如月戦

 Uが六文の差を付けての開始となった不可解な《闇打ち》、その如月戦の場は不穏なものとなった。




  松のカス 桜に短冊 藤に郭公 芒に月

  芒のカス 菊のカス 柳に小野道風 柳のカス




 またしても《三光》に絡みやすい札が現れ、加えて《花見酒》《月見酒》も闇の向こうで見え隠れするという格好である。親番の為か、Uは一〇秒程場を眺めてから、一手目は《芒に月》へ手持ちのカス札を合わせた。起きた札は《梅のカス》、ありがちだが火薬の匂いが漂うようだった。


 先局では遅れての開始となったMは、寸刻置かずに《菊に杯》をカス札へ叩き付ける。実に使い勝手の良い朱塗りの杯は早くもMの手中に収まり、Uには手痛い一手となった。起こしたのは《紅葉のカス》、今のところは場に放置しても構わない札である。


(何か、息が詰まりそう……)


 次第に瞬きの回数が減ってきた小美優は、衣擦れの微かな音も立てぬよう、コッソリと目を擦った。彼女の動きなど全く意に介さない二人の打ち手は、場を見据えながら取り札のを行っている。


 取り札が乱れていれば、すかさず不運が襲い掛かる――UとMはそう信仰するように、丹念に手元を整えた。


 二手目、Uは右人差し指を唇に当て、数瞬、思考に耽った。箸一本が何とか入りそうなくらいに開いた口元は、小美優に妙な色気を覚えさせた。そして打ち出したのは《桜のカス》、Mの《花見酒》完成を妨害という手に出た。


(あっ)


 Uの手で起こされた札は《松に鶴》。《三光》の気配が濃くなった。と同時に、《赤短》には少し遠回りとなる。短冊系の出来役を好む小美優は若干のもどかしさがあったが、Uにとってはどうでもよいらしく、薄目で二枚の光札を眺めていた。


 手番はMへと移った。手早い札打ちを――彼女は止め、眉を微かにひそめた。


(U先輩、ノっているしなぁ……そりゃあ、多少は考えるよね)


 毎度札を切り、ランダムに撒く。加えて相手の手札が不透明な為に《こいこい》はの介入を阻めない。幾ら最善手を打ち続けようと、しばらくは「逆風」が拭くという場面も往々にしてある。


「運が悪い? そんなのは言い訳でしょ。前時代的だよね」


 一部の生徒はこういった勝負の場で語られがちなを否定し、酷い時には数局も続く不運も「たまたまだ」と笑い飛ばした。しかしながら大抵の生徒は科学的に証明された訳でも無い運気の流れ、場の流れを掴むべく、また流されぬよう藻掻いた。


 私はこの局面で勝てる! 次は私に風が吹くんだ!


 闘技者の悲しき性、或いは誤謬であった。但し、ひたすらな自信、盲信は足下の地雷を忘れさせるが、時には理由無き心痛を霧散させる妙酒にも変化する。強い自信は不思議と失敗よりも成功を呼びやすく、その為にポジティブ思考が何よりも賀留多に大事だと説く者も少なくない。


 現在、Mの取った行動は作戦の立案以外にもう一つ――Uから吹き付ける逆風を凌ぐ為でもあった。Mの二手目は《紅葉に短冊》打ち。「そっちがならば」と《青短》へ手を掛けた彼女は、起き札の《萩のカス》を場に打って終了となった。


 三手目、Uは手札から雨中を飛ぶ《柳に燕》が打ち出し、かの有名な歌人を我が物とした後、《牡丹のカス》をヒラリと起こす。残念ながら《柳に小野道風》では《三光》にならず、上位役の《雨四光》完成を待つ形となった。


 残る光札は二枚。そしてどちらも姿を見せていなかった。


 続いてMが《牡丹に短冊》をカス札に合わせ、《青短》へまた一歩近付いて行く。残るは《菊に短冊》だけとなったが、既に二枚、Mは菊の札を獲得している事、また《青短》の構成札を集めている事から、いよいよUの警戒レベルは最大に引き上げられる。


《タン》目当てでない。紛れ取りでない。そうなると意地でも《菊に短冊》を渡す訳にはいかない――。


 Mの起こした《桐のカス》など知らぬと言わんばかりに、すかさずUは四手目で《萩のカス》を同じカス札にぶち当てる。Uの取った短冊札は一枚、対するMは二枚という状況から、加算役の《タン》を遠退かせる意味合いがあった。


《青短》と《タン》が完成した時点で合計は七文、倍付けでの打撃は余りに痛い。加えて《猪鹿蝶》の完成も妨害出来ると、一石二鳥の妙手である。起こした札は《桜のカス》、《雨四光》が霧中にチラついた。


 Uの動きに真っ向から勝負を仕掛けたMは、《藤に短冊》をカス札に合わせ、間も無く――《桜に幕》を引き当てたのである。


 たった二枚で五文を拾える速攻役、《花見酒》の登場にUは唯一言、「あら」と惚けたように呟いた。撒いた種を全て掘り出される状況に、しかし彼女は顔色も変えず、「これもまた運だ」と言わんばかりに、冷めた様子でMの選択を待っていた。


「……」


 口を開かない女Mは、その場に手札を伏せて目礼した。「勝負」らしかった。数秒後にようやくその意を汲んだ小美優は、慌ててメモ用紙に「M、五文」と書き記す。


(理不尽なゲームだよなぁ……《こいこい》って。どんだけ頑張っても、なんて場面が沢山あるんだから……)


 散らばった札を掻き集めながら、未だ《こいこい》の不条理に首を捻る小美優であった。




 如月戦、終了。


 Uの獲得文数は現時点で六文。対するMの獲得文数は五文と相成った。


《こいこい》には良手、悪手が確かに存在するが、決して定石ではなく、その場その場で決定されるものだった。故に――《こいこい》の腕を上げたくば、「凡手」を目指すのが最良かもしれない。

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