた。

その刀身は、鏡のように光りを反射し輝いていた。

それは、前回に比べて刀の刃文が濃く浮かび上がり、刃が鋭く研磨されていた。


誠は、ギルドでの一件以降、いざという時のために、模造刀から本身の刀へと変えていたのだ。


「ほぅ、誠よ。潔くこいつを斬るか?」


リゼットは、意外にも誠の度胸に関心していた。


「ひぃ!わ、わらわを…刀でき、斬るのか……アーシャ、見てないでわらわを助けてくれー!」


ニアは、リゼットに片手で持ち上げられたまま、アーシャへ助けを求める。


「ん〜、まぁ、人様の命を危険に晒したんだから、報復されても仕方ないわ。因果応報、自業自得ね。ニアもこれを機に悪事には加担しないよう、ちゃんと反省しなさい。」


アーシャは、仲裁せずあえてそのまま傍観していた。しかし、ただ傍観していたのではない。

彼女には、既に見えていたのだ。


ニアは、まだ死ぬ覚悟ができていない様子で、プルプルと小刻みに震え始め、あげくダラダラと黄色い液体を漏らしてしまう。


誠は刀を両手で構え、刀身の状態を確認し…


…そのまま、再び鞘の中へと刀身を戻した。

チンッと鍔がなる。


「…ニア、お前に敵意がないなら、もうそれでいい。だが、お前の命…俺が預かる。そうしないと、また悪いことに手を染めるだろ?だからだ。」


誠は、ニアを引き取ることにした。

いまの誠にとって、たった10万Gの端金で人狩りに突き出されたことに腹は立つが、ニアを殺したところで怒りが収まるわけでも、何かが解決するわけでもない。

そもそも、誠が元いた現代では人殺しは重罪である。だから、殺す気など微塵もなかった。


誠は圧切長谷部(日本刀)と500万Gの金貨の入った袋2つを、再び収納スキルで別の空間にしまう。


ニアはその言葉を聞いて、首の皮一枚だった命が再び繋がったことに一安心し、胸を撫で下ろす。


「・・・わかった、誓う。わらわは、お前に付き従おう。それと…いまは、あまりこっちを見ないでくれ。」


ニアは、股をもじもじさせながら、顔を赤くし誠から目を逸らしていた。


「へ?」


誠は、さっきまで刀身が傷付いてないかをチェックし、今後について考えていたため、ニアの様子には気がついていなかった。


「誠…この子、さっきチビったわ。」


リゼットは、隠すことなくストレートに言う。


「な…リゼット、それを言うなー!!」


「え!?なんで漏らしたの!??」


誠は、顔を赤くしながら驚く。


ニアは、身近に迫った死の恐怖に耐えかねて、黄色い液体を漏らしていたのだ。


「300年生きてきて、一番の羞恥じゃ…下着を替えてくるから、さっさと降ろせリゼット!」


「逃げないのよ?私、ちゃんと見てるから。」


「さっき誠に付き従うと誓ったであろうが!逃げないから、早くおーろーせー!!」


再び、ジタバタと暴れるニア。

さっと右手を離し、リゼットはニアを解放した。

ニアはそのまま地面にバタンッと崩れ落ちる。


「うぅ……こんな姿を見られては、もうお嫁に行けないではないか…」


「命を救われておいて、まだ言うか…なら、私がお嫁に行く必要さえ、失くしてあげようかしら?」


リゼットは腕を組み、再び蛇のようなギラギラした冷酷な目でニアを見下す。


「ひぃっ!助けてくれ、誠〜。」


ニアは、誠の後ろに回り込み背中にしがみつく。


「まったく…調子のいいやつだ。さっさと着替えて来い。時間が経ったら、アンモニア臭が強くなってくるぞ。」


「はっ!急いで着替えてくるのじゃ!!」


ニアは、部屋の出入口の方へと駆けて行った。

そんな姿を見届けた後、誠はリゼットに尋ねた。


「ところでリゼット、さっきは何であんなに過剰な反応をしたんだ?強い憎悪を感じるというか、あまりにもやり過ぎな気がしたが…」


「それは…」


リゼットが、誠から顔を逸らす。


「過去に人狩り達に襲われて、酷い仕打ちを受けたからよ。」


リゼットの代わりにアーシャが答えた。


「リゼットは、人狩り達を憎んでる。だから、それに加担する者達にも一切容赦はしない。人狩りを壊滅させるのが彼女の望み。だから、さっきあなたと馬が合うって言ってたのは、つまりそう言う意味よ。」


