十二月二十四日1000 せとゆきの除籍

晴天の呉港に漂うスパイシーな匂いが金曜日であることを嗅覚に訴えてくる午前。バースの手前、建物の陰から日が当たる所にくれば寒さが幾分か和らぎ、ほっと息をつく。顔を上げれば黒い制服、白い手袋、音楽隊の金管楽器の輝きに灰色の練習艦、そしてその艦尾にはためく紅白の旗。進水してから三十六年、何度も見た光景。その光景の真ん中に今日は自分がいる。愛されているということを最期に嚙み締める行事、自衛艦旗返納行事だ。

「…………じかーん」

合図と共に君が代が吹奏され、艦尾の自衛艦旗がゆっくりと下ろされていく。こんな時間に下ろすことなんてことはなかったので、なんだか変な感覚だ。パタッパタッと旗が畳まれる音が岸壁に響く。呉総監の訓示が終わって乗員と艦長が降りれば、【せとゆき】の仕事も終わる。

「ああ、就役の時と全くの逆の手順なのか」

ようやく今になって気が付いたことを口に出せば、一抹の寂しさがわいてくる。軍艦マーチの演奏と一緒に降りていく乗員を見送りながら、涙が一つコンクリートの岸壁に染みた。


雪が解ければ清水になって、やがては海に流れ込む。また会う時は大海で。

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