第9話 王とは/髪飾りと覚悟(リーナサイド)

時は2年前に遡る。


アカルシア王国に自分より少し歳上のレイラという女性騎士が居た。彼女は、綺麗な長い茶色の髪に大人っぽい整った顔立ちで、日頃の訓練により身体は引き締まっており、とてもスタイルが良かった。

周りに歳の近い同性が居なかったリーナは、彼女とすぐに打ち解けた。


彼女は、リーナの長い髪を解いてくれたり、普段、リーナ着ている赤いドレスの着こなしや、女性としての振る舞いなど、騎士でありながらも、時間を見つけてはリーナの元を訪れ、身の回りの世話をしていた。


母親である王妃は、既に他界していたため、リーナにとっては、まるで実の姉のような、また母のような心を寄せる存在だった。


彼女は出会った時から、透明な色の石が埋め込まれた金色の美しいかんざしのような髪飾りを髪に刺して身につけていた。

リーナは、それをいつも羨ましがっていた。

そんなリーナに彼女はこんなことを言っていた。


「これは、私が一人前の騎士になった証に貰った大切な物なんだ。だから、もし欲しいならリーナ姫が一人前になった時、貴方にこれを譲るわ。私が髪に付けてあげる。」


「うん、わかった!私、その日まで頑張るね!!」


「えぇ、応援してるわ。」


そう言ってレイラはニッコリと微笑みを浮かべる。


何気ない会話、こんな平和で楽しい日々がずっと続くと思っていた…しかし、数日後、他種族との対立が起き、やがてそれが戦争へと発展した。

その戦争に、彼女は騎士団の1人として出兵することになってしまった。戦場に見送る際、リーナは彼女と最後にとある約束を交わした。


「必ず生きて帰ること!これは王女の命令なんだから!!」


リーナは、国に王女として彼女へ言い放った。


「えぇ、もちろん。仰せのままに。」


彼女もそう言葉を返した。


リーナは、その言葉に安堵し笑顔で見送った。

彼女もまたその姿を見て、最期に笑顔で返した。


1週間後、戦争が終わりを迎え、アカルシア王国が勝利をおさめた。


アーサー国王を先頭に、自国の軍列がアカルシア王国の門をくぐっていく。

彼女が帰って来たら、真っ先に「おかえり!」って言って、お祝いしてあげよう!そう心待ちにしていたリーナだったが、いつまで経っても彼女の姿が戻らない。


戦場から帰国する兵士達の軍列が目の前を行き交う中、最後尾の兵士達が戻り、国の門が閉じられた。


「まさか…ね?きっと大丈夫だよね。」


そんなことを思っていた矢先、戦場から戻って来た騎士団長に声をかけられた。


「リーナ王女、ただいま戻りました。申し上げ難いことなのですが……報告が1つあります…」


「なに?もしかして…」


リーナの顔が段々と真っ青になる。

その言葉の先は、リーナにも分かりきっていた。


表情を見て察したのか、騎士団長は王女のことを考え、言葉を選びながら伝えた。


「その…レイラは、勇敢に戦いました…」


「そんな…何かの間違いでしょ?」


「いいえ、事実です…私の腕の中で、息を引き取りました。貴方様にこれを…必ず渡してほしいと、彼女から最期に頼まれました。」


「これは…」


騎士団長に手渡されたのは、レイラがいつも身につけていた、あの透明な色の石が埋め込まれた金色の美しい髪飾りだった。しかし、以前見た時と違い、ところどころ赤い液体が付着している。また、髪飾りに埋め込まれていたはずの透明な石が、いつのまにか真っ赤に染っている。