「もう、アーシャたっら…勝手に言わないでよ。」


「あら、違ったかしら?」


アーシャが、真っ直ぐにリゼットの瞳を見つめる。


「そうじゃなくて…もういいわ、その通りよ。あなたにも、ここへ来る時にこの町の成り立ちについて話したでしょ?あれ以外にも城でいろいろあったのよ。」


「なるほどね…だから、人狩り達に加担したニアに激怒してたってわけか。」


「まぁね…そう言うことだわ。」


「そうか。なぁ、リゼット…お前は人や他の種族を殺すことに、躊躇はしないか?」


誠は、何気なくリゼットに尋ねた。


「私は…とうの昔、人狩りに襲われて監禁された時から、手が血で汚れているから…いまはなんとも思わないわ。別に私利私欲で殺してるわけじゃないしね。

生き延びるためには、そうするしかなかった…殺らなきゃ、殺られる。自分が死ぬか相手が死ぬか、選択は2つに1つ。ただそれだけよ。」


リゼットは、俯きながら答えた。


「そうか…悪いこと聞いたな。すまない。」


(そうだよな、俺がいた世界とは違うんだ。秩序なんてものはこの世界にはない。人を殺そうが、捕まえて売り捌こうが、それを抑制する者も、国を上げて制裁する者もいない。まさに弱肉強食…強い者だけが生き残り、弱い者はその食い物にされる。混沌か…なんだか嫌だな…)


「そういえば、リゼット、左手は大丈夫か?石壁にめり込んでたけど…」


「あぁ…大丈夫よ。心配ないわ。」


リゼットは、石壁を殴った方の左手を体の後ろへ隠す。


「ん??」


リゼットの不自然な様子に誠が気づいた。


「なんでもないから…」


「せっかく誠が心配してくれてるんだから、見せてあげたら?」


アーシャが、チラッとリゼットの顔を見る。


「嫌よ…気持ち悪がられるだけだから。」


「へ?何をだ??」


リゼットは、誠から顔を逸らす。

アーシャはやれやれといった様子だった。


「あら、リゼットが他の人に心を開くなんて珍しいと思ってたのに…」


「な!?そ、そんなことないわ…」


リゼットが顔を逸らしたまま、顔を赤くし言う。

代わりにアーシャが口を開いた。


「この子はね、昔はどこにでもいるような元気な普通のか弱い女の子だったんだけど、自分のスキルと本当の姿に気づいてからは、引っ込み思案になってしまったの。

周囲からは、その功績から羨望の眼差しでは見られるものの、強過ぎるが故にその力を、存在自体を恐れられた。だから、対等に何気なく会話してくれる人なんて、いまは私意外に誰も居ないの。みんな気持ち悪がっちゃってね…

だから、なんでも隠すようになっちゃって…あなたも内心、リゼットのことちょっと怖いって思ってるでしょ?」


アーシャが、誠の瞳を見て尋ねる。


「え、えぇ、まぁ…さっきから、石壁壊したり言動が荒いですし、俺の思考も読みまくってプライバシー保護の欠片もないですし…」


「うぅ…」


リゼットは、その言葉が心にグサッと刺さったのか、その場に崩れうなだれる。


「…でも、根は良い人だと思いますよ。来る時に聞きましたけど、焼け野原にされた村を復興させるなんて、並大抵の人間にできることじゃない。それに、過去の功績にしがみついて、周りに対して傲慢になることもなければ、媚びへつらうこともなく、ただひたすら真っ直ぐに生きている。それで、十分じゃないですか。立派で綺麗な女性ですよ。」


