土佐の朝

春の埃を洗い流す雨を楽しむ余裕のない程に、その若い【艦霊】は緊張していた。

【おい、もがみ】

「なに?」

引き渡し書が読み上げられるのを聞きながら、若い【艦霊】もとい【もがみ】の横に人間に見えない程度に姿を現す。【もがみ】は緊張を隠さない声で俺に要件を聞く。

【自分の就役は一生に一回だぞ】

「そうだね」

【ちゃんと見ろよ】

当然だが、自分には無かった行事、光景だ。そしてここから何隻もの新造を恨めしく見ていた。【もがみ】の邪魔をしないようにすっと姿を消して、艦のよく見える台の上に陣取った。

【俺は今日を待っていたのかもしれんな】

祝われる艦を目の前にこんなに穏やかな気持ちでいられるなんて、十年前では想像もしたことがなかった。

「お前、そんな顔ができるんだな」

いつの間にか俺の後ろに来ていた【ククリ】は、少しだけ目を丸くしてから相好を崩した。それはこちらの台詞だ。そんな顔が自分に向く日がくるなんて思ってもみなかった。

【あっち行かなくていいのか?】

「ああ、もう行く」

俺が【もがみ】の方を指せば【ククリ】はスッと姿を消して、次の瞬間には【もがみ】の横に顕現していた。


それは百一年目の初夏のこと

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