第25話  夏の終わりの約束



夏合宿は、一週間の休暇を経て、後半10日間を迎えた。

朝練、午前練は変わらなかったが、午後練の追い込みが始まった。

タイムトライアル練習のタイムも厳しくなり、各選手達もかなり疲労が溜まり、踏ん張りどころだ。


初めて選抜チームに参加した瑠里は、その練習量と質の高さに四苦八苦していた。

一般入部生としての練習とは比べ物にならない。

頑張った自主練だって、あくまで自己流で、こんなに緻密さは無かった。

だが、この合宿のお陰で瑠里の走力は、目に見えて上がった。

ぎこちなかったコーナーリングもコーチからの直接の指導でぐんと善くなり、特待生の坂上と並んで走っても、なんら遜色はなかった。

タイム的にも、坂上の伸びよりも瑠里の伸びが大きく、コーチや監督から注目もされた。


そうなると、坂上から向けられた敵意も益々増長した。

1年生は選手としては2人しか参加していないのに、ひと言も口をきくことはなかった。

前半の時は部屋が一緒だったが、坂上の申し出で、後半は別部屋になった。

今まで、そういったライバル争いやレギュラー争いといった競争の経験が無かった瑠里は、居心地の悪さにストレスを溜めていった。


青も、あれ以来関わってくることはなかった。

そもそも練習メニューが全く違うから、彼は彼で、駅伝チームで頑張っているはずだ。

瑠里の青を避ける行動は、後半も続けられていた。

目にすれば、視線を外す。

側を通れば、急いで離れる。

声を聞けば、そちらを向きたくなる気持ちと闘う。

それもそれで、ストレスとなり、瑠里は合宿自体がとても辛い修行のようだと思ったりした。


そんな合宿後半も残すところ2日となった午前練の各自トレーニングタイムに、突然、坂上が瑠里に声をかけてきた。


「 高宮さん……ちょっと話せる?」


トレーニング後のクールダウンをしていた瑠里は、びっくりしてすぐには返答出来なかった。


「 ……どうなの?」


どうなのって……

話したいと言ってきた方の坂上の高飛車な言い方に思わず苦笑いが浮かぶ。


「 クールダウンも終わりだから、かまわないけど……なに?」


坂上は、相変わらず不機嫌そうに湖の方を向いた。


「 湖まで付き合ってくれない?」


ここでは話せないことなんだ……

確かに周囲には、トレーニングやクールダウンしている選手がバラバラとは居たが。

湖に突き落とされたりしないかなぁ?

瑠里は、そんな心配もしながら、渋々頷いた。


「 ……わかった。」



坂上が、瑠里を連れ立つように湖に向かって歩いた。

今の今まで口をきくこともなかった彼女が、今さら何の用だろう?

溜まりに溜まった不満や文句を言われるとか?

別に、文句言われるようなことは何もしてないけどな……

黙々と歩く間も、瑠里はあれこれ考えていたが、湖周の遊歩道に着くと、坂上がいきなり振り向いた。


「 高宮さん、月城さんとどういう関係なの!?付き合ってるの!?」


「 はぁぁ!?」


そのあまりにも予想外の質問に、瑠里の声はひっくり返った。

私が……誰と付き合ってるって!?

えぇ!?

驚きが大きすぎて瑠里はぽかんと坂上を見た。


「 どうなのよ!?個人的にコーチング受けてたんでしょ?皆が噂してたから知ってるわよ!」


「 なんで……それで私が月城さんと付き合ってるってことになっちゃうの?」


「 彼が高校時代から有名な選手だと知って、取り入ったんでしょ!?」


有名選手?

誰が?……青が?