その赤い液体の正体が何であるかは、リーナにも分かっていた。


騎士団長は言葉を続ける。


「そして、言伝を…『命令を守れなくて、すまなかった。姫と共に過ごした日々は幸せだった。』と…」


その言葉を聞いて、リーナは俯いた。


「レイラのバカ……帰って来るって約束したのに…」


レイラの血に濡れた髪飾りを握りしめながら、リーナは呟いた。


「心中お察しします…」


「ありがとう……もう下がっていいわ。」


「ははっ!」


騎士団長は、一礼して去って言った。


「・・・・・。」


髪飾りを両手に握りしめたまま、無言で自分の部屋へ早歩きで戻るリーナ。

後ろには2人の護衛がついて来ている。

窓の外では、国の勝利を祝う声が響いていた。


「何が勝利よ…くだらない。レイラは死んだっていうのに…」


ぼそっとリーナは呟いた。そして、自分の部屋に戻ると、2人の護衛に対して言った。


「悪いけど、1人にさせて?部屋の中は安全だから…外で待機してて。」


2人の護衛は、無言で頷くと部屋の外へ出て行った。

部屋で1人になったリーナは、赤いドレスを着たまま、仰向けでベッドへ飛び乗った。


「レイラ…」


リーナはベッドの上で体を丸めながら、レイラの形見を両手で握り締め、彼女を思い出すように呟いた。

リーナの頬に温かい雫が伝い、嗚咽が出始める。


リーナは、彼女を戦争へ見送った日のことを強く後悔していた。こうなる結末とわかっていたのなら、あの日、無理矢理にでも引き留めるべきだった。


そうすれば、レイラはいまも私の隣で笑顔で…

いくら後悔しても、彼女はもう帰って来ない。

あぁ、あの時こうしていれば…彼女は幾度も思い悩む。


頭では無意味だとわかっている。だが、そうせずにはいられなかった。


その後、リーナは食事が喉を通らず3日間が過ぎ、希望を失ったような虚な目で、ずっとベッドに横たわっていた。その顔に表情はなく、生気などない。


お世話係など、周囲の人間がいくら声をかけても虚空を見つめたまま、全くの無反応でまるで死人のようだった。


虚空を見つめたまま、リーナは考えていた。

何故、私だけ生きているのだろうと。


とうとう心配になったアーサー国王が娘の様子を見に来たが、リーナが珍しく声を出したかと思うと、「私の部屋に入って来ないで!」と父親を突っぱね、顔を背ける。


しかし、父親とて引き下がる男ではない。


「1つだけ、言わせてくれ。」


そう言って、リーナの部屋で言葉を続けた。


「王とはな…常に孤独だ。そして、辛いものなのだ。

私はこの国の王として、配下の兵士達を我が子のように可愛がって育て上げてきた。信頼関係を築き、全兵士の結束を強くするためだ。しかし、ひとたび戦争となれば、そやつらを巻き込み、冷酷に崖から突き落とす思いで、戦場に連れて行かねばならない。

全てはこの国の民のため、またその家族のためだ。」


リーナは、無言で父親の言葉に耳を傾けていた。


「仮にもし、この国が敗戦すればな。国は陥落し、領土を奪われ、国の民は全て殺される。ただ殺されれば、まだいい方だ。最悪、捕虜として拘束され、まともな食事も与えられないまま、敵の為に働かせ続けられ、一生奴隷として生かされる。

その子ら次の世代も、また次の世代も永遠にだ。

残虐な奴らにいたっては、奴隷同士を殺し合せ、それを見せ物にして処刑を楽しみやがる。例えば、親と実の子を殺し合わせるとか非人道的なのとかな…

つまり、敗戦した国に、明るい未来などないのだ。

そうならないために、国は戦争をする。」


リーナは、ただ黙ってその言葉を聞いていた。

父親は言葉を続ける。


「私ももう歳だ、そう永くはない。王家の人間として、次期王になるのはお前だ。すぐにとは言わん。強くなれ、リーナよ。」


「父上に大切な人を失った私の気持ちなんて、分かるもんか…」


顔を背けたまま、リーナが言った。


「はぁ……」


国王は大きなため息をついた。


「リーナよ。今回の戦争で何人戦死したか知っているか?」


「知らない…」


「全部で74名だ。バウロ、レイラ、リチャード、セルシア、ペテロ、アリア、ペルセス、・・・、・・・」


父親は名を連ね続ける。


「へ?」


リーナは目を丸くした。


(まさか……戦死した兵士の名を全て?)


父親は、なおも戦死した者達の名を言い続ける。

そして、ようやく74名全員の名を言い終わると続けて言った。


「我が娘よ、お前は私に大切な者を失った気持ちなど分からないと言ったがな……

私も共に戦った大事な部下を失ったんだ!悲しまぬわけがなかろうが!!」


急な父親の叱責に、ビクッとなるリーナ。


「私が涙を見せないのは、それが王としての務めだからだ。王とはな、いつどんな時でも、他者の前では、毅然とした態度で振る舞わなければならない。


国は舐められたら終わりなのだ。敵国に弱いと思われれば、こちらが望まぬ戦争をふっかけられる。

そうなればこの国はどうなる?

更に多くの者が傷つき、死者が増えるだけだ。


だから、私はこの国の王として人前で涙は見せぬ!

だが国のために死んで行った者達のことを、片時も忘れることはない!!