誠は、ニコッと笑顔で言った。

リゼットは、はっとしたように顔をあげる。


「うふふ、そっか。リゼットをこれからもよろしくね。」


アーシャは、ニコニコとしながら言った。


リゼットは、何を思ったのか急にその場に立ち上がり、誠へ背を向ける。


「誠…私の姿を見て?」


長い後ろ髪を前にやり、ドレスの肩紐を外して自身の背中を全て露わにする。


「え、ちょ、何をして…」


「いいから私を見なさい!」


誠は、勢いに負けて彼女の背中を見る。

彼女の背中には、無数の治りかけの小さな傷があった。

その傷はどれも不思議なことに傷口が真っ黒な色をしており、なぜかキラリと光を反射している。まるで金属のような無機質な艶があるのだ。


「私はね…あなたと同じ種族、人間ではないのだ。」


リゼットは後ろを向いたまま、握った左拳を見せた。

先程、石壁を破壊した左手は、所々薄皮が剥げ黒い血が滲み、真っ黒な艶のある何かが皮膚の下から姿を覗かせている。


「これを見てもなお…お前は私を綺麗と言うか?」


リゼットは、恥ずかしげもなく堂々と言った。


「なるほど、だから真っ黒なドレスを着ているのか。」


誠は、なぜ彼女が闇のように真っ黒なドレスを見に纏っているのかようやく理解した。

続けて誠は言う。


「ちょっと触ってもいい?」


「え、えぇ…」


誠がリゼットへ近づき、優しく背中へ触れる。


「はぅ…」


「あ、ごめん。傷に触れたから、痛かったか?」


「いえ、大丈夫よ…ちょっとくすぐったいだけ。」


誠は、背中の皮膚を押してみたり、皮膚の下にある黒い艶やかな肌を触る。

皮膚の弾力は人間である自分とさほど変わらず、とても柔らかかった。

皮下にある艶やかな黒い肌は、すべすべとしており、まるで蛇の鱗の様だった。


「不思議な体だね。」


「お前は……私の姿を見て、気持ち悪いとは思わないのか?」


「全然、むしろカッコイイじゃん。」


「え?」


リゼットは、思わぬ返答にキョトンとする。


「俺のいた世界にはな、いろんな人がいた。肌が真っ白の人もいれば真っ黒の人もいるし、俺みたいな中間色の人もいる。

瞳や髪の色だって、生まれつき青色や黒、茶色、赤毛の人だっている。人によって外見は様々さ。」


誠は、そう言いながら優しく背中を撫でる。


「同じ種族でも、みんなそれぞれ少しずつ体の特徴は違うんだ。でも、だからこそ魅力的なんじゃないか?

みんな全て同じ顔、同じ体だったら、まるで大量生産された人形のようでそれこそ不気味だろ?

他の人と違うのは、恥ずべき欠点なんかじゃない。むしろ喜ぶべき美点さ。皮下にある艶やかな黒い鱗のような肌…僕は綺麗だと思うよ、リゼット。」


誠は、ニコッと飾らない言葉で、笑みを浮かべて言った。それは紛れもなく純粋な笑みだった。

アーシャもその様子を見て、まるで我が子のことのように嬉しそうに微笑んでいる。


「そうか。誠……その…ありが…とう。」


リゼットの声なき声とその体が小さく震えていた。

彼女は、ただただ嬉しかったのだ。

自分の存在を認めてくれる者が現れたのだから。


「礼を言われるほどのもんじゃないさ。ま、そんなに引け目を感じるなよ?自分が自分であることを誇るといい。君の力で君にしか出来ないこともあるはずだからさ…って、あれ?何で泣いて…」


「まったく、その辺り誠は鈍いわね。男の子でしょ?デリカシーを大事にしなさい、デリカシー。いまはリゼットをそっとしてあげて?」


アーシャが口を挟み、リゼットの元へ近寄る。

肩紐を下ろした脱ぎかけのドレスを綺麗に整える。


「ところで、彼女の種族はなん…」


(『急いで姫の元へ行って!!』)


誠がアーシャに尋ねようとした途端、頭の中で知らない女性の声が背後からした。


「え?いまの声は…誰??」


誠が後ろを振り向くが、そこには誰も居ない。


(『早く!リーナ姫を助けて!!助け出せるのは、あなたしかいないの!!!』)


頭の中で続けて同じ女性の声が聞こえた。しかし、やはり声の姿は見えない。


「え、リーナ!?……姫??」


(リーナを[姫]で呼ぶのは、アカルシア王国のリーナに近しい従事者のみのはず…)