瑠里はまたもや目をパチクリさせた。


「 月城さんって……有名な選手だったの?知らなかった……」


瑠里の間の抜けたような返答に、坂上は、苛立った。


「 とぼけないでよ!白々しい!」


そのひと言で、瑠里の表情が変わった。


「 とぼけてないよ、ホントに知らなかったし。坂上さんは、何が言いたいの?」


「 特待生組の練習に入れないからって、大事故から復帰間なしの月城さんに取り入ってコーチング受けるなんて!人としてどうなの!?」


「 取り入ってなんかないし!私は、ただ自主練してただけだよ!」


「 滅多に人に教えたりしないって言われてる彼に近づいて、ちょっとタイムが良かっただけで、のこのこ合宿にまで参加するなんて、やり方が姑息なのよ!」


「 姑息って……」


坂上の怒りと無茶苦茶な理屈を理解出来ずに、瑠里は言葉に詰まった。


その時だった。


二人が対峙している一番近くの桜の木の後ろから、人が現れた。


「 こんな風に、クールダウン中の同期を呼び出して、理不尽な非難をするおまえは、姑息じゃないのかよ?」


厳しい表情で、坂上にそう言い放ったのは、月城 青だった。

突然の青の登場に、坂上はギョッと驚いた。


「 つ、月城さん!?」


青は、桜の木にもたれながら、腕組みをすると不快な表情を浮かべた。


「 俺は、高宮にコーチングなんてしてねぇし、取り入られた覚えもない。高宮がおまえに勝ったのは、こいつの自主練の努力の結果だろう?」


「 そ、それは……」


坂上は、あからさまに慌てふためいた。

動揺したのは、瑠里も同じだった。

いつから彼は、ここに居たのだろう?

というか、なぜ彼は現れたのだろう?