死んでいった者達をそのまま置き去りにするのではない。ともに戦ったことを我が記憶として、その者達が居たということを記録として、次の世代、また次の世代へと語り継ぎ、ともに未来へ連れて行くのだ。」


「・・・・・。」


リーナは、無言で聞いていた。


「落ち着いたら、この城の中心部にある中庭へ行け。そこには大きな石碑がある。彼女の名もそこに刻まれている。ちゃんと敬意を払い、手を合わせて弔うんだ。死者は語らない…だがな、ちゃんと見守ってくれている。」


そして父親は、背を向けなが言った。


「いまは大いにに泣き、大いに悩め!そして、人として、王女として強くなれ!失うのが怖いなら、共に戦え!さすれば、もしもの時に…何も出来なかったと後から後悔するより、少しは心が和らぐ。」


そう言い残して、リーナの父親であるアーサー国王はリーナの部屋から出て行った。


最後の言葉は、理想論などではなく、紛れもない経験者の言葉だった。


「私だけじゃなかったんだ……悲しいのは。」


自室に残されたリーナは、ひとり呟いた。


それからしばらくして、リーナはレイラの死に向き合い、徐々に立ち直っていった。

1週間後、歩けるようになったリーナは、父親に言われた通り、ちゃんと彼女の名が刻まれた石碑に手を合わせ、彼女の弔いをして心にけじめをつけた。

そして、次第にもとの元気な姿へ戻っていった。


あれ以降、リーナはレイラの形見である髪飾りを御守りとして、肌身離さず持ち歩くようになった。

しかし、自身の髪へ装着することは一度もなかった。


それは元々、《一人前の証》としてレイラから、付けてもらうはずの物だったから。

レイラは、騎士として一人前になった時に付けたと言っていた。


「いまの私は、まだ程遠い…」


彼女には、形見の髪飾りを自身の髪へ付ける覚悟がなかった。


彼女の中で、《一人前》とは誰かから守られる立場から自立して、自分自身で困難に立ち向かう時だと解釈していた。


しかし、王女であるが故に国の中では常に護衛が付き、いつも誰かに守られてばかりだった。


時々、スキルを使って自分1人で国の外へ抜け出したことはあったが、ただ外の世界を見に行っていただけで、スキルのおかげで身を危険に晒したことなど一度もなかった。


そのため、自立できないまま時が過ぎてしまい、その後もずっと髪飾りを懐へとしまっていた。

レイラの形見として、そして自分の御守りとして大事にずっと…




2年前を思い出していたリーナは、懐から髪飾りを取り出した。

その髪飾りは、かんざしのような形をしており、全体的に金色で石が1つ埋め込まれた物だった。

いつの間にかレイラの血で赤く染まってしまっていた部分は血が消え、元の金色に戻っていた。


「こんなに時間が経てば、血は消えちゃうよね…」


髪飾りを手に取ってまじまじと見る。


「あれ?」


不可思議なところが、1つだけあった。

それは、髪飾りに埋め込まれた石の色だ。

レイラが髪に付けていた頃は、透明な色の石だった。

しかし、形見に受け取った時には既に亡くなったレイラの血で染まり赤色へと変色していた。


それ以降、何故か未だ色褪せることなく、いまもなお真っ赤な色をしている。


「周りの血は消えているのに、何でだろう…?」


リーナは、見つめながら1人呟いた。


「レイラ… 私、一人前になれたかな?」


髪飾りに向かって、ひとり問いかけるリーナ。

答える者は…もちろん、誰もない。


リーナはしばらく考えた後、髪飾りを再び懐に収め、先を進むことにした。


しばらく森の道を進むと、地面に複数の大きな足跡を見つけた。30〜40㎝はあるだろうか。その大きさから、明らかに人間のものではない大きな生物である。


その足跡はアカルシア王国へ真っ直ぐに続く舗装された道からは外れ、草木が生い茂った全く人の手が加えられていない薄暗い森の中へと続いていた。


(この足跡の大きさと数…おそらく近くに駐屯しているオーク達のものに違いない。)


リーナは、この先へ進むことを少し躊躇していた。

ここから先は、敵の陣営。

もし侵入に気付かれたり、見つかったりすれば、ただじゃ済まないことは明白だった。

侵入が発覚してオーク達に追われることになれば、体力的に逃げ切ることはできないだろう。それに、ひとたび攻撃を受ければ、私は紙吹雪のように勢いよく吹き飛ばされるに違いない。

きっとその先に待つのは死だけだろう。

この先は戦場と同じ。進めばもう後戻りは出来ない。


生きて帰るか、土に還るか…


生か死、究極の二択である。


「私、決めたよ…レイラ。守りたい人のために、私も貴方のように行って来る。きっと貴方も…あの時、こんな気持ちだったんだね…」


リーナは、目に涙を浮かべながらも、それを頬へ流すことはしなかった。

レイラの形見である髪飾りを自身の髪へ身に付ける。

いままで出来なかった覚悟がようやくできたのだ。


彼女はスキルの為、その姿は周囲には一切見えない。


しかし、いまの彼女の姿は堂々と悠然としていた。

まるで恐れを何処かへ置いて来たと言わんばかりに。


髪飾りへ埋め込まれた石は、彼女の言葉に応えるかのようにキラキラと光輝いていた。


意を決した彼女は、大きな足跡を追って茂みに覆われた、薄暗い道なき道を突き進んで行くのだった…

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