「あら……なるほどね。まさか、そんなものまで惹きつけるなんて…」


アーシャは何か理解したのか、1人で納得していた。


「いますぐ行ってあげなさい、誠。王女様の元へ。」


アーシャが淡々と言う。


「え?でも、どうやって?リーナとは途中ではぐれて、いま何処に居るか分からないんだ。」


「あぁ、あなたのスキルまだ説明していなかったわね…でも、いまから悠長に説明する時間はないみたいね。

【あなたは、いまリーナ王女の元へ居る。】目を閉じて全神経を集中して、強くそう念じて?そうすれば、王女様の元へ行ける。あと、終わったらまたここへ来なさい。ここへ戻って来る方法は同じ。私の元へ居ると念じて。」


「あ、あぁ、わかった…」


誠は、言われた通りに目を閉じて念じ始めた。


「あなたのスキルはね、上…」


アーシャが最後に何か言いかけたが途中で音が途切れ…男どもの喧噪が聞こえ始めた。その中にリーナの声がはっきりと聞こえた。


「ごめんなさい…誠。」


リーナは何故か涙を流しながら目を瞑り、自分に謝っている。


誠は、いつの間にかリーナの目の前へと空間を飛んでいたのだった。


(無事、来れたか…ん?何故、男どもの喧噪が聞こえる?それに何故、謝っているんだ??)


誠は、後ろから迫る異様な影に気が付いた。

誠の背後で動く影…それは、1体の古傷だらけのオークがいままさにリーナを目掛けて、大きな棍棒を振り下ろそうとしている。


誠は、それを見ていまの状況を理解した。


(なるほど、だから急げと言われたのか。)


咄嗟に右手でリーナを後ろの壁へと突き飛ばす。

そして、自身もオークの一撃を避けるために身体をそのまま一歩前やったが……左腕を引っ込めるのが、間に合わなかった。


グシャッ!!という肉が潰れた音がした。

嫌な音と共にピシャッと生温かい液体が辺りに飛び散る。

それはリーナの顔にも飛んできた。


(あぁ、私の血か…きっと死ぬんだ。)


「バカタレ…ずっと一緒に居てくれるんじゃなかったのか?」


(あれ?誠の声がする……大好きな人の声、なんだか安心する…でもここに居るはずない。

私が1人で勝手にオークの基地へ来たんだもの…

きっとこれが走馬灯ってやつだろうな…

私、いま棍棒で叩き殺されたんだもんね…)


オークキング「むむ!?貴様、どこから出て来やがった!!」


「・・・うるせぇ、騒ぐなよ。こちとら、痛ぇーんだよ。まったく…1人でバカしやがるとはな。」


(あれ?また誠の声がする…そういえばおかしい。私、まだ手足の感覚がある…あれれ??それに痛みがほとんどない……まさか…)


リーナは、ようやく目を開けた。

目の前に居たのは…左肩から先を失くした誠の姿だった。

まるで引きちぎられたかのように左肩から先が消失している。

代わりに、その断面から真っ赤な鮮血がドバドバと溢れ出ていた。


「ま、ま…誠!??どうしてここに!?」


思わず、涙で溢れるリーナ。

思わぬ形で、2人はようやく再開を果たしたのだ。


「…リーナ…大丈夫か?話は後だ、いまは退くぞ。」


(まずい…左肩からの出血が止まらない。意識が朦朧としてきた…確かいまの俺は死なないはず。急いでリーナを連れて逃げないと。意識が…)


誠の視界がぼやけ、グラグラとし始める。次第に意識が遠退く感覚があり、しっかり立つのでやっとだった。すると、誠の頭の中で再び見知らぬ女性の声が響いてきた。


(『守ってくれてありがとう。私が手を貸すわ…』)


「何者かは知らんが、貴様も人間のようだな?ならば、貴様もここで死ね!!」


オークキングは、急に現れた誠をすぐさま敵だと認識する。

その直後、再び背を向けている誠へとキングオークが大きな棍棒を振り下ろそうとする。


「誠、後ろ!避けて!!」


リーナが勢いよく叫んだ。


キングオークの渾身の力が込められた、2mを超える大きな棍棒が誠を目掛けて容赦なく振り下ろされた…

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