「 くだらない言い掛かりはやめとけ!おまえのれ言は、只のやっかみだろうが!?」


青の冷たい眼差しと突き放した言葉に、坂上は、言葉を失った。

思い通りの結果が出ないが故の苛立ちと焦りが、瑠里に向いたのだろう。

坂上は、悔しそうに口唇を噛むと、踵を返して走り去った。


目の前で起こった出来事に、瑠里は呆然と立ち尽くした。

坂上の謂われのない非難にも驚いたが、青が現れて自分を庇ってくれたことが何よりも驚きだった。


ここは、御礼を言うべきなんだろうか?と、もたもた迷っていると、


「 災難だったな。」


青が桜にもたれたまま、そう言った。


「 あ……あの、ありがとうございました……」


瑠里は、どもりながら頭を下げた。


「 おまえがアイツに連れられて歩いて行くのを偶然見かけたんだよ。とても和気あいあいには見えなかったから気になった。」


瑠里が知りたかった、彼がここに来た理由を、青自ら説明してくれた。

偶然見かけたとしても……

わざわざ着いてきてくれて、その上助けてくれた。

瑠里は嬉しさに胸が熱くなった。

以前なら、満面の笑顔で感謝を伝えていただろう……


だが、瑠里はぐっと口を引き締めて思い直すと、もう一度丁寧に頭を下げて、坂上が走り去った方に自分も歩き去ろうとした。


「 ……合宿前に病院で、検査を受けた。」


青の前を通り過ぎようとした時、彼は呟くように、そう言った。


“ 検査 ” という言葉に、瑠里の足はピタリと止まり、咄嗟に青を見た。


「 どこか……悪いんですか!?」


瑠里が反応してくれたことに、青はどこか安堵の表情を浮かべた。


「 ……心療内科を受診した。」


「 心療……内科…ですか?」


聞いたことはあるが、そこが何の治療をするための科なのかは知らない瑠里だった。


「 記憶喪失とか記憶障害なんかも診てもらえる科らしい。」


記憶という言葉に、瑠里の心音がドキッと音をたてた。


「 脳にダメージが残ってないか、とかの検査もしてもらったし、催眠療法?とかいうのも受けてみた。」


瑠里は、青の説明に我を忘れてまじまじと彼を見つめた。

言葉にしなくても、瑠里がその結果を知りたがっていることは手に取るように伝わってきて、青は思わず苦笑いした。

何より、ずっと自分を避けていた瑠里が、必死な形相で自分を見つめてくれたことが、思いの外嬉しいことに、困惑もした。


「 脳の結果は、異常無しだった。催眠療法とやらは……今のところ特に効果は無かった。」


切羽詰まった様な表情で聞き入っていた瑠里は、目をパチパチとしばたいた。


「 ……催眠療法って……どんな治療なんですか?」


瑠里の問いかけに、青は顎に手を掛けながら、治療の時の様子を思い出した。


「 説明は難しいが……要は、催眠状態の中で、潜在意識を探る……向き合う、みたいな感じだったか……」


必死に想像を巡らしている瑠里の眉間にシワが寄った。


「 俺の場合は、記憶を探る……感じだった。抜け落ちている記憶が、潜在意識の中に見つかって思い出せたりすることもあるらしい。」


そこまで聞いた瑠里は、ハッとしてようやく気づく。

青は……記憶を取り戻す為に治療を受けたのだ。

あれ程、否定して気味悪がった記憶を思い出す為に、自ら治療を受けたのだ。


「 ……どうして……治療を……」


途切れるような瑠里の問い掛けに、青は軽く目を伏せた。


「 あの時は……簡単じゃなかったんだよ。普通に俺が忘れてる出来事的な話を聞けるんだと思いきや、まるでホラー映画かフィクションのような話を聞かされて……とても頷けなかったし、受け入れることも出来なかった。自分のことだとも思えなかった。」


青の正直な告白に、瑠里は苦しそうに顔を歪めた。


「 混乱が、苛立ちになった。拒否感が、怒りになった。」


そう白状した青は、真っ直ぐ瑠里を見た。


「 高宮にも……酷いことを言った。……済まなかった。」


青の謝罪に、瑠里は激しく首を振った。

わかっていた。

あの時の青は、当たり前の反応だった。

予測出来ていたのに、混乱を受け止められずに我慢出来なかったのは、自分だった。


「 あの……私がこんなことを言うのも変ですが……」


瑠里が言いにくそうに口を開くと、


「 そこまでして思い出さなくていいんじゃないか?って言いたいんだろ?」


青が引き継いでくれた続きに、瑠里はコクンと頷くと、思いきって先を続けた。


「 脳に異常が無かったと聞いて……安心しました。どこにも異常が無くて、身体もちゃんと走れていて、駅伝チームにも復帰出来たんですから、このままでいいじゃないですか?」


瑠里は、説得するように、青に語り掛けた。

そう、あとは自分が青と関わらなければ、例の頭痛やフラッシュバックも起こらないのではないか。


「……よくないんだよ……」


珍しく、弱々しい声で青はボソッと呟いた。

そして、なぜか瑠里から顔を背けるように湖を見た。


「 俺が思い出したいのは……俺自身のことじゃないんだよ。」


俺自身のことじゃない?

青の抜け落ちた記憶なのに、青のことじゃない?

なぞなぞのような青の言葉に、瑠里の眉間のシワは、深くなる。

どういうこと?


青は、全く理解していない瑠里の様子に、大きく溜め息をついた。


「 俺は、おまえを……高宮を思い出したいんだよ……」


「 ……え?……私?」


瑠里には、理解不能だった。

私の……何を思い出すの?


その時だった。

昼食開始のチャイムが宿舎から鳴り響いた。

青は、宿舎の方を振り返ると


「 戻るぞ。時間に遅れるとうるさいからな。」


そう告げると、遊歩道を宿舎の方へ歩き始めた。

だが、瑠里は咄嗟にとんでもない行動に出た。

歩き始めた青の手を引き留める為に力一杯、掴んだのだ。


突然手を掴まれ、青が驚いて振り向くと、そこには、必死な瑠里の顔があった。


「 教えてください!私の……何を思い出すんですか!?青……月城さんの記憶なのに、なぜ、私なんですか?」


青は、一瞬瑠里の顔を見つめると、フッと笑いながら、痛いほど自分の手を掴む瑠里の手を優しく外した。


「 落ち着けよ。」


青の手が、掴んでいた自分の手を包むように外した時、瑠里の思考は、ようやく復活した。


「 ひゃぁ!!す、すみません!!」


瑠里は自分のとった行動に、驚き、真っ赤になり、後ろに飛び跳ねた。

だが、青は、そんな瑠里を見て大笑いした。


「 おまえ!猿みたいに真っ赤だぞ!」


真っ赤!?猿みたい!?

瑠里は、両手で顔を包んだ。

恥ずかしくて、穴があったら入りたいということわざを、地でやってしまった!


「 夕食後、ここに来い。続きを話そう。」


大笑いを収めた青が、ニンマリ笑った。


「 え!?は、はい!」


「 その代わりに、約束しろ。」


青が先を歩きながら肩越しに言った。


「 約束……ですか?」


「 ……もう二度と、俺を避けるのは無しだ。」


瑠里は、青の後ろを歩きながら、ハッとして彼の真っ直ぐな広い背中を見た。


「 約束しろ。でないと教えてやんないぞ。」


瑠里は、泣きそうな、それでいて嬉しそうな顔で、頷いた。


「 ……はい!」




ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!

なんかわからないけど、ヤバイ!!

昼食後の昼寝休憩も、殆ど眠れず、瑠里の目はギンギンだった。

こんなんじゃ、3時からの走り込みバテちゃう!ヤバイ!


だが、瑠里のヤバイは、おそらく違うヤバイだった。

さっきまでの青とのやり取りが、頭から離れない。

色んな事が有りすぎて、整理困難だ。


たまたまにしても、青が坂上から自分を庇ってくれた。

青が、記憶を思い出す為に治療を受けたと聞かされた。

でも、思い出したいのは、彼の記憶より私だという。

そして、夜、会う約束をした。

そして、二度と俺を避けるなと言われた。

理解不能な事が沢山ある。

でも、なぜか、心が浮き立つ。

ソワソワが止まらない。

ちょっとだけ……1年前の青に会えた気分だった。

彼独特の優しさに触れたような感覚だった。

彼の大笑いにも会えた。

だから、色んな意味で、瑠里はヤバかったのだ。



予想通り、午後練は、地獄だった。

それでなくとも最終日までの二日間の追い込みは厳しかったのに、昼食後の休憩をきちんと取れなかった瑠里は、バテた。

もちろん、瑠里が特別なバテ方をしたわけではなく、この数日の追い込みで皆がバテていたので、特に目立つというわけではなかったが。

坂上には、練習始めに酷く睨まれたが、その後何かを言われることもなく、通常よりも尚更距離を取られた。


食事は、基本一人で食べていた。

そして、毎回、夏海が少し遅れて瑠里の前に座るのが恒例になっていた。


「 あれ?瑠里ちゃん!なんだかいつもより少なくない?バテた?」


これも恒例で、毎回夏海の食事量チェックが入る。


「 さすがにね。食べれなくなってきた感じ。特に今日は。」


瑠里がお手上げのポーズで夏海を見た。

夏海も口をすぼめながら、頷く。


「 ダメよ!とは、言えない位に瑠里ちゃん、今日はいつもよりバテてたもんね?そういう私も食べれないもん…」


「 夏海ちゃんも、お疲れ様!明日でラストだけど、ホントにありがとうねー 」


瑠里は心からの感謝を込めて、小さく頭を下げた。

飲み物からアイシングからタイム測定、食事やその他のケア……マネージャーが居なければ、全てが成り立たないことを実感した夏合宿だった。


「 明日は、午前中にタイム測定兼ねての走り込みで終わりだから、もう半日頑張ろうね!」


「 うん!頑張ろう!」




夏海との夕食を終えると、瑠里はソワソワ落ち着かない心持ちで、約束の遊歩道へ向かった。

避けるな、と言われたが、クロスカントリーメニューの青と会うことはなかったし、夕食タイムも各自バラバラでテーブルも点々と使っているので、わざわざ探したりはしなかった。


殆ど日が沈んだ後の薄暗い中を、昼間の場所まで行くと、すでに青は来ていた。


「 すみません!お待たせしましたか?」


瑠里が慌てて小走りで着くと、青は軽く首を振った。


「 俺も来たところだ。」


「 お疲れ様です。」


「 おう、お疲れ。」


青の “ お疲れ ” は、初めて聞いた気がする。


「 午後練、どうだったんだ?」


何気なく青が尋ねた。


「 もう、バテバテで!最悪でした!」


瑠里は、正直に白状した。

青は、肩をすくめながら同意する。


「 俺も似たようなもんだ。最終日前は皆バテて当たり前だ。」


「 へぇ……月城さんでもバテるんですね?」


不思議そうに首を小さく傾けた瑠里に、青は苦笑した。


「 俺を何だと思ってる。バテもする。」


「 体力お化けかと思ってました。」


瑠里はそう言いながら小さく笑った。

だが、青はその瑠里の言葉を受けて真顔になる。


「 お化けと言えば……昼間の話の続きだけどな……」


瑠里は、自分の放った無神経なワードを悔やみながら、口に手を当てた。


「 そんな顔をするな。別に俺は自分をお化けだなんて思ってない。」


そう言って苦笑いを浮かべる青を見つめながら、こういう優しさが、昔の青と同じだと……瑠里は切なく思った。


「 今からする話しは、あくまで仮定の話だ。仮定の。」


「 ……はい。」


青は、桜の木にもたれながら、湖の遠い闇を見つめながら話始めた。


「 高宮が話してくれた、事故で目覚めなかった間の話だが……」


「 ……はい。」


「 俺が、実際に体を抜け出したと仮定して……その抜け出した魂みたいな状態で彷徨ったと仮定して……高宮にだけ俺が見えたと仮定して……二人が出会ったと仮定して……」


“ 仮定して ” の多さが青の心境を物語っているような気がして、瑠里は神妙に頷いた。


「 俺がおまえの前に、毎日のように現れたと仮定して……おまえのフォームを直して、五千のペース配分を細かく教えたと仮定して……それから……」


青の言葉は、一旦途切れた。

瑠里は、固唾を飲んで次の言葉を待つ。

だが、次に来たのは予想外の言葉だった。


「 いろいろ辿って考えると……不公平だと行き着いた。」


「 ……不公平??」


なぜ今、不公平という言葉が出たんだろう?

瑠里には全くわからない。


「 おまえは、その魂みたいな俺を知ってるんだろ?」


「 ……はい。」


「 俺は、高校生だった高宮を知らない。」


それは記憶を失っているから……

瑠里は胸の中で呟く。


「 俺は……俺を見つけたというおまえを思い出したいと、なぜか思ったんだよ。」


ん……??

青を見つけた私?

高校生の私?


「 ……よく…わからないんですけど……」


「 俺にもよくわからん。」


青の声は不機嫌だった。


「 でも、そう思ったんだよ。おまえが魂のようにふわふわしていた俺を知っているのに、俺がおまえを思い出せないのは……なんか、不公平だと。」


「 ふわふわなんて、してませんよ。少しだけ……透けてただけです。」


瑠里は思わず間違いを訂正したが、


「 ふわふわでも透けててもどっちでもいい、俺は覚えてないんだから 」


青にバッサリと切り捨てられた。


「 それって……不公平なことなんですか?」


「 いい加減、悟れよ!」


とうとう青がイライラと吐き捨てた。


「 頻繁に勝手に俺の夢に出てくるのも、記録会の時のフラッシュバックも、全部おまえなんだよ。おまえだけが出てくるんだよ。だから……俺が思い出そうとしているのは、高宮なんだと、結論に至った。」


青の真剣な眼差しに、瑠里はまるで告白を受けているような錯覚に陥った。

みるみる内に顔が熱くなり、身体中の血液が顔に集まる。

ようやく、彼が「 私を思い出す 」と言った意味がわかった気がした。

青の僅かな記憶の断片は、全て私なのだ。

冷静に考えれば、その通りだ。

あの時の青は、私とだけ過ごしていたのだから。

来る日も来る日も、私の元に現れ、私に会うためだけに、体を抜け出していたのだから。


「 ……キツくないですか?これまでも、思い出そうとすると、何度も頭痛に襲われたり……体調不良になっていましたよねぇ?」


そして……瑠里は、青を遠ざけた最大の理由を口にした。


「 走ることの、邪魔になったりしませんか?」


今度は、青が瑠里の真剣な眼差しに出会った。

青は、初めて、微笑んだ。


「 俺は、そんな柔じゃない。心配するな。俺の走りは、何物にも邪魔させたりはしない。だから大丈夫だ。」


そして、こう約束してくれた。


「 必ずおまえを思い出してやるから、待ってろ。」


「 はい 」と声に出して答えたら、泣き出してしまいそうだった瑠里は、何度も何度も、頷いただけだった。





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